18 狼と踊る その4
「なんなんだ……あれは」
魔物のような姿へと変貌を遂げたヴォルフを見つめながら、アズールは唖然としていた。
「……さあ。でも、雲行きは怪しくなってきましたね」
アズールの隣に座るルージェはそう言う。
ヴォルフが狼のような姿へと変貌してから戦況は急変した。
先程までのウルムが優位な状況から一転、ヴォルフが一方的に攻撃を仕掛けており、ウルムはそれを回避するので精一杯のようだ。
ルージェは観客席にいる兵士たちを見回す。
驚き方からして連中もヴォルフがあのような姿に変身できることは知らなかったのだろう。
逆を言えばこれは最大の好機でもある。兵士達がヴォルフとウルムの戦いに気を取られている間にシアンを助け出せれば……
「先にシアン様を助け出して脱出しましょう。そうすればウルムが敗れても彼の犠牲は無駄にはなりません」
ルージェは小声でアズールにそう言い、立ち上がろうとするが、アズールに手を掴まれる。
「彼を見捨てるような事はしない。我々の為にここまでしてくれているんだぞ」
「しかし、万が一彼がやられたらこの作戦の全てが無駄に……」
膝の上で拳を強く握りしめ、アズールはルージェに言った。
「ウルムは死なない。私と共に父の敵を討ってくれると約束したんだ、こんなところでやられるわけがない」
「そんな、なんの根拠もないじゃないですか。だったらせめてシアン様だけでも――」
「甘いのは百も承知だ。だけど、私はもう何も失いたくない」
アズールの青い瞳は、僅かに揺れていた。
「……そうですね」
それを見たルージェは、再びアズールの隣に座る。
「正直な話、私もあいつは見捨てたくないですしね」
「見捨てる必要などない。彼は勝つさ」
ウルムを見つめるアズールの横顔は、彼への信頼を映し出していた。
*
とめどなく放たれるヴォルフの攻撃を躱しながら、俺は隙を伺っていた。
ヴォルフは人間態の時よりも格段に早くなってるが、いくら速くなろうが必ず反撃できる瞬間は現れる。
「しねぇ!」
俺を裂こうと、ヴォルフは頭上から爪を振り下ろす。
これだけ大振りの攻撃なら――
俺は僅かに身を捌いてギリギリで攻撃を避けると、袖から抜いた暗器を思いっきりヴォルフの腹部にぶっ刺す。
「……浅い」
ヴォルフの肉体は予想外以上に固く、暗器は僅かにしか奴の身に食い込まなかった。
「効かねえな」
平然とそう言うと、ヴォルフは腕の一振りで俺を吹き飛ばした。
「ぐっ――」
着地と共に受け身を取ろうとするものの、先回りしたヴォルフは俺を掴み、そのまま地面に叩きつける。
「がはっ!」
「今度こそ終わりだ!」
ヴォルフは大きな口を開き、倒れた俺の首を噛み切ろうとする。
「まってたぜ、犬っころ」
その瞬間、俺は左手の袖から暗器を取り出し、ヴォルフの口の中に突き立てた。
「ぎっ――」
そしてヴォルフが口を閉じる前に手を抜き、彼を蹴って距離を取る。
「どうだ、おいしかったか?」
俺の問いにヴォルフは笑い、口の中へ手を伸ばすと、口の天井に刺さった暗器を抜いて捨てる。
「この程度で俺様を傷つけられると思ってんのか?」
正直、多少は効くと思ってたが……思いの外大丈夫そうだな。
「もっと楽しませてくれよ白髪野郎。こんなんじゃせっかく本気出した俺が馬鹿みてえじゃねえか」
ヴォルフはそう言うと、地を蹴って俺との距離を詰める。
「とは言ってもな――」
俺はヴォルフの爪を躱すものの、直後にヴォルフの脚が俺のみぞおちに埋まった。
「ぐっ……」
「おいおい、忘れたのか」
ヴォルフはもう片方の脚で俺を蹴り飛ばした。
「俺には脚もついてんだぜ」
痛む全身を鞭打って立ち上がるが、直後にヴォルフの追撃が来る。
致命傷は免れたものの、ヴォルフの爪をは俺の左肩の肉を抉っていった。
「ちっ……」
血が流れ出す肩を押さえながら、俺はなんとかヴォルフの間合いから離れる
「もう終わりだな、こりゃ」
俺を見つめ、ヴォルフは残念そうに言う。
「だけど楽しかったぜ。久しぶりに生きてる気分になれた。殺すのが勿体無いくらいだ」
ヴォルフの言葉に、俺は苦笑する。
「生憎だが、俺は死なねえぜ」
ふと、観客席に座るアズールが目に入った。
あいつ、来てたのか。
アズールは不安そうな表情を浮かべていたが、俺と目があった瞬間、それは安堵へと変わった。
ああ、わかってるせお姫様。
一緒に勇者マルクをぶっ殺すんだろ。
だから、こんなとこで死ぬわけがない。
「さあ、こいよ犬っころ。とっとと決着つけようぜ」
俺の言葉に、ヴォルフは嬉しそうに頬を引きつる。
「てめえ、本気で勝てると思ってるみてえだな」
そして、身を屈め俺へと飛びかかった。
「いいぜ、見せてみろよその足掻きを!」
口を大きく開き、俺の首を狙うヴォルフ。
「おう」
俺はその場から一歩も動かずに、ヴォルフに噛みつかれた。
首から肩にかけて無数の鋭い牙が体に食い込み、激痛が全身を駆け巡る。
だが、マルクに斬られた時ほどじゃねえ。
「ワンちゃん、つーかまえた」
俺は左手でヴォルフの顔の毛を掴むと、右手の袖から暗器をとりだし、思いっきりヴォルフの目を突き刺した。
「ぐあぁ!」
痛みのあまりか、ヴォルフは俺を離してのけぞる。
「て、てめえ……」
俺は血が流れ出る首を押さえながらヴォルフから距離を取る
「こちとら半身抉られてんだ。目玉一個じゃ満足しねえぜ」
「なっ――」
俺の言葉を理解できる前に、ヴォルフの目に刺さった暗器についた小型爆弾が爆発し、彼の顔半分を吹き飛ばした。




