01 マルクの革命
ガリル王国、王都グランネルグ。
マルクは王都の中央に位置するベルクルス宮殿のバルコニーから夜景を眺めていた。
現在、彼は人類を救った英雄として国王に招かれ、この宮殿に滞在している。
しかし、マルク自身はこう言った空間が嫌いでしょうがなかった。
やたら豪勢で無駄の多い建築。どこを向いても目に入る派手な装飾品。
民の血肉を削ってこのようなくだらないものを作っているのが腹立たしい。
何故多くを持つものは弱き者に分け与えようとしないのだろうか。
マルクは自身が生まれ育った貧民街を見つめた。
人類同盟が魔族との戦争に勝とうが、あそこに住む人々の生活は変わらない。結局、甘い汁を吸うのは権力者たちだけだ。
その根本を覆し、誰もが幸せになれる世界を作るのがマルクの目的である。
「やっぱりここにいたんだ」
振り向くと、仲間の一人が歩み寄ってきた。
聖女セレスティーナ・コンステラ。その卓越した回復魔法の才能により、教会に『奇跡の女』として祭り上げられている僧侶だ。
「セレスか、どうした?」
セレスはマルクの隣に立ち、バルコニーを囲む手すりに寄りかかる。
「マルクの様子を見に来ただけ。ちょっと心配になっちゃって……」
「心配?」
「気のせいかもしれないけど、ここに来てからずっと塞ぎ込んでるみたいでさ」
マルクはふっと笑う。
「ここにいると、魔王を倒したのになんも変わってないなって思えちゃって」
「そんなことないわ」
セレスは手すりにマルクの手を握り、彼を見つめる。
「マルクのおかげで世界は救われたじゃない」
彼女の眼差し愚かなまでに純粋だった。
きっと、彼女の瞳には勇ましく優しい『勇者マルク』しか写ってないのだろう。
「一体誰が救われたって言うんだ」
マルクはセレスの手を振りほどき、再び貧民街のほうを見つめる。
「それは……魔王がいなくなったから人類が……」
「あそこで飢えている者たちだって人類だ。戦争で家族や恋人を失った人たちだってそう。毎日を苦痛の中で生き続けてる人々はまだいくらだっている。そんな人たちが救われたとでも言う気か?」
「それはそうかもしれないけど、マルク一人で皆を幸せに出来るわけじゃないでしょ」
「じゃあ誰が彼らを救うんだ」
「それは、神様が――」
「そんなものはいない!」
最も嫌いな言葉を耳にし、マルクは噛み付くように言う。
「教会や貴族どもはいつもそうだ。世界の運命だとか人類の未来だとか大局的な思想を偉そうに語り、目の前で苦しんでいる人々を見ようとすらしない」
「……」
「連中が魔王を恐れてたのだって自分らの権力が脅かされるからにすぎない。そんな身勝手で卑しい腰抜けどもに利用されてたんだよ、俺たちは」
「違う、そんなの――」
セレスは首を振りながらマルクの言葉を否定しようとする。
「勇者なんてものは所詮ただのお飾り。聖女だってそうだ。誰一人救えやしない」
マルクは拳を強く握り締めながら言う。
「だから俺は、もう勇者なんかじゃない」
勇者マルクは死んだ。あの夜、ウルムと共に。
「だけど、勇者マルクの伝説は必要だ。それを利用してこそ人類のみならず魔族も……この大陸に住まう全ての者を救う革命を起こせる」
「マルク……なんだかおかしいよ。どうしちゃったの?」
怯えるような表情でそう言うセレス。
すると、一人の男がバルコニーへと出てきた。
「レノルドか、どうした?」
眼鏡を掛けたその男の名は博識のレノルド。魔王を共に倒したマルクの仲間の一人であり、若いながらも王都にその名を轟かす天才学者だ。
「お取り込み中のとこ悪いね、急を要する報告があって」
レノルドは中指で眼鏡をあげる。
「ヴォルフが死んだ。ダーゲンの闘技場で何者かに殺されたらしい」
「う、うそ……」
両手を口に当てるセレス。それに対してマルクは平然と返した。
「どうせ好き勝手に喧嘩してて殺されたんだろ。ヴォルフを殺せる奴がいるのは驚きだけど、あの戦闘狂の事だ。どのみちいつかはこうなる運命だった」
正直に言うなら協調性のない彼はマルクの計画の邪魔にしかならなかっただろう。むしろ殺してくれたやつに感謝すべきだとも感じる。
「マルク! どうしてそんな酷い事を!」
「ヴォルフだって戦いの中で死ぬのが本望だったはずだ。だろ、レノルド」
マルクはレノルドに同意を求め、彼は頷いた。
「不謹慎かもしれないけど僕もそう思うよ」
「レノルドまで、酷すぎる!」
涙目で抗議するセレスの肩に、マルクは手を乗せる。
「ちょっと静かにしててくれ、セレス。君が取り乱した時の声は耳障りだ」
「そんな……ひどい!」
泣き出すしながら室内へと駆け込むセレスを無視し、マルクはレノルドに言う。
「単なる好奇心だけど、ヴォルフを殺った奴はどんなのだったんだ?」
「現場にいた者の報告によると、細身で背が高く、若いのに髪の毛が真っ白な男だったらしい」
「えっ……」
思いにもよらぬ言葉に、マルクは全身が強ばる。
徐々に鼓動が早まる心臓を落ち着かせようとしながら、マルクはレノルドに聞いた。
「名前は……わかるか?」
「いや、名乗ってなかったみたいだ」
「……そうか」
とはいえ、そんな容貌でヴォルフを倒せる実力を持った者など一人しか思い浮かばない。
――ウルム。生きてたのか。
それはありえない。彼はあの時マルクが確実に殺した。
いや、息が止まるのは確認したのか? しなかったかもしれない。とは言えあの傷で生きてられるわけが……いやでもウルムの異様な生命力
なら……
自分の詰めの甘さを悔やみながら延々と思考を巡らせていると、レノルドが彼に尋ねる。
「どうしたんだい、急に?」
「いや……なんでもない。どのみち俺の計画に支障をきたすような問題じゃない」
「ならいいんだけど。あっ、あともう一つ」
レノルドは思い出したかのように言う。
「ヴォルフがやられた事に関わりがあるかはわからないけど、ダーゲンでアズール・ディス・スペクトレイと思わしき少女が目撃されてるらしい」
「アズール……魔王の一人娘か」
「そうそう。魔王城制圧時に見つけられなかったから逃げ出したんだろうね」
そちらは放って置くわけにも行かなそうな問題だ。仮に魔王の娘が彼女に忠実な魔族を掻き集めて自国の奪還を試みようものなら鎮圧しなければならないので、マルクの計画が遅れを取ることとなる。
とは言え、所詮はただの少女。人類同盟と魔族の現最高権力者である魔公爵ヴァートが条約を結んだ以上、彼女が人類に歯向かおうものなら自国でも反乱分子として扱われる。
「その辺は魔公爵ヴァートがするだろう。あいつは人類同盟のご機嫌取りに必死だしな」
マルクの言葉に、レノルドは軽く笑う。
「確かにね」
「まあでも、一応あっちのほうにいるトリステルとルナシィには魔王の娘の事を伝えといていてくれ。俺たちでで対処できるに越したことはないしな」
「そうするよ」
レノルドはそう言い、バルコニーを去っていった。
が、宮殿内へと戻る前に立ち止まってマルクに言う。
「あんまりセレスちゃんをいじめちゃ駄目だぞ。彼女はマルクの事が大好きなんだから」
マルクは苦笑し、レノルドに言う。
「あいつが好きなのは勇者マルクだ。本物の俺じゃない」
「確かに、そうかもね」
レノルドは最後に軽く手を振り、彼に背を向けた。
「楽しみにしてるよ、君の革命を」
レノルドが去った後、マルクは再び夜景へと視線を向ける。
ウルムが生きていようが関係ない。今度こそ世界を救って見せる。
偽りの正義感に満ちた勇者としてではなく、この世に住まうもの全てを思う平和の使者として。
――神も王もいない、平等な世界を作って見せる。




