第四話
議論の内容が具体的な兵員配置についてへと移った頃、厨房では、
「いやあ、凄く手慣れているようだが、どこかで修行でもしてたかね?」
エリーナとマリーがゆるく作業している横で、ジェシカが料理長が目を見張るほどの手際で生地をかき混ぜていた。
エリーナとジェシカは予備に用意してあったコック服を、マリーは服を汚れてもいい物に変え、以前にベッキーが用意したエプロンとバンダナを付けている。
「してはないわ。彼女なんでもできるのよ」
「なんでも、は照れるなあ。多少器用なだけさ」
あっという間にほぼ卵と砂糖、牛乳を混ぜ合わせたジェシカは、イヤミに感じさせない無駄に爽やかな謙遜をして溶かしバターを加えた。
「ボクはエリーナみたいに自分で道を切り拓いて、誰かの手を引くなんてできないからさ」
そう言って彼女は相棒をしっかり立てつつ、初対面なら失神しかねないウィンクをエリーナへ向けてする。
「私は好き勝手やっただけよ」
頬を一瞬で赤らめたエリーナは、目線を逸らして自分の作業に戻った。
「うおーおー。まぜまぜーまっぜまぜー。うおー」
そんなイチャつく2人を後目に、踏み台に乗っているマリーは謎の歌を歌いつつ、少し小さいボウルを使ってマイペースに卵液をかき混ぜていた。
「1回で分かるのね」
マリーは興が乗ったために初めて料理のお手伝いをしているが、ジェシカの様子をチラチラ見てその動きをゆっくりながら完全コピーしていた。
「もほうはまなびだからな。まなぶのはとくいちゅうのとくいだ」
「へ、へえ……」
むふ、と得意げな顔でそう言うと、マリーはかき混ぜる速度を上げていった。
「まあ、いっかいでおぼえたわけでもないが」
「そうなの?」
「みるをいくつもつみかさねたのだ」
「毎日見に来てたりするのね」
「まあそんなところだ」
再びマリーが謎の歌を歌い始めたところで、ジェシカは振るいにかけたベーキングパウダー混じりの薄力粉を卵液に投入して混ぜ終わっていた。
生地を冷蔵庫に入れた彼女が、吸い寄せられる様にエリーナの隣に戻ってきた。
「手伝うような事無いわよ。粉はふるってあるし」
「ん。そうかい?」
ニコニコでジェシカが背後から自分を見ている事に感づいて、手元に集中しながらもエリーナは言った。
「わたしもとくにてつだうようなことはないぞ」
手持ち無沙汰で後ろに手を回しているジェシカへ、マリーは話しかけられる前にそう言って溶かしバターを投入した。
「そうかい……」
そのまま、2人の後ろでそわそわしていると、マリーが薄力粉を投入した生地を泡立て器で混ぜようとし始めた。
「これを使うんだよ」
ジェシカはすかさずそう言って、引き出しの中に入っていたゴムベラをマリーに差し出す。
「おう。おあつらえむきだぜ」
「そいつぁ何よりだ」
ヘラを受け取ったマリーは刀身を眺める様に先を見た後、ニヒルに笑ってジェシカを横目で見た。
「どんなかんじでやればいい?」
「最初はサクサクって切る感じだよ」
「こころえた。えい」
ジェシカのアドバイスを聞いて、マリーは見て覚えた通りに勢いよく混ぜようとしたが、
「わっぷ」
「ちょっと強すぎたね」
「すまん」
粉をエリーナの方へぶっ飛ばしてしまった。
「気にしないで。なれて――へぷちっ」
いつもの不運のため平然としていたエリーナだったが、急に鼻がむずむずして可愛らしいくしゃみをし、入れる最中だった薄力粉を容器から多少吹き飛ばした。
「あっ、ごめんなさい後で拭き――」
「こぼれるぞ」
それに慌てて、近くで見ていた料理長に謝る際に目を離し、生地を溢しかけそうな所をマリーに指摘された。
「えっ、ちょっ!?」
更に慌てたエリーナは手を滑らせてボウルを落としてしまい、自分の服と床へ豪快にぶちまけてしまった。
「あー……」
「はでにやっちまったな」
「まあ、そういう事もあるさ。失敗は付きものじゃないか」
服からしたたり落ちる生地を呆然とみていたエリーナへ、ジェシカはいつも通りのポジティブな事を言いつつ、引っくり返ったボウルを拾い上げた。
「ありゃりゃ。おーい、誰かワイパー持ってきてくれー」
料理長は苦笑いしつつ、近くにいたコックに掃除用具を取りに行かせた。
「すいません……」
「気にしなさんな。どうせ最後に水洗いするからね」
小さくなって謝るエリーナへ、料理長は全く不愉快そうな顔をせずにそう言って、コックが小走りで持ってきたワイパーで自ら生地をグレーチングに押し流した。
「そんな事より着替えて来た方がいいんじゃないかね?」
「お言葉に甘えて」
「じゃあマリーを頼んでも?」
「お安いご用で。まあ、いつもの事だからね」
エリーナの服に付いた生地を布巾である程度拭ったジェシカは、彼女と共に厨房出てすぐ左にある更衣室へと向かった。
「マリー様が初対面の人間にも人見知りされないのは珍しいですね」
「れおんとにたようなぜんりょうさをかんじたからな。それにわたしかとおもうほど、じぇしかおねーさまははなしがあう」
「それは良い事です」
料理長がさっくりと生地を混ぜているマリーに問うと、身体を小さく左右に揺らしている彼女はかなり上機嫌でそう答えた。
「さっくりーまぜまぜーへらでーまっぜーまぜー」
その後、再びマリーは謎の歌を再開し、にわかに夕食の仕込みに取りかかり始めたコック達をほんわかとさせる。
しばらくしてエリーナとジェシカが戻ってきたが、
「……バカじゃないの? 私は別に良いけど時と場所は考えなさい」
「ごめんよ、つい……」
「全くもう……」
エリーナは顔を真っ赤にしていて、ジェシカは小突かれながら非常に申し訳なさげにしていた。
「……。しかしアレだね。ジェシカさんは本職みたいな雰囲気あるね?」
何となく訊かない方が良い、と感じた料理長はそう言って話をずらした。
「腕もあるし、そのまま雇っても良いぐらいだよ」
「残念だけれど……」
「そうかね。いや、失礼」
半分本気で勧誘してみた料理長だったが、ジェシカはエリーナの肩を抱き、苦笑しながらそう言って即座に断った。




