信じられない再会
牢に軟禁され始めて三日。
牢といっても貴族の入れられるその牢は寝床などもしっかりとある。
あくまで徹底的な証拠はなく、私はピアノル王子に害を与えた罪人とは認定されていなかった。
(一体、誰がピアノル王子に害を……。)
私に恨みのある人物が私に罪を擦り付けようとしたのかもとも思うが、
私は残念ながらあまり悪役令嬢らしいことをしていない。
恨みを買っているとはあまり考え難かった。
買っていてせめて女性の嫉妬とかだろう。
でも、それらだったら少なくともピアノル王子が害されるような作戦を立てられることは
流石に腑に落ちなかった。
一人の女を陥れるために一国の王子を利用するなどという
恐れ多いことができる貴族など想像できないからだ。
(……ピアノル王子の容態は大丈夫なのかしら……。)
ピアノル王子の体内からは毒が検出されたという。
そして、それと同様の毒がピアノル王子が飲んでいた紅茶からも検出されたそうだ。
それらから毒を盛った犯人は一人、お茶会の場所にて待機していた
私ではないかと疑いの目が向いているのが現状だ。
かといえ、私は貴族であり、フォルテの婚約者。
犯人と決めつけを受け、ひどい扱いを受けるという事だけはなかった。
しかし、かといえこの状況は決して受け入れられるものではない。
まさか、たどり着きたくなかった悪役令嬢としてのエンディングに近しい状況を
こんなにも早く体験することになるとは思いもよらなかったのだ。
(私……どうなるのかしら……。)
まだヒロインちゃんと会っていないのだから絶対大丈夫!
なんてことは言えない。
既にこの世界はゲームの世界からずいぶんと離れてきてしまっている。
殆ど関わり合いなどなかったロンドとはひどく親しい中だし、
ずっと替え玉を使っていたはずのフォルテは既に替え玉として
弟を利用していない。
私の身に何が起こっても不思議ではないわけだ。
そう、それこそ、ここで私が死ぬという出来事が起きても。
(このままじゃ王子を毒殺しようとした犯人になってしまうわ。
だけど、私はここで死ぬわけにはいかない!
ヒロインちゃんと出会うためにも!!!)
ヒロインちゃんとの出会いはもうすぐだというのに、ここで折れるわけにはいかない。
私という名の人生の華、手折られるわけにはいかないのだ。
(かといえ、こんな牢の中じゃ何もすることが――――)
なんてことを思っていると、私を閉じ込めている部屋の扉が静かにあいた。
ここへ閉じ込められてからというもの、食事の時以外は開くことのなかった扉。
しかし、食事の時間にはまだ少し早いと思う。
なんて思っていた次の瞬間だった。
「ヴィー!!!」
「っ!!」
扉が開くと共に私の体に抱き着いてきた存在がいた。
他でもない、私の一応の婚約者、フォルテだ。
「フォルテ……それに――――」
フォルテのすぐそば。
そこにはロンドの姿、そして見慣れない美少年が共に居た。
「久しぶりだねぇ、ヴィオラ。」
(え……このおっとりとした話し方は、まさか――――――――)
随分と昔、私はこんな風におっとりとした話し方の人物に出会った事がある。
そして、一緒に町を回り、遊んだ。
……恐らく、おそらく彼は――――
「コ、コモド!?」
コモド・ ピッツィカート、その人に違いない。
「うん。そうだよぉ。思ったより元気そうでよかったよぉ、ヴィオラ。」
何故彼がここにいるのだろう。
優しく笑いかけられているけれど、この状況がつかめない。
私は唖然と口を開けたまま、コモドを見てしまっていた。
「お前が捕らえられたって話を聞いた時、ちょうど俺とフォルテはコモドの所にいたんだ。
それで話を聞いたコモドはお前を心配してはるばる王宮までやってきたってわけだ。」
「そ、そうだったの……。」
頭のどこかではもう会う事はないと思っていたコモド。
まさかの再会だ。
「それとねぇ、実はあと一人君にお客さんがいるんだぁ……。」
「え?あと一人……?」
お客さん。
そういわれて首をかしげる。
確か今、家族は面会謝絶の状態だ。
一家での犯行の疑いにももちろん目が向けられているからだ。
というか、そもそも面会は許されていないはずだが、それが許されているのはおそらく
他でもない、フォルテの力なのだと思う。
でも、それはさておき、家族が駄目なら、一体誰が―――――
「っ!!」
扉の向こうから一人の少女が姿を現す。
その少女を見間違えるはずがない。
何度、何度合う事を焦がれただろうか。
何度この瞬間を待ちにまっただろうか。
何故か、何故か―――――
「……失礼いたします、ヴィオラ・アルトバーン様。
私はヴェリテ・リンフォツァンドと申します。」
(ヒロインちゃん来た―――――!!!)
どういう展開かわからないけれど、私の前に待ち焦がれたヒロインちゃん、ヴェリテちゃんが現れた!
え、何。
私ホントに死ぬの!?
断罪イベント、まさかのヒロインちゃんじゃなくてピアノルのになるの!?
よくわからないけど、とにかくヒロインちゃん、めっちゃ美し可愛い……
「あ、あの……私の事をお覚えですか……?」
(…………はい?)
お覚え?
いや、私はヒロインちゃんとは初対面なはずだ。
というか、こんなことであっていて忘れるはずもない。
何のことかわからず首をかしげていると少し悲しそうな顔をされてしまう。
「そうですよね……私の事など覚えていらっしゃりませんよね……。」
(がはっ!!!)
私の胸に鋭い何かが突き刺さる。
こんな美少女を悲しませるとか、私はなんて罪深き許されざるものなのだろう。
(ごめんなさい、ごめんなさいヴェリテちゃんっ……。)
でも、でも本当に記憶にないのだ。
一体こんな美少女と私はいつ出会ってたというのだろう。
それが解らない私。
そんな私にロンドが笑いながら話しかけてきた。
「そりゃわかんねぇよな。
このレディはお前が昔助けた花売りの子だ。」
「……花売り?」
「うん。僕が町を案内してた時にあった子だよぉ……覚えてないかなぁ……?」
コモドに案内してもらった時……。
花売りの女の子……。
助けた……?
「あぁっ!!あの時の子!?」
「お、思い出していただけましたか!?」
「えぇ、思い出したわ!」
(す、すごいわ……私たち、すでに出会っていたのね!)
思いがけない出来事に私はひどく喜んでしまう。
ここが牢の中だという事すら忘れてしまうほどに。
「実はねぇ、彼女は今うちに住んでるんだぁ……。
それで君の話を聞いて、是非とも一緒に来たいって言ってねぇ……。」
「え……コモドの家に?」
「はい。コモド坊ちゃんのお屋敷にて居候させていただいております。」
「君に会いたくて僕の家を訪ねてきたんだけど、
君の家に僕から伺うにはいろいろと手続きもいるし、
いつかは合わせてあげたいって思ってたんだけどぉ……
まさかこんな所での再会になるとはね……。」
(そうね、それは私も思うわ……。)
せめてもう少しロマンチックに出会いたかった。
牢の中だなんてひどい話だ。
(だけど、私に会いたいかぁ……。)
ヒロインちゃんのベストフレンドになれそうな予感はしてきた。
こうなれば何が何でも犯人の思惑通りになる訳にはいかない!
無罪を証明しなければ。
「……で、ピアノル王子に毒を盛った犯人に覚えはねぇのか?」
「え……?」
「話は一通り聞かせてもらったんだ。
ピアノル、モルデント、リディが席をはずしていた間に毒が盛られたってね。」
(……モルデント。そう、あの失礼な傍付きはモルデントというのね。)
いつか呪いの人形でも作って恨んでやろう。
アイツのせいで今ここにいると非常に腹立たしいことこの上ない話だ。
「それなんだけれど、私には点で覚えもなければ、
その3人が席をはずしていた際、ぼぉっとしていたものだから……。
リディが席をはずしていたことにすら気づいていなかったの。」
「おいおい、それはボケっとしすぎだろ、流石に。」
「うっ……。」
ロンドだってお貴族様だ。
流石に傍付きが勝手に自分から無言で離れる事はないという事は知っている。
間違いなく声は賭けられたはずだというのに気づきもしなかった私にロンドはあきれた表情を浮かべている。
こればかりは何も言い返せない。
「……あの、ヴィオラ様のお茶にも何かしらが仕込まれていたとは考えにくいでしょうか?」
「え……?」
思いもよらない人物からの発言に私たちはそろって驚きの声を上げた。
発言したのはヴェリテちゃん。
その静かで美しいヴェリテちゃんの面持は涼し気な美しさをたたえながらも
強い瞳で私たちを見つめてきていた。
「私はもともと貧民街の出ですから、裏ルートの話などは小耳にはさむことがあるのですが、
体内に取り入れることで高揚感を与え、上の空にさせる薬があると耳にしたことがあります。
もしかすると、ヴィオラ様が上の空だったのはその薬のせいではないかと……。」
「あぁ~……それはおそらくない――――」
「それはあり得ますね。」
「え……?」
私は自身はただヴェリテちゃんの事を考えてぼぉっとしていただけという事実が
解っているため、否定をしようとしたところ、
フォルテがまさかの薬の可能性を示唆し始めたのだった。
「フォ、フォルテ?
あの、いえ、きっとちが――――――」
「その薬については俺も耳に挟んだことがあるな。
確か、婦女子を売る奴らが使用していると聞いた。」
(……は?)
今、何やら聞き捨てならない言葉が聞こえてきた気がする。
婦女子を売る奴ら?
人身売買?それとも身売りさせてるような下種な奴らが使ってるというのだろうか。
「誘拐や借金のかたで売られた女の子は身売りを拒むので、
良いように従えさせるために使っていると聞いたことがあります。
身売りのさせる際だけでなく、誘拐にも使用されているとか……。」
「何よそれ、最っ低ね!!」
ヴェリテちゃんの言葉を聞いた瞬間、私の心はふつふつと燃え上がった。
女を食い物にする男はもちろん許せないけど、それ以上に女に薬を盛る男はもっと許せない!!
なんかよくわからないけど、薬の悪用、乱用は腹が立つ!!
「……でも、困ったねぇ……。
もう数日前の事だからヴィオラの飲んだお茶は捨てられてると思うよぉ?
調べようがないんじゃね……。」
「そうだな……。となると、とりあえずヴィオラの潔白証明より犯人探しか……。」
「……すみません、ヴィー。
今すぐ君をここから出してあげたいのに、僕の力では何もできない。」
ロンドが私の潔白証明より――――といったからだろうか。
フォルテはひどく落ち込みを見せる。
本当に優しい子だ。
「でも安心してください。ヴィー。
貴方をこんな目に合わせた相手を僕は決して許しません。
例え地の果てまで逃げようとおいつめ、
必ずやあなたが受けた以上の辱めと、いっそ死んでしまえた方が楽と思えるほどの
苦渋を飲ませて差し上げると貴方に誓います。」
「え、えっと、やりすぎないでね?」
長年経っても暴走壁は治っていないフォルテ。
そんなフォルテの言葉に私はすこしだけ犯人に同情した。
(敵に回した相手が悪いわね……。)
自分で言うの者なんだが、フォルテは私の為になら何でもしてくれる。
それこそ、国中から犯罪者をあぶりだすことも不可能ではないだろう。
(その行動力がこれからは全部ヴェリテちゃんの為に使われていくのね……。)
そう思うと少し寂しかったりもするけれど、でも、ヴェリテちゃんの幸せの方が大事だ。
でも、フォルテが私の為にしてくれることがこれで最後だというのなら―――――
「信じているわ、フォルテ。」
一度くらい、私の為に動いてくれるフォルテを頼りにさせてもらっても、良いわよね?