14 破壊剣士ヘクター
決勝戦。
アリーナへと出た俺とヘクターは向き合い、それぞれの得物を抜く。
「不本意だが……死んでもらう」
ヘクターの重々しい言葉に、俺は苦笑する。
「そうやって深刻な声で言うと人を殺した時の罪悪感が薄れるのか?」
「俺はそんな脆い人間じゃない。ただ、人を殺すのは好きじゃないんだ」
「じゃあ剣士なんて辞めちまえ。今なら降参も受け付けるぜ」
すると観客席にいたヴォルフが唸るように言う。
「おいおい、勝手にルール変えてんじゃねえぞ白髪野郎。てめえら死ぬまで殺し合え」
そしてヘクターは俺の提案に首を振った。
「悪いが、俺には金が必要なんだ。それに……ここまできたからにはもう後ずさりは出来ない」
「だったらしのごの言わずにかかってきな」
勝負の始まりを告げる鐘が鳴る。
「……っ!」
ほぼ同時にヘクターは俺の目の前まで接近してた。相変わらず速えな、こいつ。
「うりゃあああ!」
奇声と共に振り下ろされる大剣を、俺は飛んで回避する。
そして三本の暗器をヘクターに投げつけるものの、彼は大剣の一振りで三本とも弾いた。
直前の攻撃であんだけ派手に空振っておきながら、まるで隙がない。
「うりゃあ!」
そこからヘクターの猛攻が始まった。
避けても避けても次の剣戟が飛んでくる。暗器を投げ返しても弾かれる。
どうやら俺はビウス流というものを勘違いしていたようだ。
ビウス流は護りを捨てた一撃必殺の剣術。それは最初の一撃に全力を込めて外したら潔く死ね、と言う意味だと思っていたが、どうやらそうじゃないようだ。
ヘクターの一撃一撃は確かに全力だ。だが、決してがむしゃらに剣を振り回してるわけじゃない。全ての攻撃が次に繋がるようになってる、一切の無駄がない動きだ。
ビウス流は護りを捨ててるんじゃない。そもそも相手に反撃する隙を与えないから護る必要がないのか。
「……おもしれえ」
俺はヘクターの攻撃を避けては暗器を投げつけるものの、立て続けに弾かれていく。
てか、あんな全力でくそでけえ剣振り回し続けてよく疲れねえな。
ビウス流の剣技も大したもんだが、このヘクターってやつはそもそもの体力と反射神経が異常だ。
「うりゃあああ!」
またもや強烈な一撃が俺へと目掛けて飛んできた。
「ったく」
俺は剣が体に触れる寸前に跳び、ヘクターの攻撃を回避する。
俺がさっきまでいた立っていた地面は大きく凹んでいた。
「いつまで逃げ回る気だ」
俺が間合いから外れた事を察知したのか、ヘクターは猛攻を止めた。
「口ほどにもない。俺の時間を無駄にしないでくれ、白髪」
ヘクターの言葉に、俺は軽く笑った。
「そう言われるのは心外だな」
そして俺は、両手に絡めた糸を彼に見せる。
「お前がそいつを振り回してる間、俺は頑張って『巣』を作ってたんだぜ」
「なっーー」
大きく目を見開くヘクター。たった今気づいたのだろう、そこら中に張り巡らされた細い糸の存在に。
ヘクターがでたらめに剣を振り回してたわけじゃないように、俺もただでたらめに暗器を投げてたわけじゃない。
奴が弾くと知った上で糸のついた暗器を投げていた。このためにな。
両手を引くと同時に、俺の作った『巣』はヘクターに絡みつき、彼を縛り上げる。
「くっ!」
身動きの取れなくなったヘクターは、必死に自身を縛り付ける糸に抗うものの、絡みついた糸は決して千切れない。
「勝負あったな」
俺は袖から針を取り出し、ヘクターへと向かっていく。
「まだだ……まだ!」
「無駄だ。その糸は地竜の顎を持ってしても噛み千切れねえ」
ヘクターは俺の言葉が聞こえていないかのように足掻き続ける。
「俺はまだ負けられない……まだ……」
急に大人しくなり、ヘクターは目を閉じる。
ようやく覚悟ができたのか。
「金を貯めて……バルト家の不名誉を払拭し、あいつを取り返すために……」
「悲しい過去話ならよそでやってくれ。あんまし興味ないんだ」
「俺はっ!!!」
ヘクターの首元に針を刺そうとした瞬間、俺でも予想していなかった事が起きた。
ヘクターを縛り上げる糸がバラバラになった。
宙を舞う繊維を見つめながら俺は思わず頬を引きつる。
あの感じは千切れたんじゃない、まるで繊維そのものが根本的な部分から分解されたような……
「っ!」
ヘクターは瞬時に大剣を拾い上げ、俺の背後を取りーー
「うりゃあああ!」
俺を真っ二つにしようと、大剣は横一文字に振られる。
が、ヘクターが捉えたのは俺の残像に過ぎなかった。
「ありがとよ、楽しかったぜ」
俺はヘクターの脇腹に針を刺した。
「な……そんな……」
ヘクターはよろめきながら大剣を落とし、跪く。
「……はじめっから……俺より……速かったのか」
「まあな」
やろうと思えば一撃目でこいつを倒すことはできた。いくら強いとは言え俺やヴォルフとは次元が違う。
あえてそうしなかった理由は二つ。
一つは単に見てみたかった。破壊剣士の戦い方ってのを。
もう一つは、ヴォルフに自分の力をあまり見せたくなかったからだ。だからあえて回りくどい戦いをした訳だが……
「最後の最後で台無しにされちまったな」
俺は苦笑しながら動かなくなったヘクターを見つめる。
ちなみにヘクターは殺してない。あの針に塗ってあったのは普段使ってる神経毒とは全くの別物だ。
こっちの毒は仮死状態になるものの、数時間後には何事もなかったかのように起き上がる。
ぱっと見は死んでるからこれで決着はついたことになる。
なんで生かしたかっていうと……論理的な理由は正直無い。強いて言うなら面白いもんを見せてくれたお礼ってとこか。
ーーこいつなら、まだまだ強くなりそうだしな。
俺はヘクターの頭を軽く踏みつけると、その一部始終を楽しそうに見ていたヴォルフに言う。
「次はお前だぜ、餓狼のヴォルフ」
てめえの飢えとやら、思う存分満たしてやるよ。




