第六話
「さて、会議はこのくらいにして、そのときが来るまで英気を養ってくれ」
あらかたまとまった所でキャクストンがそう言い、話を締めたことで会議は終わった。
その直前、マリリンから『王国』内部での諸々の処理を引き受けた、というメッセージが届いていた。
「キャクストン公」
「うむ。何だね?」
自身と共に廊下に出たキャクストン公へ、レオンはセレナの様子について訊ねた。
「ああ。娘は健康そのものだが、念のためもう眠って貰ったよ」
「なるほど……」
「そんな顔をしなくてもいい。娘は以前、これが使命だ、と言っていた。それに、その業は私が背負うべきだろう?」
申し訳なさそうにするレオンを見て、唇を苦悩のへの字に歪めた表情をするキャクストンは、ポンと彼の肩に手を置いてそう告げた。
「君は娘と自分を護るために戦えばいい。それ以外の責任は私の領分だ」
「ありがとうございます」
「いや、当たり前の事だ。すでに君は手一杯であるのは分かるよ」
「……すいませんその――」
右耳にかかった髪をかき上げたレオンの手は、恐怖で小さく震えていた。
「皆まで言わなくて良い」
君の思いを少しは理解しているつもりだ、と言ったキャクストンは、窓から見える邸宅襲撃事件後に邸宅のすぐ隣に移設した司令基地を見やる。
「知っての通り、私の妻は前線たたき上げのスーパーエースでね。当時は戦場だけが生き場所みたいな豪快で素敵な人だった。まあ、今も本質は全く変わらないがね」
少し遠くを見て懐かしそうに言ったキャクストンは、ニヤリ、と完全に惚気混じりに笑った。
彼の妻・アリス・ロビンソン・H・キャクストンは、婚姻後も前線に出ていたが、セレナを授かると自らの意思で後方に移り、現在は陸軍中将として後進の指導に当たっている。
「まあ、当てにはならないだろうが、いつでも相談には乗るよ」
「いえいえそんな。恩に着ます」
レオンと握手したキャクストンは、じゃあ私はこれで、と告げると丁字の廊下の角を曲がってレオンと別れ、自らの執務室へと向かった。
「おー、いたー。れおーんどーなつくうかー?」
その直後、少し向こうにある階段から、軽装の傭兵コンビを引き連れたマリーが姿を見せ、腕を大きく左右に振って無邪気にそう誘う。
「喜んでいただくよー」
「やたー」
レオンが手を振り返してやや大きな声でそう返すと、ジェシカとエリーナが彼に向かって一礼した。
「やあ、久しいね『男爵』と『姫』。元気そうで何より」
「そちらこそ」
まぶりつくマリーの頭を撫でつつ、レオンは気安い調子で挨拶をして2人と握手を交わした。
「せれなおねーさまのおとーさまはどこだ?」
「たぶん今お忙しいと思うよ」
「まーそうか。ふたりぶんのこしておこう」
「それが良いんじゃないかな?」
「うん」
ひょこっと首を傾げて訊いたマリーは、その答えに納得した様子で言うと、レオンの手をグイグイ引っ張って普段自分がいる居間へと向かった。
ややあって。
「くったらねむくなったからねてくる」
「その前に砂糖付いてるよマリー」
「れおんふいて」
「了解」
粉砂糖まみれの口の周りをレオンに拭いて貰ったマリーは、満足そうな顔で護衛を引き連れて教会の方へ向かって行った。
「彼女が例の『王国』から来たっていう『聖女』様だね?」
ドアが閉まった後、脚を組んで紅茶を啜ったジェシカがレオンへそう切り出すと、彼は頷いて返した。
「まさか、『王国』と『世界教』本部のデータベースを探っても見付からないとは思わなかったよ」
「ありがたいんだけど、あんまり火遊びはしない様にしておくれよ……」
「エリーナを護る以外の目的で博打はしないさ」
「そもそも打つまでは行かないでしょうけれど」
「それはもちろんさ」
レオンがごく自然に懐から金貨20枚を出しテーブルに置くと、ジェシカは視線を動かさずにそれを回収した。
「えっ、今何枚あったの?」
あまりの速度にちゃんと見えなかったエリーナが訊ねるが、内緒に、と2人からジェスチャーされて彼女はサッと口を塞いだ。
「親探しって思った以上に難しいものだね」
「けれどボクは、親が見付かったからって、返すのが唯一無二の正解じゃあない、と思うんだ」
「それは同意見だよ。でもマリーに選ばせてあげることぐらいはしたいんだ」
「いなくなってからじゃあ、後悔するしかないからね」
「その通り」
「……」
色々と複雑そうな心境が垣間見える2人に対して、自身は恵まれていると感じるエリーナは何も言えなかった。
「エリーナ」
「……ありがと」
すかさずそれを察したジェシカが、優しく呼びかけてゆっくりかぶりを振り、気にしないでくれ、という意味のこもった視線を向けた。
「この話はこれくらいにして、事が済むまでここでゆっくりしててくれ。まあ、残念ながら安全を保障はできないんだけど」
「別に構わないさ。無法者だらけの傭兵稼業に安全も安心もないじゃないか」
「それもそうだ。ちょっと勘が鈍ったかな?」
「あなたが鈍っているのならボクはナマクラだよ」
「ジェシカはおだてるのが上手いね」
「またまた。そんなご謙遜を」
レオンとジェシカが軽快に話し合い、やや重くなった空気を押し流した。
「そうそう。君たちの乗機はどうしてるんだい?」
「ああ。それなら、脚の油圧オイル漏れで修理中さ。どうも対物ライフルでも喰らってたらしい」
「まあ、大方流れ弾ですよ……。よくあるんで……」
そういうのだけは当たるのよね、とエリーナは頭が痛そうに言って、ジェシカは苦笑いをしていた。
「ん? レイラだ。申し訳ないけど、ちょっと席を外して貰えないかい?」
「お安いご用さ」
「あ、はい」
気の毒そうな笑みを浮かべていたレオンの端末に、レイラから秘匿回線での通信が入った。同時にキャクストンにも繋がっていた。
「このたびの作戦についてなのですが――」
出て行く間際のジェシカとエリーナが背景に映り、レイラの顔に多少複雑そうな者が混じった。
口を2度3度開け閉めしたレイラは、失礼、と咳払いをした後、『大』『王』国境警備兵から気になる報告が来た事をレオンとキャクストンに伝えた。
「兵力が不自然に増強されている、か」
「決定的な証拠ではありませんが。『神機』が移動した事は確かです」
「これも陽動の1つである可能性があるんだね」
「はい。単なる増員や配備変更の可能性も鑑み、斥候兵が継続して監視しているのですが」
「まだなんとも言えない?」
「はい」
「なるほど、正規兵も関わっている可能性があるわけだ。これは思いのほか『王国』側で大事が起きている可能性がある」
キャクストンが発した、大事、という言葉に、レオンとレイラは同時に内乱の可能性が頭に浮かんだ。
その直後、キャクストンの執務室に大公領の伝令兵が駆け込んできて、彼に紙製の書類入れを渡した。
「ご苦労」
キャクストンの言葉に対して敬礼で返し、伝令兵はやや早足で退出していった。
中に入っていた紙書類は、幹部クラスのみに開示される機密レベルの文書である、という事を示す透かしが入っていた。
「……レオン君、シュルツ少将。『王国』国王の件についての続報が入った」
それに目を通したキャクストンは、ついに現国王の崩御が近づいた、という情報をレオン達に共有した。
以前から、『王国』国王が危篤である可能性が高い、という情報が諜報部よりもたらされていて、『大連合』及び『公国』の幹部クラスの間でのみ共有されていた。
今回届いた文書は、後宮内に潜入した諜報員から、国王の生死が確認出来なくなり、その前日に宮廷医が血相を変えて国王の居室に入っていた、という情報が記載されていた。
「本命は国民に新国王の権威を示すための仕込みが有力、か。何にせよはた迷惑な話だ」
「本当に」
「はい」
僅かの間、3人は一体どれ程の命が失われるのだろう、と感傷的な表情を見せるが、
「どうやら急いだ方が良さそうだ」
「ええ」
「はい」
すぐにそれを心の片隅に追いやり、それぞれがやるべき事へ思考を切り替えた。
「レイラ、ちょっと切るの待って貰っていいかい?」
「あ、はい。……?」
先にキャクストンが通信を切り、レイラもレオンに断りを入れて切ろうとするが、レオンからそれを引き留める言葉が出た。
「僕は〝まだ〟死ぬつもりはないよ」
「あっ、いえっ。その……」
内心を見抜かれて慌てるレイラは、表情には一切出していなかったものの、無意識の内に画面外にある自身の手を不安から強く握りしめていた。
「すいません……」
「いや、ありがとうレイラ。僕の心配を真っ先にしてくれるのは君だけだよ」
レオンは微笑みを浮かべて、唯一自分の弱さを知る元部下へストレートに言った。
「あっ、はいっ。お褒めにあずかりゅ――」
顔を隠そうとしながら、レイラは舌をもつれさせつつそう返した後、ではご武運を、と動揺を必死で押さえ込みつつ告げて通信を切った。
ややあって。
レオンは外で待っていた傭兵コンビへ仮眠すると言い、自室の方へと向かった。
僕が悪いんだけれど、いつになったら彼女を安心させてあげられるんだろう。
レオンが表舞台に舞い戻ってから、戦闘前に連絡してくるレイラは、恐れを隠そうと無理に明るい声を出させている事に、噛みしめるような自嘲的な笑みを浮かべた。
ちょうどその頃、『大連合』東方面軍指令部にて。
緩む表情を必死に取り繕おうとする通信後もまだ挙動不審な上司へ、すぐ左前のデスクにいた副官のサラは、彼女にちらっと生暖かい目を向け、
「少将」
「すいません……」
舞い上がる上司を冷ややかな声色でクールダウンさせていた。
参考文献
AJINOMOTO PARK『レシピ大百科』「ドーナッツのレシピ・作り方」
https://park.ajinomoto.co.jp/recipe/card/706117/




