第9話 天使は王太子と再会する
収穫祭の火災事件から一か月。
エミリアは深刻な問題に直面していた。
「……お返事を書かなければなりませんわ」
机の上には三通の手紙。
セドリック。
ルーク。
ノア。
七歳児が受け取る手紙の量ではない。
絶対に違う。
しかも全員、内容は普通なのだ。
勉強の話。
本の話。
最近あった出来事。
友達同士の文通そのもの。
「なぜですの……」
本人は未だに納得していなかった。
だが無視するのも失礼である。
エミリアは礼儀正しい令嬢だった。
だから返事を書く。
結果として交流が続く。
悪循環である。
◇◇◇
そんなある日。
「エミリア」
父が珍しく嬉しそうな顔をしていた。
「はい?」
「王都へ行くぞ」
エミリアは嫌な予感を覚えた。
最近この感覚がよく当たる。
「なぜですの?」
「王家主催の感謝祭だ」
終わった。
心の中で呟く。
終わった。
「今年は功績のあった貴族家も招かれている」
「そうですの」
「我が家も対象になった」
領地経営の評価らしい。
断れない。
非常に断れない。
◇◇◇
数日後。
王都。
王城。
「綺麗ですわね……」
思わず本音が漏れた。
王宮お茶会の時とは違う。
今回は大規模な式典だ。
貴族たちも多い。
豪華さも段違い。
「緊張する?」
母が尋ねる。
「少しだけですわ」
大嘘だった。
かなり緊張している。
なぜなら。
王太子がいる可能性が高いからだ。
◇◇◇
式典は順調に進んだ。
挨拶。
会食。
演奏会。
特に問題はない。
エミリアも安心し始めていた。
(大丈夫そうですわ)
今日は遭遇しないかもしれない。
そう思った時だった。
「失礼」
聞き覚えのない少年の声。
振り向く。
そして。
固まった。
金髪。
青い瞳。
整った顔立ち。
少しだけ背が伸びている。
だが間違えようがない。
レオナルド王太子だった。
「……」
「……」
数秒。
沈黙。
先に口を開いたのは王太子だった。
「やっぱり君だ」
嬉しそうだった。
とても。
エミリアは嫌な汗をかく。
◇◇◇
「お久しぶりですわ」
完璧な令嬢の笑顔。
内心は大混乱。
なぜ見つかる。
なぜ来る。
なぜ嬉しそう。
分からない。
本当に分からない。
「覚えていてくれたんだね」
レオナルドが言う。
「もちろんですわ」
王太子だもの。
忘れるわけがない。
だが。
レオナルドは少し違う意味に受け取ったらしい。
笑顔が増した。
「よかった」
よくない。
エミリアの勘がそう言っている。
◇◇◇
「最近はどうしていたの?」
「ふつうですわ」
「普通?」
「本を読んだり、お勉強したり」
「へえ」
レオナルドは楽しそうに聞いている。
王太子とは思えないほど自然だった。
そして。
エミリアは気づく。
原作と違う。
本来なら。
この時期のレオナルドはもっと大人びていた。
もっと完璧だった。
もっと王太子らしかった。
なのに。
今目の前にいる少年は。
年相応だった。
よく笑う。
よく話す。
普通の男の子みたいだった。
「……」
エミリアは少しだけ首を傾げる。
◇◇◇
「エミリア」
「はい?」
「君は僕が王太子だから話すの?」
突然の質問だった。
エミリアは瞬く。
「?」
「みんなそうなんだ」
レオナルドは笑っていた。
だが。
どこか寂しそうだった。
「王太子だから近づく」
「王太子だから褒める」
「王太子だから気を遣う」
八歳の少年らしくない言葉。
ずっと見てきたのだろう。
周囲の反応を。
「でも」
レオナルドは続けた。
「君は違った」
エミリアは思わず目を逸らした。
違う。
それは違う。
特別扱いしなかったのではない。
逃げただけだ。
全力で。
ものすごく。
逃げただけである。
◇◇◇
「わたくしは……」
少し迷う。
そして。
正直に答えた。
「レオナルド殿下も普通の方ですもの」
「普通?」
「はい」
「そうかな」
「そうですわ」
エミリアは頷く。
「身分は違いますけれど」
「うん」
「おなじように笑いますし」
「うん」
「迷子にもなりますし」
レオナルドが固まった。
エミリアも固まった。
言ってしまった。
あの日のことだ。
「……」
「……」
沈黙。
そして。
「ふっ」
レオナルドが吹き出した。
「確かに」
笑う。
楽しそうに。
本当に楽しそうに。
「そうだね」
◇◇◇
その頃。
少し離れた場所では。
王妃がその様子を見ていた。
「まあ」
微笑む。
隣にいた侍女が尋ねた。
「いかがなさいましたか」
「あの子」
「はい?」
「レオナルドがあんな風に笑うの、久しぶりだわ」
侍女も視線を向ける。
確かにそうだった。
王太子は普段から優秀だ。
だが。
どこか大人びすぎている。
子供らしくない。
それが今は。
年相応の少年に見えた。
「エミリア・アシュフォード」
王妃はその名前を覚える。
◇◇◇
帰りの馬車。
エミリアは窓に頭を預けていた。
「つかれましたわ……」
心からの本音だった。
母が苦笑する。
「楽しかったでしょう?」
「そうですわね」
少しだけ。
本当に少しだけ。
楽しかったかもしれない。
話してみれば。
レオナルドは良い人だった。
原作で人気だった理由も分かる。
だが。
「……」
エミリアは気づいていない。
今日の再会が。
本来の物語とは全く違う形で。
二人の関係を始めてしまったことを。
原作のレオナルドはヒロインに恋をした。
だが今のレオナルドは違う。
恋ではない。
もっと前の段階。
初めて本音で話せる相手を見つけた少年の喜び。
それが始まりだった。
そして。
そんな変化こそが。
やがて原作を大きく変えていくことになるのである。




