『指令官』レイラと新兵 4/5
「先に言っておきますが、新兵だからといって手加減は結構ですので」
「はい。そのつもりです」
両者とも『レプリカ』のコアを起動したところで、リサが通信を繋いでレイラへ念押しした。
ちなみに、レイラの乗機はいつもの専用機ではなく、新兵が使う練習機をそのまま使っている。
リサは答えを聞くとすぐに通信を切り、レイラよりも先に演習場へと飛び出していった。
「『怒りは勘を鈍らせる』ですよね」
1度深呼吸したレイラは、レオンの言葉を暗唱するとバイザーを下ろし、口角を少し持ち上げてから操縦レバーを握り、既定の移動速度で演習場へと向かった。
中央付近の平坦な地形の場所で2機が向かい合うと、指令室からのブザーを合図に微速前進する。
比較的弱い側面装甲を狙いに行くと同時に、自機のそれを打ち抜かれない様に、2機は正面をお互いに向け合いながら、ジャブで演習用ビーム弾を放ちつつ時計回りに円を描く。
わずかに見えるレイラ機の側面を、リサはピンポイントで撃ち抜こうとするが、レイラは絶妙な加減速でそれを回避していく。
一方レイラの方は、『レプリカ』の弱点の1つである足回りへ、やや大ざっぱに実砲ペイント弾を放つ。
リサはそれをレイラの様に加減速で回避しようとするが、不規則に飛んでくるので数発が履帯のカバーに当たり、モニターに小破判定が表示された。
練習機は戦闘のリアリティーを出すために、ダメージによる機能低下が再現される。
一方的にダメージを入れられ、リサは険しい顔で舌打ちをした。
「本番はこれからよ……ッ」
そうつぶやいた彼女は、突然に動きをピタリと止め、後部を旋回する方向に素早く振りながら、高速でやや前進しレイラ機の側面を取った。
レイラはそれに素早く反応し、旋回の機動を止めて全速前進すると、再びリサ機と向かい合う元の状態に戻した。
リサはまた舌打ちすると、仕方なくまた旋回の機動を再開した。
だったら……!
並のやり方は通用しない、と考えた彼女は、砲身をほぼ真上に上げて実砲弾を何発も打ち上げ、それと同時に先程と同じようにビーム弾による砲撃も放つ。
そのままだと真上からの炸裂弾頭の餌食になるが、速度での回避はビーム弾を側面に喰らう。
また、前進・後進でも側面に貼り付いて至近距離射撃、といった具合に攻撃に全く隙が無い。
「ほう」
レイラはその意図を理解して感心の声を漏らすと、一瞬も迷わず加速を選んだ。
「貰ったッ!」
リサはそう叫ぶと大きめに逆回りを始め、レーザー砲をチャージして、間もなく側面を晒すであろうレイラ機にピタリと狙いを付ける。
しかし、レイラは後部のポッドからスモーク式のチャフを発射し、ビーム弾を明後日の方向に逸らした。
「なッ!?」
そのまま止まっているのは危険と判断し、リサは再び時計回りの動きをしようとした。
だが、先程の足回りのダメージが、無理な動きをしたせいで悪化し、機体の挙動が大幅に鈍くなってしまった。
「……」
その一瞬の隙が命取りになり、煙の向こうから現れたレイラ機に、側面を複数回砲撃されて大破判定を付けられた。
リサがろくに攻撃を当てられずに敗北した事に、ロッカールームのモニターで演習の様子を見ていた新兵達は唖然としていた。
「歴史ってヤツは繰り返すんだな」
「ああ。あのルーキーも姐さんみたいになるかもね」
それと時を同じくして、夕食の調理でせわしない厨房をバックに、食堂のモニターでそれを見ていた元・レオン中隊の面々は、レイラがレオンに似たような事をされていたのを思い出し、懐かしそうにしていた。
「素晴らしい腕前でしたよ。ブラウンさん」
ヤードへ引き上げる道中、レイラはリサ機と併走しつつ、彼女に向かってそう通信を飛ばし、
「あなたはきっと、あっという間に腕を上げられると思いますよ」
非常に明るい口調で、一切ダメ出しをせずにべた褒めする。
「嫌味ですか? これ以上コケにするのは止めてください」
だが、リサはかなり刺々(とげとげ)しくそう返し、通信を遮断すると同時に速度を上げて、レイラ機を引き離してヤードへと帰った。
少しの休憩を挟み、1時間ほどの軍規講習の後、新兵達は食堂で夕食を摂る。
「……」
リサは極めて不機嫌そうにしていて、ポールやウィルとすら一切喋らず、ウェストリアスの夜景が見える窓際で1人ポツンと座っていた。
*
「夜分遅く申し訳ありません少将。少しお耳に入れておきたいことが……」
深夜が近くなり、私室のベッドで寝入ろうとしていた、タンクトップ姿のレイラの端末に、困った様子のサラから通信が入った。
「構いませんよ。どうぞ」
レオンから貰った抱き枕を抱きながら、身を起こしたレイラはそう促す。
「はい。リサ・ブラウン二等兵についてなのですが――」
リサは夕食の後、福利厚生のために食堂の隅に置いてある、ガラスドアの冷蔵庫から水のボトルを引っ掴んで、兵舎の自分のベッドに閉じこもってしまった。
それだけなら良かったが、下士官は2段ベッド2つの4人部屋のため、同じ部屋の3人がリサのただならぬオーラを怖がって、管理人に泣きつくという事態になった。
「――という具合でして」
管理人ではどう考えても手に負えず、リサ達の教官に回されたが、彼の言うことを聞くとは思えず、サラの判断でこの件がレイラに直接上げられた。
「なるほど。ふふっ」
あんまりにも自分と同じ行動をとっているので、レイラは思わず苦笑いを浮かべた。
「分かりました。私が何とかしましょう」
頼もしい口調でそう言ったレイラは、抱き枕を傍らに置いて立ち上がった。
近くのチェアの背もたれにかけられた、迷彩のカーゴパンツとジャケットを身につけて兵舎に向かった。
マスターキーを預かると、管理人の手を借りるまでもなく、レイラは真っ直ぐにリサの部屋へたどり着いた。
「ブラウンさん、入りますよ」
まずレイラはドアをノックをしてみたが、何の反応も帰ってこないので、ドアを少し開けてそう言った。
「……」
リサは寝てはいなかったが、面倒なので寝たふりをする。
「沈黙は是と取って良いですね?」
「……」
それを見破ったレイラは、そう言って容赦なく部屋に入っていった。
ベッドの前後にある個人用デスクの、後ろ側の方の椅子を引きずっていって、リサに背を向ける格好でレイラはベッドサイドでそれに座る。
レオンの手をまるっきり真似して、彼女はリサが話しかけてくるまでひたすら待った。
それから1時間後。
「……何のつもりですか」
いつまでもそこに居るので、リサは根負けしてレイラにそう訊いた。
「少し、話をしようと思いましてね」
「結構です。早く出ていってください」
「では上官命令、ということで。話をしましょう」
はっきり否定されたが、レイラはイタズラっぽく笑ってさらりとそう言った。
「……じゃあさっさと終わらせてください」
リサがぶっきらぼうな口振りでそう言うと、レイラは、分かりました、と返事をして、
「――報告書で見ましたが、あなた、戦災孤児なんですね」
少し間を置いて、少し低いトーンの声を出しつつ脚を組んで言う。
「それが何ですか? あなたも地獄を見てないくせに、私の気持ちが分かる、と言うのですか?」
今まで散々その言葉で同情されてきたリサは、突き刺すような低い声でそう訊いた。
元々リサが住んでいたのは、9年前『帝国』によって奪われた土地だった。
戦争法規を完全に無視した『神機』による攻撃で、彼女とその家族が避難していた建物を破壊され、当時9歳の彼女だけが生き残った。
『帝国』に捕虜として連れ去られかけたが、ベイル指揮下の部隊に阻止・保護された。
それから現在まで、『帝国』への恨みを抱えたまま、彼女は中央領内にある孤児院で育った。
「ええ。地獄なら、私も見ましたから」
遠い目をして俯くレイラの言葉に、リサは今までのそれとは違う、暗く重たい物が混じっているのを感じた。
「……確かに、あなたの経験したあの戦争は、地獄だったかもしれませんが、私のそれとは重さが違いますよね?」
それに少し動揺を見せたが、それを押さえ込む様にレイラへそう言い返す。
「同じですよ。私もあなたと同じ様に、親を『王国』に殺されましたから」
へその下辺りの位置に置かれた手を握りしめ、レイラは心苦しそうな声色でそう言った。
リサはそれを聞くと、カーテンをゆっくりと開いて顔を覗かせる。
「やっと顔を見せてくれましたね」
椅子をくるりと90度回したレイラは、そんなリサを見て少しだけ口の端を上げた。
「1人きりの悲しみも、1日でも早く強くなりたいという焦りも、家族を奪った敵国を恨む気持ちも、私は全部知っています」
だが、その目は彼女が毎日の様に鏡で見かける、自分自身と同じ深い孤独と悲しみを湛えていた。
「しかし指令は……。到底、そんな風には……」
それを目にしたリサの反発心は、急速にしぼんでいった。
「今はそうでしょうね。ですが昔は、あなた以上に荒れていました」
あなたのご友人の様な存在は、私には居なかった事も災いしたのでしょう、と、レイラは自虐的に笑みを浮かべてそう言う。
「そのせいで視野狭窄に陥った私は、勝手に突っ走ってんでもなく痛い目に遭いました」
俯き加減でそう言ったレイラは、ぎゅっと自分の身体を抱きしめた。




