15 狼と踊る その1
ヴォルフは椅子の隣にある大斧を手に取って立ち上がると、観客席からアリーナへと飛び降りる。
「随分と自信満々じゃねえか」
ヴォルフは俺の前に立ちはだかり、肩に大斧を乗せた。
背丈は俺より頭三つほど高く、肉体は筋肉の塊としか言いようが無い。
「てめえが俺を満たしてくれるってのか、白髪野郎」
「努力はするぜ」
ヴォルフは鼻で笑い、俺の目の前で斧を振り下ろした。
俺の足元に巨大な亀裂が入り、砂埃が舞い上がる。
「そう言うからには、一分は持ってくれよ」
それが脅しだとはじめから気づいてた俺は一歩も動かずにヴォルフを見つめ続けた。
「――お前もな」
「おもしれえ……」
ヴォルフは獲物を前にした獣の如く目を見開き、頬を引きつる。
「開始の合図をしろ!」
「は、はいっ!」
兵士はヴォルフの命令を受け、慌てて鐘を鳴らす。
――試合開始か。
「うらぁ!」
間髪開けずにヴォルフよ大斧が迫ってきた。今度は脅しじゃない。
その一撃は先程戦ったヘクターの剣戟より遥かに早く、そして重い。
その上、ヴォルフは全力で振ってすらいない。単なる小手調べのような一撃だ。
さすが勇者のお仲間さんってとこだな。
俺はすかさず踏み込んで斧を避けると、短刀を抜いてヴォルフの懐を狙う。
が、ヴォルフの丸太のような脚から放たれた強烈な前蹴りがそれを中断させた。
「――っ」
俺は体を捻って蹴りを回避するものの、その先にはヴォルフの斧が待っていた。
「もらった!」
真横から迫りくる斧に片手で飛び乗り、俺はヴォルフの顔面に蹴りを入れた。
「ぐっ――」
そして斧に両足で着地すると、僅かに怯んだヴォルフの喉元を短刀で突き刺そうとする。
しかし、ヴォルフは瞬時に斧を振り上げて俺を弾き飛びした。
受け身を取って着地すると、ヴォルフの追撃が迫ってきた。
俺は暗器を投げつけるものの、ヴォルフは一切速度を落とさずに片手で暗器を弾き飛ばす。
が、それも狙いのうち。
暗器についた糸がヴォルフの腕に絡みつく。
「けっ、こんな小細工!」
ヴォルフはそのまま接近して斧を振り下ろすが、俺はヴォルフの脚の間を滑ってくぐり抜け、飛び上がって糸を彼の首に回した。
「わりぃな」
そして糸を思いっきり引っ張って首を絞める。
「……ふっ」
ヴォルフは笑いに近い吐息を漏らすと、自身の首に食い込んだ細い糸を素手で引きちぎった。
ヘクターのように何らかの技で分解したわけじゃない。ただただ腕力で引き千切ったのだ。
絞殺がまるで通用しなかったので、俺はヴォルフの反撃が来る前に飛んで距離を取る。
「おいおい、地竜でも噛み千切れない奴だぜそれ」
それに肉眼ではほぼ見えないあの細い糸を掴むとはな。馬鹿力に加えて手先も器用なのかよ。
「あんなトカゲ片腕で殴り殺せるぜ」
ヴォルフは腕に絡みついた糸を解き、投げ捨てた。
「こんな小賢しいもんが俺に通用するわけねえだろ」
その言葉に、俺は苦笑する。
「それもそうだな」
こっちももうちょっとやる気を出さなきゃいけねえみたいだ。
*
「なによ……あれ」
ウルムとヴォルフの戦いを観客席から見ながら、ルージェは思わずそう呟いた。
あまりにも速すぎてなにが起こっているのかまるでわからなかった。
あんな動き、魔族でも出来るのは魔将軍クラスの者くらいだろう。いや、魔将軍でもできるのだろうか……
あのような化物に立ち向かうとは、シアンは勇敢を通り越してただただ無謀だったのではないか。
そしてルージェはヴォルフからウルムに視線を移動させた。
ある意味、彼はヴォルフ以上に理解ができない。
ヴォルフは魔王を倒した勇者マルクの仲間だ。そう考えるとあの強さは多少納得が行く。
だとしたら、それと互角以上に渡り合えているウルムとは……
「あんた、一体なんなのよ」
ルージェが思わずそう呟くと同時に、二人の化物は再び激突する。
またもや目で追いかけきれない戦いが始まった。
「まったく、信じ難い光景だな」
「えっ――」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはフードを深くかぶったアズールがいた。
「アズール様、何故このようなところに……」
ルージェは声を潜めてアズールにそう問う。
「どのみちヴォルフを倒してシアンを救出したらすぐにこの街を出るだろ。君たちの帰還をおめおめと待つのはどうも性に合わなくてな」
「とはいえ、万が一見られたら――」
「私とてそこまで不用心ではない。それに、部下と同志が私のために命を張っているのに王女たる私が隠れているのもおかしな話だろう」
アズールの言葉にルージェはため息をつく。
「アズール様らしいですね。でも、私はともかく……」
そしてヴォルフと接戦を繰り広げるウルムに目を向ける。
彼の顔には、ルージェやアズールとの会話で一度も見せたことのないような狂った笑みが浮かび上がっていた。
「あれは人のために戦ってる奴の顔じゃないですよ」




