第二章 承 節一 黄泉がえり
「!?ーー猫が‥喋った」
剛と侑芽を名乗る女が目を丸くしながら黒猫を見つめる。
何なんだいったい?これは現実なのか?‥侑芽を名乗る女、喋る猫ーー俺は夢でも見ているのか‥。
夏の日差しが窓から差し込み、部屋の中に光と影の明暗を濃くしている。
待てよ‥あの猫‥どうしてだ?普通じゃない‥。
陽に当たっている黒猫には影が無かった。
「お前の後ろにいる彼女は間違いなく染井侑芽だぜ」
呆然と立ち尽くす剛と侑芽を名乗る女の反応に合点した黒猫が話を続ける。
「侑芽は昨日、波凪神社で死んだのさ」
「侑芽が‥死んだ?適当なことを言うな」
剛と侑芽を名乗る女が怪訝そうな顔つきに変わる。
「そこに居る彼女は黄泉がえりした侑芽だ」
振り返り、侑芽を名乗る女を見ても、首を傾げたまま眉を顰めている。
「黄泉がえり?‥何だそれは?」
黒猫に向き直って聞き返す。
「黄泉はこっちの言葉で言うなら死後の世界、あの世ってやつだな」
黒猫は剛を見ながら淡々と語っている。
「あの世?ーーそれじゃ侑芽が死んで生き返ったとでも言いたいのか?」
「生き返ってはいない。そこにいる彼女は期限付きで魂のコピーが死んだ体に授けられているだけだ」
魂のコピーが死んだ体にだと‥いったいコイツはさっきから何を言っているんだ‥。
目の前で起きていることについて、脳内で考えを巡らす。
「どう考えても信じ難い話だなーーそれなら、この女の姿が違う理由は何だ?」
侑芽を名乗る女と黒猫を交互に見ながら聞く。
「他人の目からは別人に見えているだけさーーもし、お前以外に彼女の正体を知られて名を呼ばれれば、期限前でも黄泉がえりは終わりだからな」
さっきから言っている意味がさっぱり分からん‥。
「その期限って何なんだ?期限が切れたらどうなるんだ?」
足で耳裏を掻いていた黒猫がそれを止めて剛を見直す。
「期限は49日、正確にはあと48日だなーー期限が切れれば黄泉にいる侑芽の魂が冥界へ行き、魂のコピーもそれで消える」
まるで雲を掴むような話だ。しかもそれを猫が喋っているんだぞーーこれをどう考えろって言うんだ‥。
「待って。私‥‥‥本当に死んでるの?」
侑芽を名乗る女が口を挟んでくる。
「そう言っただろーーお前の本当の魂は今も黄泉にいる」
黒猫が侑芽を名乗る女を見ながら答える。
「意味が分からないーー私が死んでるって?心臓の鼓動だって感じるし、こうして息もしてるのに」
「それなら聞くがーー昨日の夜、何をしていたか覚えているか」
侑芽を名乗る女が一瞬、口籠る。
「ーー確かに昨日の途中から今朝まで何をしていたのか私は覚えていないけど‥それがどうだと言うの?」
「魂のコピーには、死んでから黄泉がえりするまでの時間が存在しない。だから記憶がないのさ」
「そんな事って‥」
納得できないと言った顔つきの侑芽を名乗る女だが、反論の言葉も失っているように見えた。
「なぁ、あんたには影が無い。猫の格好をしているが一体あんた何者なんだ?」
「俺は黄泉の管理者ってやつさ。こっちの世界なら死神とでも言えば分かり易いか」
黒猫は剛に向き直った。
黄泉の管理者?死神?、魂は黄泉にいるとか‥聞いているだけじゃ全然分からないーーしかし、その意味不明な事が今こうして目の前で起きている‥。
頭の中で整理が追いつかず、脳が思考を放棄しそうだった。
「どうしてここに来たんだ」
「黄泉がえりが起きている事を知らせるのは俺の役目だからさ」
「役目?ーーあんた、黄泉の管理者なら自由に黄泉とも行き来ができるって事か?」
「当然だろ。でなければ今ここにはいない」
剛は大きく息を吸い込んだ。
「そうかーーこんな話を聞いただけで信じるなど俺にはできない。俺を黄泉へ連れて行ってくれ。この目で確かめる」
一瞬だけそっぽを向いた黒猫が剛に目線を戻す。
「ーー連れてはいけるが、黄泉へ入っている間、お前の体はここに残り、死んだように動かなくなるぞ」
「剛。確かめるって‥何を?」
侑芽を名乗る女が剛に近づき言う。
「黄泉にいるっていう、お前をだ」
「どうして?私はここにいるのに‥ここにいる私じゃ駄目なの?」
侑芽を名乗る女が訴えるような目で見つめてくる。
「それを俺が行って確かめるーー本当にお前が侑芽なら、俺は必ずここに戻ってくる」
「剛ーーでも危険じゃないの?」
侑芽を名乗る女が黒猫を見る。
「俺は勧めていない」
黒猫がまたそっぽを向く。
「黄泉にいる侑芽をこのまま放ってはおけないーー何があっても構わない。それならいいか」
「行くのは勝手だーーどうなっても知らないぞ」
黒猫は淡々とした口調で剛に答えた。




