16. 未知の病と異世界の知識
ミーリヤちゃんは、キチンと毎日真面目に魔力コントロールの練習をしているようだ。そして、魔法使いとしての素質もあるみたい。これは、庭で練習しているミーリヤちゃんを見ていたグリールさんの考えることを放棄したような乾いた笑みが物語っていた。
ミーリヤちゃんのお母さんの病だけど、本人は症状なんかは知らなかったので、お父さんに尋ねたところ、2年ほど前から怒りっぽく、常にイライラしていると思えば、記憶が不鮮明になったり、手足の痺れから始まり、だんだん悪くなり歩いているとつまづくなど、色々な症状が出るようになったそうだ。医者にも原因が分からないらしく処方される薬を飲んでもあまり改善しない。しかし、下級回復薬を服用すると一時的に良くなるので数ヶ月に一度は飲ませるようにして、病の進行を抑えているそうだ。
その話を聞いて、先日作った最上級回復薬と同等の魔法薬を思い出したので、プリシラさん達が作った魔法薬の販売をしている店に行ってみた。すると、ミーリヤちゃんのお父さんが言っていた、下級回復薬でも銀貨1枚もした。上級回復薬に至っては金貨2枚。あの回復薬の売値を考えると恐ろしくなるな。
これはあとでグリールさんに聞いたんだけど、この街では、毎日働いて月の給金はだいたい銀貨5枚くらいらしい。そして、プリシラさんから経緯を聞いていたのだろう。僕の持っている回復薬を渡すのはやめておくように言われた。何故かというと、魔法薬はその時の怪我などを一気に回復するもので、程度は違えど一時的に良くなるだけの病だったら下級だろうが、上級だろうがあまり効果に変わりがないそうだ。
原因不明の病か。元の世界なら携帯電話で似たような症例なんかを検索したり出来るのだけどな。あ、そういえば、病名辞典みたいなアプリを入れていたような気がする。医者からもらった薬で説明書読んでもよく分からない時に友達に勧められたものだ。あれなら圏外でも使えた気がする。思い立ったが吉日と、スーと出かけようと庭に出ていた僕は異空間収納から久しぶりにビジネスバッグを取り出した。
「ユウキさん、そのカバンは私とこの世界に来た時に持っていたものですよね。どうするのですか?」
「ミーリヤちゃんのお母さんの病の事を調べてみようと思ったんだ。向こうの世界の知識だけど参考になるかもしれないし。」
そう言いながら、カバンから携帯電話を取り出した。スーは興味深そうに携帯電話を見ていた。電源を入れてしばらく待つと、久しぶりの待ち受け画面になる。すると、最後に見た時に赤色だった右上の電波の棒が青色になっていた。気にはなったが、とりあえずアプリを探して開く。検索画面で聞いた症状を入力して、検索する。認知症、アルツハイマーがトップに出てきた。これは困った。名前は聞いた事があるけど、対処方法が分からない。画面を見ながら困っていると。
「すごいですね。それは何をしているのですか?」
「これは携帯電話と言って遠くの人と話をしたり、情報を調べたりできるものだよ。遠くの人と話すにはもう一台受信するものがいるし、情報も今この携帯電話の中に保存されているものしか調べられない。だから基本的には向こうの世界でしか使えないけどもね。ん?すごいって何のこと?画面は見てなかったよね?」
画面を見ていないスーがすごいと褒めている?のを不思議に思った僕はスーに尋ねた。スーはすごいという内容を話し始めた。
「私の中?周り?に魔力とは違う何が通り抜けて戻ってきたのです。そういえば、ユウキさんの世界に転移した時にもたくさん感じましたね。音ではなくて、光に似ているけれどなんだか違うのです。」
「スーは見えないものが分かるの?」
「スライムは元々周りが見えませんからね。自分で思考出来る様になった頃には周りを感じることができましたよ。」
なんてこった。スライムは魔力や、電磁波、音波を感じる事が出来るらしい。しかし、なんで、電磁波を感じたんだろ?この世界では携帯電話は使えないよね。あぁ、携帯電話から電波を探すのに発信したんだろうか。でも、スーは戻ってきたと言っていた。何が戻ってきたのだろう。試しにスライムでネット検索をしてみた。すると、検索結果に『スライムの作り方』が出てきた。検索出来るのなら。と、電話をかけてみたが、通話は出来ないようで全く反応しなかった。
検索を出来る様になった僕は次に、確実に減っていくバッテリーの充電方法を考える事にした。せっかく使えるのならいつでも便利に使いたい。発電機を作るとか、蓄電池を作るとか色々検索をしてみたけど、この世界で作れる気がしなかった。やはり、魔力を電源にした翻訳メガネのような充電方法が1番出来そうだ。そう考えた僕は翻訳メガネを取り出してどのようにするのがいいか考えていたが、いいアイデアがうかばず、スーに聞いてみる事にした。
「スー。この携帯電話なんだけど、この翻訳メガネみたいにずっと使えるようにならないかなぁ?」
スーは携帯電話についてや、バッテリーについてなどを僕に聞いてきた。僕は、携帯電話で検索しつつ、質問に答えていく。ここで、スーは、僕の翻訳メガネのようなものを作り出した。それを自分でかけ、携帯電話の画面を覗き込む。黒髪の可愛らしい女の子がメガネっ子になった。しかも、最近は一緒に行動するようになり慣れてはきたけど、僕の好きなキャラクターのミコトちゃんに似た子だ。何というご褒美か。抱きしめたい衝動に駆られるが、グッと我慢する。そんな僕に気づいた様子もなくスーはふむふむ。と画面の内容を確認していた。確認が終わったスーが僕を見上げる。背の高さの違いから自然と上目遣いなってしまうスーに僕はドキッとした。スーは特に気にする事なく話を続ける。
「ユウキさん、この携帯電話を動かす為のバッテリーを魔力で補いたいって事でいいですか?この付与を行うと向こうの世界に戻る前に解除しないと使えなくなると思いますから注意してくださいね。」
スーは僕から携帯電話を受け取ると魔法付与をしてくれた。僕の手に戻ってきた携帯電話を確認すると、バッテリーの電池マークの所に充電中を示すカミナリマークがついている。素晴らしい。使い放題になった携帯電話のカメラを起動し、スーに向けるとカシャッと撮影した。音に気づいたスーは、何ですか?と首を傾げて尋ねてきた。
「あぁ、いきなりでごめん。カメラでスーを撮ったんだよ。」
僕は携帯電話の画面を見せながら説明する。目の前にあるものを絵として残す事が出来る魔道具みたいなものだと。スーは携帯電話に映る自分の画像を見て目をぱちくりさせていた。
「人族化した私ってこんな感じなんですね。ユウキさんが持っていたアクセサリーに似てる。」
「僕はこんな感じでカメラとか、鏡なんかを使わないと自分を見ることが出来ないけど、スーも客観的に見ることとかは出来ないの?」
「出来ますけど、自分で自分を見る必要ってありますか?周りに魔物とか、自分の害になる物がなければ問題ないですよね。」
魔物としてはそれが正しいのだろう。だけど、僕としては人族化したのだし、可愛いのだからもう少し着飾って欲しいと思う。今度服と髪飾りをプレゼントしよう。と心に誓った。
スーが人族化して数ヶ月、始めのようなスライムの視覚との違和感にも慣れてきたのか市場を歩いていてもあまり気にしなくなっていた。僕はそんなスーの様子が嬉しくて、時間がある時には一緒に街の中を散策して回った。その際、服と髪飾りをプレゼントしようとしたのだけど、元がスライムのためか、服をわざわざ着なくてもイメージするだけで服装など外観が変えられるらしい。それでもせっかくなので、髪飾りとリボン、それに櫛をプレゼントした。使い方がよく分からないと言うので、リボンを使いツインテールにしてみた。何故、僕に出来るのか、それは姉に言われて色々な髪型を練習したからだ。ツインテールのスーは、とにかく可愛かった。服装もいつもの巫女装束ではなくシャツにズボンというカジュアルで、街を歩いていても目立たない格好にした。こっちの世界でも可愛らしいの基準はあまり変わらないようで、スーの巫女装束姿は結構目立っていた。
スーと出歩くようになって、スーが念写してくれた街の詳細な地図にもたくさん書き込みが増えていた。そう、詳細な地図はスーに頼んだらすぐに作ってくれたんだ。街の他に南の森、まだ行った事がないけど、西門や東門の外の地図も用意してもらった。
今日はスーと今まで来たことの無かった職人街へ行ってみることにした。職人街は他の区画と異なり道幅がとても広い。鉱物や、木材、魔物の皮などを運搬するためらしい。異空間収納はあるが、使える人はやはり珍しいようで、ほどんどが商人に召しかかえられているそうだ。それに、この街は鉱山から近いため、直接引いてきた方が早かったりする。
工房は職人街に、店舗は商人街に構える事が多いため、あまり人通りがない。スーと道を歩いていると近くの工房から言い争う声が聞こえてきた。工房は店舗とは違い、誰でも気軽に入られるというわけではないので、歩く速度を落として様子を伺うことにした。
「最近の冒険者とは、なんと貧弱なんだ。たかだか石の人形のひとつやふたつで、依頼がこなせないだと!武器屋に魔鉱石が無くてどうやって武器を作るんだ!」
「お父さん、仕方ないじゃない。ゴーレムは硬い上に魔法も効きにくいんでしょ?しかも、今出てるのは上位種の鉄ゴーレム。」
「ふん。そもそも、石の間にキチンと倒しておけば上位種にはならんわ!撃退しか出来ない奴らばかりだからこうなったんだろう。」
工房の中では、手紙を片手に大声で不満を漏らす高齢の男性が会話から娘と思われる女性に宥められていた。
「もういい!他の奴らには任せられん。俺が、ちょっと鉱山まで魔鉱石を掘りに行ってくる。」




