19 餓狼の最期
「はあ……はあ……」
俺は首元を抑えながら歯を食いしばる。血を流しすぎてぶっ倒れる前に決着をつけねえと。
さっきの爆発で死んでくれる事を期待してたんだが、奴の気配は消えてない。
間違いなく、まだ生きている。
「……不死身かよ」
煙が晴れると同時に、顔の半分を失ったヴォルフの姿が目に入った。
「おもしれえなあ……おい」
ヴォルフは唸るように言う。
「首噛み切られて生きてる奴なんて……見たことねえぞ」
「こっちも顔が半分吹き飛んでんのに生きてる奴は始めてだ」
ヴォルフ当然ながら片目を失っており、爆発の直撃を食らった顔の半分は皮膚と肉が吹き飛んで骨まで露わになっていた。
しかし、ヴォルフは死んでいない。それどころか徐々に顔が再生している。
――止めを刺すなら、今しかねえ。
しかし、問題はどうやって殺るかだ。
もう装備もほぼ底をついているし、体力的にあと数分持つか怪しい。
「まてよ……」
何かないかと思考を駆け巡らせていると、ふと、ヴォルフの先――観客席の奥に立つ巨大な銅像が目に入った。
あれか。
俺は地を蹴ってヴォルフに接近する。
「こいや白髪野郎!」
吠えるヴォルフに暗器を投げつける。
「もっと俺に感じさせてみろ、生きてる快感を!」
ヴォルフは暗器を叩き落とすが、暗器についた糸が彼の腕に絡まる。
「けっ、小賢しい!」
その隙に俺はヴォルフの目の前まで接近し、彼を飛び越すとそのまま観客席へと飛び上がって観客席を駆け上がっていく。
「てめえ、逃げる気か!」
ヴォルフは俺を追って観客席へと飛び上がり、俺へと迫ってきた。
俺は銅像に向かって糸のついた暗器を投げつけると、立ち止まってヴォルフに振り向く。
「けっ、ここに来て命が惜しくなったか。情けねえ野郎だ」
「……んなわけねえだろ」
俺は糸の巻かれた左手をヴォルフに見せた。
「なんせ、俺たちは繋がってるしな」
ヴォルフの腕に絡みついた糸は、俺の左手に繋がっている。
「じゃあ、こっちにこいや!」
俺を引き寄せようと思いっきり腕に絡みついた糸を引っ張るヴォルフ。
が、引き寄せられたのは俺ではなく、俺の真後ろにあった巨大な銅像だった。
「なっ!」
銅像はヴォルフの馬鹿力によって引っこ抜かれ、轟音と共に倒れる。
そうなる事をあらかじめ知っていた俺は避けられたものの、ヴォルフは見事に銅像の下敷きとなった。
ヴォルフの腕に絡まっていた糸は俺の左手に繋がっていたのと同時に、あの銅像にも繋がっていた。
そしてヴォルフが糸を引くのと同時に俺は左手を糸から抜いた。
こっちの力で倒せないんだったら、奴の力を利用して自滅してもらおうって魂胆だった。なんとかうまくいったみてえだな。
「がはっ……てめえ……」
銅像に押し潰されたヴォルフへと向かい、俺は最後に一本の暗器を袖から取り出す。
「わりぃが、これで終わりだ」
「……まてよ」
ヴォルフは銅像に潰されていなかった腕を伸ばし、俺の脚を掴んだ。
「おいおい、まだやんのかよ」
が、彼の表情に敵対心は残っていなかった。
「最高に楽しかったぜ。大満足だ……ありがとな」
「――どういたしまして」
俺は暗器を両手で握り、頭蓋骨が露わになっていた部分から脳を思いっきりぶっ刺す。
ヴォルフの体は激しく痙攣したのち、動かなくなる。
飢えを満たされた狼は、ついに息絶えた。
同時にヴォルフの体から霊魂のようなものが現れ、俺の左腕にある刻印へと吸収されていく。
――なんだ、今の。
見たことのない現象にふと首を傾げるが、今は悠長に考えている場合じゃない。
死ぬ前に早く止血しないとな。
「ウルム!」
聞き覚えのある声に振り向くと、アズールが今にも泣き出しそうな表情で俺へと駆け寄ってきた。
そしてアズールは思いっきり俺に抱き着く。
「ぐへっ――」
「無茶をしおって……本当に死んでしまうかと思ったぞ」
俺の胸倉に顔を埋めながら震える声で言うアズール。
「ったく、俺は死なねえって言っただろ」
アズールの頭に、俺は手を置いた。
「あー、でも魔法かなんかで血ぃ止めてくんねえか? そろそろ視界がぼやけてきた」
「ああ、そうだ。すまない!」
慌てて俺の傷に手を翳し、アズール何かを唱え出した。
アズールに魔法で手当てをしてもらっていると、審判を務めていた兵士が、他の兵士数名と共に俺の前へとやってくる。
「貴様、よくもヴォルフ様を――」
「見ての通りヴォルフの野郎を倒したぞ。とっとと賞金とシアンっての寄こせ」
俺がそう言うと、兵士は舌打ちした。
「ヴォルフ様が死んだ今、そんな道理はもはやない。貴様のような死にぞこないにくれてやるものは死だけだ!」
まあ、そうなると思ってた。
俺は袖から数本の暗器を取り出し、剣を抜く兵士たちに投げつけた。
暗器は全て命中し、兵士たちは一斉に血を吹き出しながら倒れる。
「さてと……」
ルージェの奴、うまくやってくれてるといいが――
アズールに応急処置をしてもらった俺は立ち上がり、ヴォルフが大会を座っていた椅子へと目を向ける。
そこには鎖から解かれたシアンと、ルージェの姿があった。
ルージェは俺の視線に気づくと、両手で大きく丸を作る。
救出作戦成功ってことか。
「行こうぜ、お姫様」
「ああ」
俺が伸ばした手をアズールはしっかりと握り、俺たちは応援が駆けつける前に闘技場を脱出した。




