ヘオン・クレシェンドとの出会い
「―――――ねぇ、ねぇ君。」
ヴェリテちゃんとのことを思い浮かべている私の妄想の世界に誰かの声が聞こえてくる。
(……ん?今私、誰かに呼ばれ―――――)
「ねぇ!!!」
「っ!!!」
力強く声をかけられたことではっとする私。
一体何事だと思うと近くには私の肩を掴む見知らぬ男性がいた。
「……よかった。正気に戻ったんだね。」
「…………?」
意味が解らない。
というか、ちょっと失礼だと思う。
(正気に戻ったって、それじゃ妄想の世界に入り込んでいる私が正気じゃないみたいじゃない!!……って、まぁ、普通ではないかもしれないけれど……。)
なんて思いながら青年を見る。
とてもきれいな顔立ちの青年。
その顔はどことなく見覚えがある気がする。
「……あの、間違えてたらゴメンね?君って、ヴィオラ・アルトバーン?」
「……え?そ、そうだけれど……。」
「あぁやっぱり!何度か夜会で見たことあるなと思ってたんだ!!近くで見るとやっぱり美人だね!」
「あ、ありがとう……。」
(……見たことあると思ったら夜会で見かけたことがあったのね。)
人懐っこい笑顔を浮かべて私の手を握ってくる青年。
青年はひどく嬉しそうに微笑んでいるけれど、私はこのよくわからない状況に困惑する事しかできないでいた。
「あの、貴方は……?それにここは……?」
よく見ると辺りは見覚えのない部屋だ。
自身のお屋敷ほどではないにしてもまあまあ整った部屋。
一応軟禁されていた部屋よりは大きさもある。
……でも、流石に城の一室ではなさそうだ。
「僕はヘオン・クレシェンド。それでここは元貴族のみが働く闇娼館。」
「や、闇娼館!?どど、どうしてそんなところにいるの、私っ……!!」
「う~ん、おそらく君を邪魔に思う貴族の誰かが君をプロの人さらいに誘拐させて、ここへ売らせたんじゃないかな?」
「なっ……!!」
(私を邪魔に思う偉い奴だなんて一人しか思い浮かばないっ……!まさかピアノル、ここまでするなんてっ……!!)
信じられない程の大胆かつ外道な行動に私は腹が立ってくる。
いくら何でも娼館に売ることないじゃない!!
「にしても大それたことする人もいるよね。未来の皇后陛下を娼館に売り飛ばすなんてさ。ま、貴族なんてみんな自分本位で勝手な馬鹿な生き物だけどさ。」
「……ヘオン……。」
まるで人というか、貴族という存在に対して何かあきらめの様なものを感じさせてくるヘオン。
ここにいるという事は自分だって売られてきたという事なのだろうに、ひどく他人事のように話してくる様はちょっと異質だと思う。
「……貴方は、その……何があってここへ?」
「う~ん、多分愛人になるの断ったからじゃない?」
「はっ!?あ、愛人!?」
「そうそう。しかも相手はすっごく肥え太ったおっさん!!僕の家って名ばかりの公爵家でさ。王族の血縁って言ったってもう本当、繋がりあるのかってくらいかなり遠縁なんだ。しかも代々家長はお人よし。騙されに騙された果てに周りの貴族に助けてもらいながら領地収めてたんだけど、ある日その助けてくれてる一人の侯爵に愛人になれって詰め寄られてさ~。」
「へ、へぇ……。」
どうしよう、あまりも早口ですらすらと語られるせいで内容が何一つ頭に入ってこない……。
「で、断った翌日かな?町を散歩してたら変な薬かがさせられて、気づいたらここの娼館の中。それがまあ3週間くらい前かな?」
「…………。」
たった三週間でそんな他人事のように話せるのか……。
そう思うと関心を通り越して少し怖くなる。
この人、普通じゃない気がする。
「……ここに連れてこられた事、怒ってないの?貴方からは怒りの感情とか、その、見えないのだけど……。」
「別に?ご飯はちゃんと食べれるし、あんな醜く肥え太ったおっさんの愛人なんかにならなくてすむし、何も困ってすらいないしね。あ、しいて困るのは客は男しかいない事くらいかな。僕、女の子が好きなんだけどなぁ……。」
「へ、へぇ……。」
(……あまり深く聞いてはいけなさそうな言葉が聞こえてきた気がするわ……。聞かなかったことにしましょう。)
あまり深く突っ込んではいけない。
気になる好奇心を必死に胸の奥に押し込め、私はヘオンを見つめた。
「ねぇヘオン。貴方はここから出なくてもいいかもしれないけれど、私は出たいわ!……出る方法はないの?」
「……知りたいの?」
「えぇ、もちろんじゃない!!」
こんなところ、好き好んで居座りたい人なんているはずがない!
ある意味うまくここで生活できてるなら日が浅いといえど、逃げ道の一つや二つ、知っているかもしれない。
そんな期待を込めて問いかけてみるとヘオンはにっこりと私に微笑みかけてきた。
「じゃあ、僕にキスしてよ。」
「…………は?」
「ここへ来てから僕、男としかしてないんだよね。本当気持ち悪いったらないない。だから、僕にキスしてくれたら君の質問に答えてあげる。」
「なっ……!」
何故そんな事をしなければならないの!!……と、叫びかけてしまうけれど、私はその想いを必死に胸に押し込める。
「……丁重にお断りさせていただくわ。」
焦ってはいけない。
取り乱してはいけない。
そう思いながらとても冷たい目でヘオンを見つめながら返答を返す。
するとヘオンは「残念」と言いながら残念そうな表情を浮かべた。
でも、真に残念そうには見えない。
……恐らくからかっただけのようだ。
「ま、出口なんてないけどね。僕らは部屋以外に移動するときは完全に手足を拘束され、目元を布で覆われながら移動するから部屋の外の事は何にもわからないんだよね。ま、そりゃそうだよね。貴族ばっかりが売られてる娼館なんだから、脱走でもされたらおしまいでしょ?色々と。」
「……だから脱走できないようにされているという事ね。」
「そう。扉自体も随分な重さになってるし、鍵はかなり複雑。簡単に部屋の出入りすらできなくなってる状態。……抵抗するのもバカらしいでしょ?」
抵抗するのは馬鹿のする事だ。
そう言いたげに私を見つめてくるヘオン。
そんなヘオンを見ていると私はなんだか腹が立ってきた。
(そりゃヘオンはいいかもしれないわ!ここの暮らしがなんだかんだ悪くないんでしょ?でも、私は違う!!いつかはただの平民になりたいという夢だってある!!しかも、部屋から出れないという事は顔を合わすのは男だけという事でしょ!?耐えられるはずがないっ……!!)
男なんかよりも可愛い女の子が好きな私にとって、この状況は耐え難すぎる!!
地獄の中の地獄だ!!
「……なら、協力してくれなくても結構よ。どれだけ馬鹿にされても私はここを出る。絶対に。」
そして今の今までは怒りながらも同情する余地があった分、怒りを抑えてあげていた。
でも、今度という今度は私の堪忍袋の緒はきれてしまったようだ。
(何が何でもここから抜け出してピアノルに後悔させてやるんだから……!!)
大それた復讐は私の身を危ぶめるだけだ。
だからこそ、一連のすべての犯行がピアノルによるものと王様に絶対証言してやるのだ。
それが私にできる復讐。
(見てなさいよ……ピアノル!!!)
私は一人、脱走するべく燃え始めたのだった。




