第七話
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そこから数時間後。夜明けとほぼ同時刻。
「至急! 至急! コードレッド! 『神機』! 繰り返す――」
キャクストン公領北西部の『公』『王』国境の渓谷にいる偵察兵から、指令部へ敵の『神機』の進撃が伝えられた。
「宣戦布告無しと来たか……」
司令室にいたキャクストンは苦々しい表情でそうつぶやき、守備隊に『フレイム』到着までの遅延作戦を指示した。
「おいでなすったか」
けたたましいサイレンが鳴り響き、パイロットスーツを着たまま待機していたレオンは、ジャケットを羽織りながら廊下を駆ける。
さて、何を狙っているのか……。
先程、くれぐれも気を付けて、とレイラにメッセージを送っていて、了解、という返答がすぐに返ってきた。
まあ、僕は僕のやることを、だ。この身は1つしか無い。
内心で言い聞かせる様に言って気合いを入れたところで、さらにレイラからメッセージが届いた。
『あなたの背中はお預かりします。ご存分に』
たったその一文で、レオンは憂いが一気に押し流されて行く様に感じた。
変わらないな、こういうところは。
相変わらずの心を覗いたかの様な的確なアシスト力に、レオンはその表情を緩ませ、
僕はやっぱり、君がいないとだめみたいだね。
立ち止まって自分の両頬をはたいてそれを正すと、ちょうど屋敷と基地の境目で同じ色のパイロットスーツ姿のセレナと合流した。
「よく寝られたかい?」
「はい。先日の様に、レオンさんの足を引っ張るわけにはいきませんのでっ」
「そいつは良かった。――君のことはちゃんと護るから」
気合い十分なセレナへ、レオンは口元に薄く笑みの交えた余裕のある表情で力強く宣言した。
それと時を同じくして。
「ぬ。はじまったか」
グースカピー、とほんの数分前まで寝ていたマリーは、サイレンが鳴り響く中、寝間着のまま護衛に抱っこされながら廊下から外を見てそうつぶやいた。
兵舎から出てきた装備万端の兵士が慌ただしく行き来きし、基地と屋敷の防備をさらに固めるために、『レプリカ』が動く振動が伝わってきて窓が少し揺れていた。
「おろして」
「はい。どちらへ?」
「ようへいのおねーさまたちをおこす。いっしょにいどうするほうがあんぜんだろう?」
「それはそうですね」
とてて、と早足で自室2つ隣の客間に向かったマリーは、そのドアをやや控えめにノックする。
「わたしだ」
「や。お早いお目覚めで」
黒いタンクトップにカーゴパンツ姿のジェシカが顔を出し、寝起きとは思えない爽やかさで挨拶した。
「いやでもおきる」
「それもそうだね」
「えりーなおねえさまは?」
「いまから起こすところさ」
ジェシカが見やった先には、騒がしい中でも気持ち良さげに寝ているエリーナの姿があった。
「きんちょうかんなさすぎじゃないか?」
「まあベッドの寝心地の方が上回ってるんじゃないかな? エアーベッドって案外硬いんだ」
「なるほど」
2人に寝顔を見守られている状態のエリーナは、全く緊張感を感じさせないゆるやかな表情をしていた。
「つんつん」
「……んぇ? な、何……?」
そんな頬がマリーに突かれたエリーナは半身を起こし、ボッサボサの髪と完全な寝ぼけ眼でジェシカに訊く。
「おはようエリーナ。移動の時間だ」
「おはよう……。ああそう……。ぐう」
エリーナはそのまま横に倒れて、ジェシカの腕の中で二度寝を始めてしまった。
「ようへいがこんなんでいいのか?」
「ボクがカバーすればいいだけの話さ」
「それならいいか」
「いや良くないのでは……?」
「うー……」
ティーシャツに下着姿のエリーナに、自分と同じカーキ色のカーゴパンツを穿かせつつ苦笑して言うジェシカへ、マリー専任の女性護衛兵は思わずツッコミを入れた。
その数時間前。『王国』東部のブレット邸正門前。
「オイコラこのボンクラ。こんな夜中にどこへ行こうってんだ?」
未明に隠れるようにどこかへ出かけようとしていたフレッドの乗る自動車は、待ち構えていたマリリンとコラソン家私兵団の車両に行く手を阻まれた。
「何の用だ」
「用だ、じゃないよ。こっちは全部わかってんだぞコラ」
「さて、身に覚えがないな。そこをどけ」
「どけだ? 私に命令できる立場かお前は」
マリリンの突き刺すような視線に、後部座席から降りたブレットは明らかな怯えを見せた。
「とりあえずウチの車に乗りな」
「何の意味が?」
「……」
「……乗れば良いんだろう」
さらにマリリンの視線が恐ろしいものになって、ブレットは渋々と彼女が親指で指した車両の後部座席に乗り込んだ。
「お前さ、金突っこむ先調べてないだろ?」
「なんだ藪から――」
「これ見てまだとぼけるか?」
マリリンは足元の書類鞄からやや雑に封筒を引っ張り出し、ブレットの膝に投げつけた。
「……なんだ、これは」
中身を怪訝そうに確認したブレットは、サーッと血の気が引いた顔でマリリンの顔を見る。
それは自分が支払った依頼料がどこに回ったかを示す物で、『王国』の国家転覆を企てると貴族の間で噂される国際犯罪組織の活動資金となっていた。
「想像はつくけど、何だって唆されたのか言え」
「あー、その」
「どうせジェシカちゃん連れ戻す算段辺りだろ? 内容まで言わなくて良いぞ」
「……そうだ」
罵倒を先延ばしにしようと口ごもったブレットに、マリリンは先回りしてそう言い、
「バッカじゃないか? お前どれだけあの騒ぎのせいで、事業をご破算にされたか忘れたのかこの鳥頭め。私がどんだけ尻拭ってやったと思ってる?」
情け容赦なく罵倒を喰らわせてから深々とため息を吐いた。
ジェシカを強引な手を使って婚姻させようとし、マリリンとエリーナの手でおシャカにされジェシカが家出した騒動の後。
ブレットは自身が関わる事業の取引先にほぼ総スカンを喰らい、爵位も剥奪されかける事態となった。
そこで一応は反省しただろう、とマリリンが口八丁手八丁で方々を丸め込み、ブレットは謝罪文と誠心誠意謝罪して回るだけで収めて貰っていた。
「お前がぶ――」
「まだ反省してないのか? はっ倒すぞテメエこの野郎」
「あーはいはい、すいま――」
「謝る相手はお前の娘だ。ついでに『自由』から避難させといたから安心しろ」
「はい……」
まあその辺は後でこってり絞るとしてだ、と言って、ブレットを震え上がらせたマリリンは、
「私がまた弁護士とか諸々何とかしといてやるから、お前は娘の無事を祈ってじっとしとけ。相手はマフィアみたいなもんだからフル装備で私兵貼り付かせとけよ? いいな?」
「はい……」
「うまい話には裏があるもんだ。これで学んだかこのピュアピュアボーイ」
「はい……。で、私はどうなる……?」
「我が子をカタに脅されて、金をむしり取られた腰抜け扱いされるだけだ。まあ、貴族連中は全員人の事言えないから、表面上は誰も口には出さないだろうがな」
「そうか……」
またさらし者にされるのでは、と恐れたブレットに、マリリンは眉間にしわを寄せて苦々しく言った。
「……ところでお前はどうなんだ。その、我が子を、というときは」
「決まってんだろ。クソ共の尻の毛を皮まで全部むしってやんよ」
興味本位で訊いてきたブレットにそう言うマリリンは、獰猛な肉食獣の様な笑みを浮かべていた。
「で、そいつら何か妙な事言ってなかったか?」
「妙、とは?」
「なんでもいい」
「……。そういえばメイドの1人が、我々の女王はお飾りのガキらしいからラッキーだな、と護衛が話していた、という報告をしてきたな」
「あー、あのお前の私兵団の諜報部隊員か」
「……何で知ってる」
「鎌かけたんだよ」
「ぐう……」
家の重要機密をうっかり自爆で漏らしてしまい、ブレットは実に渋い顔をしていた。
「まあ、いい」
「良くは無いが……」
「よく覚えててくれて助かった。昔からお前の記憶力は役に立つな」
「そうか……」
「一応訊くが、探ってないだろうな?」
「嫌な予感がしてな」
「そりゃよかった。お前相変わらず本当1番ヤバそうなところには手出さないよな」
「……なんだ急に。お前に褒められると気持ちが悪いんだが」
「何だとゴラァ。とっとと降りろテメエ」
「悪かった悪かった。降りるから蹴るな」
叩くだけなのは悪いと思って褒めておいたマリリンだが、そう軽口を叩かれて勘に障ってきたブレットを蹴って降車させた。
うーん。やっぱりそこが絡んでくるか。ということは、国王陛下ご崩御説が現実になったようだな。
引き返していくブレットを見送るマリリンは腕を組んで、自分の手に余る事態である事を予感していた。
やれやれ、面倒な事になってきやがった。
内心の言葉とは裏腹に、マリリンは不敵な笑みを浮かべて舌なめずりした。




