ヘオンのもう一つの顔
必ず闇娼館から帰還する。
そう意気込んだはいいものの、何も前に進展せずにもう随分な時間が立っていた。
「ほら入れっ!」
「わぁっ!!」
中々開閉されることのない部屋の扉が開くとヘオンが部屋に押し込まれた。
私はヘオンに急ぎかけよるけれど、私が駆け寄るよりも先に男は部屋の扉を閉めた。
「なんて扱いなのっ……!」
あまりにもぞんざいな扱いに腹を立てて立ち去った男を睨むように扉をにらみつける私。
しかし、そんな私をヘオンはなだめようとしてくる。
「あはは、仕方ないよ。ここで働いている人の中には貴族を恨んでる人たちだっているんだ。目の前で大嫌いな貴族たちが屈辱的な姿をさらしている事に優越感や幸福感を感じている人だって少なくない。……勿論、お客の方もだけど。」
「そ……そんなっ……。」
確かに憎いことをされた相手だというのならまぁ、解らなくもない。
私もピアノルの屈辱的な姿を見たら正直、できたヒロインでも何でもないわけだから、良い君と思い幸福感の様なものを味わえると思う。
……だけど……――――
(多分、憎まれているのは私たちをここに送るような貴族たちでしょ?何故何も悪くない私たちがそいつらの分の恨みまではらさせてやらなきゃならないのよっ……!)
本当に腹が立つ話だ。
「それよりも、大丈夫だった?僕がいない間に誰かに買われなかった?」
「え?え、えぇ……。それは大丈夫。というか、もし客という人の前に連れていかれたら暴れに暴れて店に損害を出してやるわ!!」
「あはは、本気でしないでね。お仕置き部屋行きになるからさ……。」
私が高々と宣言するとヘオンは苦笑いを浮かべていた。
でも、例えお仕置きされてもかまわない。
私は身売りなんて死んでもごめんだ。
でも、それは思っても口にはしない。
身売りなんて。
その言葉は目の前のヘオンを傷つけるかもしれないから。
「……ヴィオラ。君は綺麗だね。」
「えっ!?」
「見た目もだけど、心も綺麗。まるで薔薇の様に気高くて、情熱的で、簡単に手折れなさそうな……そんな感じ。」
目を細めて柔らかく微笑んでくるヘオン。
そのヘオンの表情があまりにも綺麗で私はひどく照れてしまう。
そんな立派なものではないけれど、こうも穏やかに褒められるとなんだか照れくさいものだ。
「……ねぇ、君を陥れた犯人、目星はついてるの?」
突然真剣な表情に変わるヘオン。
そんなヘオンの変化に一瞬驚きを感じた私だったけれど、その次の瞬間、目星い人の名前を口に出すかをためらっていた。
こんな所にいるから侮辱罪も何もないのだけれど、それでも何故か躊躇わずにはいられなかった。
「……いい辛い相手なんだ。そうだなぁ……例えばピアノルとか?」
「…………え?」
「あ、もしかして当たり?」
にこにこと笑うヘオン。
けれどそれに対し私は笑えない。
(ど、どうして言い当てる事がっ……?)
次期王妃を疎む貴族だなんてごまんと浮かび上がるだろう。
自分の家の娘、もしくは自分自身が妃にという人は少なくないと思う。
なのに、どうしてこうもピンポイントにあてられたのだろうか。
「あはは、言ったでしょ?僕は王族の血縁だって。ピアノルとは面識もあるし、幼いころから知ってる仲だよ。」
(っ!?う、嘘っ……!だって、王族の血縁なんていつ――――――あっ!!)
よくよく思い返せば彼がさらわれた理由を話している時にそんなことを言っていた気がする。
(なんかこう、話が壮大すぎて頭に入りきらなかったあの話にまさかそんな重要なワードが隠れていたなんて……。)
私は自分のうっかりにひどくショックを受けていた。
「アイツ性格悪いよね。うんうん、あいつならやりかねないと思ったよ。」
納得。
そう言いたげに頷くヘオンだけれど、私は納得されたところで正直困る。
いや、理解者が増えたという点は喜ぶべきところかもしれないけれど、別にそれを求めているわけではないわけで……
……私が求めているのは協力者なのだけれど。
「……気が変わった。手伝ってあげるよ、ヴィオラ。」
「え……?」
「なに馬鹿みたいな声出してるの?だから手伝ってあげるって言ってるんだよ。素直に喜んでよ。」
(…………はい?)
「僕さ、ピアノルが心の底から嫌いなんだよね。」
「っ!!」
冷ややかな声で悪人の様な笑みを浮かべるヘオン。
まるで人が変わったかのように黒い笑みを浮かべるヘオンに私は背筋が寒くなり震えあがってしまう。
にこにこと穏やかなヘオンは一体何処に行ったというのだろうか。
「あ、ごめんね!?驚かせちゃった!?僕、ちょっと怒りで高ぶると性格変わっちゃうみたいなんだよね……。怖かった?」
「え?あ、あはは、そんなことはっ……。」
悪人の様な面からウサギの様なか弱さを見せてくるヘオン。
正直に怖いだなんていえない私は言葉を濁した。
……そして――――――――
(感情が高ぶって性格が変わるのは絶対王族の血だわ……。)
感情が高ぶると暴走するフォルテの事を思い出すとなんとなく彼が王族の血を引いている事を全く持って疑う気になれなかったのだった。




