16 狼と踊る その2
武器が風を切る音。金属がぶつかる音。次第に荒くなっていく互いの呼吸。
研ぎ澄まされた神経より伝わってくる情報が脳裏に響く。
一瞬でも気を抜いたら勝負が決まる。
ウルムとの攻防を、ヴォルフは心底楽しんでいた。
本当に自分の命を脅かせる敵と戦う時のこの昂ぶりは、他では決して味わえないものだ。こんな気持ちになったのはいつぶりだろうか。
……だが、まだ足りない。まだ満足には遠く及ばない。
自分がウルムに殺される未来は見えない。本当の意味での命の危機は感じていない。
ヴォルフはまだ、生きていないのだ。
「うりゃあ!」
ヴォルフが振り下ろした斧をウルムは避け、反撃する。その反撃を防ぎ、ヴォルフは再びウルムを攻撃した。二人は何分間にもおよびこのやり取りを繰り返していた。
体格からして明らかに持久力はヴォルフのほうが優れている。すなわち、消耗戦となればヴォルフの勝利は明確。
このままウルムが疲れ果ててヴォルフが勝利してしまっては興醒めもいいところ。
しかし、ウルムの表情がそうはならないとヴォルフに告げていた。
僅かな間違いが命を奪うであろうこの状況で、白髪の暗殺者は笑っていた。
まだ、彼には余裕があるのだ。そしてヴォルフと同じようにこの戦いを楽しんでいる。
「もっと楽しませてくれよ、白髪野郎!」
ヴォルフは、斧を振り回しながら吠えた。
*
……ったく、とんだ戦闘狂だ。
ヴォルフが軽々と振り回す巨大な斧を避けながら、俺は懐の煙玉へと手を伸ばした。
そろそろ決着をつけるか。
俺は装備も限られてるし、あの筋肉馬鹿の攻撃をギリギリで回避するのに派手に動き回ってるから体力の消耗も激しい。
つまり戦いが続けば続くほど必然的に不利になる。
ならばここで一気に終わらせるまで。
俺は懐から取り出した煙玉をヴォルフに投げつけ、彼を蹴って高く飛び上がる。
「こざかしいな!」
ヴォルフは斧を思いっきり振った風圧で一瞬にして煙幕を消し飛ばすが、その僅かな時間だけでも十分だった。
俺は空中で全身から大量の暗器を取り出し、回転しながらヴォルフに投げつける。
「おもしれえ!」
ヴォルフは降り注ぐ暗器の雨をものともせず、俺に斧を投げつけた。
無数の暗器がヴォルフの体に突き刺さるが、まるで怯みもしない。全身に纏った強靭な筋肉が暗器が深く刺さるのを防いでいるのだろう。
「――っ」
俺は空中でヴォルフの投げた斧を回避すると、着地する。
が、ヴォルフはそれを読んでいたかのように着地点まで移動し、俺に殴りかかった。
「もらった!」
迫りくるヴォルフの巨大な拳。
短刀を抜いて防ごうとするものの、ヴォルフの拳はそのまま俺の短刀を真っ二つに折り、俺の胴体に直撃した。
「がはっ――」
突進する暴竜に撥ねられたかのような衝撃が全身を貫いた。直撃時に体を捻って衝撃を流していなかったら内臓の殆どが破裂していただろう。
転がって受け身を取ると、俺は体勢を取り直す。体は多少痛むがどこも折れていないようだ。
「やっと捕まえたぜ」
自分が優勢にあると思ったのか、ヴォルフは笑いながら言う。
俺は服についた埃を叩き落としながら言った。
「そりゃこっちの台詞だ。俺があんな攻撃避けれないわけねえだろ」
「なっ――」
「食らってやったんだよ。そいつのためにな」
ヴォルフは自信の手首に刺さっていた針に気付き、目を見開く。
さっきヴォルフの拳を躱さずに受け止めたのはわざとだ。
俺が使っている神経毒のついた針は普通の人間ならどこに刺しても威力を発揮できるが、こいつの場合は別。
筋肉が分厚いところに刺そうとすれば針は折れるし、刺せたところで血管に刺さっていなければ大した効力は見込めない。
となると狙うべきは手首の脈。そしてそこに刺す為には自ら腕を差し出してもらわなきゃいけない。
「ぐっ……てめえ……」
毒が回ってきたのか、ヴォルフは体の動きが鈍くなる。とは言え、普通の人間だったら即死だからそのしぶとさに感心せざるを得ない。毒の量は違えど魔王ですら跪いたやつだぞ、それ。
俺はその隙を逃さぬべく駆け出し、真っ二つになった短刀の破片を拾う。
ヴォルフは拳を振り上げて対抗しようとするものの、先ほどまでに比べると圧倒的に遅い。
楽々と攻撃を掻い潜ると、俺はヴォルフの懐に踏み込む。
「終わりだ」
そして短刀の破片をヴォルフのあばら骨の隙間、心臓がある部分に思いっきり突き立てた。




