第五話
「ところでマリーはどの辺りまで進んだんだい?」
「きいておどろくな。いまからひやすところだ」
「ほうほう」
「せがとどかないかられいぞうこのなかにいれてくれ」
「了解」
得意げにボウルを差し出すマリーだが、若干疲れた様子を見せていた。
ジェシカはボウルを受け取って自分の物の隣に置くと、椅子を用意するように料理長へ頼んだ。
「心配ご無用。普段から用意してあるんだよ」
「きもちはうけとったぞ」
するとマリーは、とてて、と厨房の入り口を入ってすぐの所に置いてあった丸椅子へと向かい、よいしょ、と言いながら座った。
エリーナはマリーがそのままボンヤリ休憩するのかと思ったが、彼女は自分達のいた所の逆サイドでキャベツを刻むコックを観察し始めた。
「なるほど、ああやってるのね」
「朝以外はだいたいあんな調子でね」
マリーの表情はやけに真剣な面持ちに見えて、料理長はエリーナとジェシカと共に微笑ましそうに見つめる。
「エリーナ。少し時間あるし、君のお母様に連絡した方が良いんじゃないかな?」
マリリンからの通信を断っていた事を思い出したジェシカは、相棒の肩をトントンと叩いて彼女へ言った。
「あ、そういえばそうね。多分要らないとは思ってるだろうけど」
「というわけでまた席を外させて貰うよ」
「はいよ」
じゃあ30分後ぐらいに、と振り返りながら料理長へ言ったジェシカは、マリーにも小さく手を振ってエリーナの後に続いて出て行った。
それと入れ違いになるように、複数名の警備兵が厨房前までやって来た。
「やっぱりなにかあったのか」
「ええまあ。細かいことは言えませんが」
「しゅひぎむだな」
「お話が早い」
その現場指揮官の女性兵士はマリーの外出時の護衛で彼女とは顔なじみのため、かなり気安い様子で2人はそうやりとりした。
なるほどな。
マリーは特に説明を受けてはいなかったが、珍しい来訪者の2人、姿を全く見かけないキャクストン、自分に顔を見せないレオン、やけに護衛を連れていたセレナ、という要素をもって平時ではないと察していた。
そして、自分にまで護衛がフル体制で付いたことで、自身の勘が確信へと変わった。
「なにかおおごとがおこりそうだな」
少し憂う様な様子でそう言いつつマリーは眉を少ししかめた。
「マリー様、ちょっと日にちが経ってるんですが、リンゴ食べられます?」
「りんご」
「一応『大連合』北部産です」
「おいしいやつだな。いる」
が、中年の男性コックが食料庫で発見したそれをマリーに見せて訊くと、一転キラキラした目をして彼女は答えた。
彼が素早く皮を剥いて4つに切って小皿に乗せ、マリーは両手でそのうちの1欠片を持って食べ始めた。
「どうです?」
「うまい」
「それは良かった」
1口囓って感想を求められたマリーは、キメ顔でサムズアップを繰り出した。
2欠片目も小動物の様にシャクシャクと食べていると、ジェシカとエリーナが連絡を終えて帰ってきた。
「や、美味しそうなもの食べてるね」
「ひとついいぞ。あときぶんがいいからかごもつけてやろう」
「リンゴは無くても良いからお願いします……」
「ぬお。なにやらせつじつなようす。りんごはくっていいぞ」
加護、と聞いて、胸の辺りで手を握るエリーナは迷うことなくマリーへ頼み込む。
マリーはエリーナから感じる不幸オーラに少し困惑しながら、ロザリオかアクセサリー類を出すように言う。
「ええっと……、あれ?」
「ロザリオ落としちゃったかな?」
「そのようね……」
なんかないか、と腰の後ろに付いたポシェットや、パンツのポケットを探るもその手のものは出てこなかった。
「どっぐたぐとかないのか?」
「部屋の荷物の中に入ってるのよね」
「しかたない。あとにしよう」
「ごめんなさいね……」
早速不運ぶりを炸裂させ、ちょっとションボリしつつエリーナは先にリンゴを食べようとする。
「うおっ」
「――エリーナッ」
「――え? って、あっつッ!?」
しかし、それはまかないのパンケーキを作っていた見習いシェフが、生焼けのそれをフライパンでひっくり返そうとしてぶっ飛ばしてしまい、エリーナの手に直撃してしまった。
「ごめん間に合わなくて……。火傷してないかい?」
「別にいいわよ……。たぶんしてない……」
気が付いてパッドでブロックしようとしたが、空振りしてしまったジェシカが謝るが、エリーナは特には気にしておらず、乾いた笑いを浮かべて水道で手を冷やしていた。
「いつもそんなちょうしなのか?」
「まあ、うん……」
「よくそれでいままでいきてこられたな」
「よく言われるわ……」
床に転がるリンゴを見やったマリーは、腕組みをして純粋な疑問をぶつけ、ジェシカに慰められているエリーナを苦笑いさせた。
「リンゴ、ボクの半分いるかい?」
「別に良いわよ」
「はい、あーん」
「あー」
「どうだい?」
「おいしい……、ってジェシカっ」
「やっぱり食べたかったんじゃないか」
いつものクセで反射的に口を開けて食べてしまい、それを見て心底楽しそうなジェシカへ、
「そうだけど……」
エリーナはちょっと恥ずかしそうに上目使いでむくれる。
「ふふ、可愛いなぁ。エリーナは」
「あ、と、で!」
「ええー。まだ何もしてないじゃないかー」
そっと耳にかかったエリーナの髪を梳き、あらぬ疑いをかけられたジェシカは、心外だ、といった様子でわざとらしく肩をすくめた。
「そろそろ生地が休まったんじゃないかね?」
咳払いした料理長は、生地のボウルを入れた冷蔵庫を目で指しながら、2人の世界に入っていたジェシカとエリーナ、それを観察していたマリーへ知らせた。
「おー。かたぬきならまかせろ。かたぬきしのまりーとはおれのことよ」
それを聞いてスタッと椅子から立ち上がったマリーは、胸をポンと叩いて無駄に得意そうな顔をしながら、冷蔵庫の前で小さくピョンピョンしてスタンバイする。
「うおー」
「うんうん、良い仕事だ」
ジェシカの手さばきを真似して麺棒で生地を広げたマリーは、大人の掌サイズの抜き型で調子よくポコンポコンとドーナツ型に抜いていく。
ジェシカはその際に残った生地をまとめ、素早く広げてサッとマリーの前に置く。
「しかしすごいてぎわだ」
「お褒めに預かり光栄です『聖女』様」
「そんなにかちはないぞ。わたしはちょっとばかりふしぎなちからをつかえる、ただのななさいじでしかない」
ジェシカにそう言うマリーは、脇目も振らずに生地を抜きながら少しだけ悲しげな様子だった。
「……」
「そうおもくなるな。これもなにかいみがあってのことだろう」
どう言ったものか、と考えるジェシカへ、マリーは機嫌を損ねた訳では無い事を伝え、
「さて。りょーりちょー、きじをあげてくれ」
「私でいいので?」
「ボクもあなたの洗練された技を見て盗みたいからね」
「褒めたって何も出ないぞ?」
よせやい、といった様子の料理長だが、嬉しそうな様子である事は一目瞭然だった。
バッドの上に乗った生地を手に取りフライヤーで揚げている料理長の様子を、マリーは彼女を負ぶっているジェシカと共に真剣に見つめていた。




