『指令官』レイラと新兵 5/5
*
あれは4年前、『王国』の大攻勢に晒された、北方面軍の援軍で出撃したときでした。
にっくき『王国』を叩きのめそうと、休憩室の隅で1人静かに燃えていた所に、
「お、いたいた。やあレイラ」
到底出撃するとは思えない、やたら明るい調子でレオンが話しかけてきました。
「やけに根詰めている様だけど、大丈夫かい?」
彼はわざわざ私の隣に座ってきて、顔をのぞき込みつつそう訊ねました。
後で思えば、恐らく私の危うさを察知した彼が、緊張をほぐして冷静にさせようとしたのでしょう。
「頭の隅に置いて欲しいんだけど、怒りは勘を鈍らせる、焦りは手元の狂いを――」
「あなたには無関係ですし、勝手に説教しないでください。それに、2度と話しかけるな、と言いましたよね?」
彼のそんな配慮に思い至らなかった当時の私は、レオンの至言を拒絶してそこから立ち去ったのです。
その数時間後、私は恨みと怒りのせいで周りが見えなくなり、レオンの考案した作戦を無視して独断専行し、まんまと敵陣のど真ん中におびき寄せられました。
それに気がついたときには、集中砲火を浴びて機体はほぼスクラップ、
「う……、く」
私は敵の手に落ち、拘束されてトラックの荷台に転がされていました。
薬物を打たれて意識が朦朧とする中、私はレオンの言葉に耳を貸さなかった事への後悔と、これから行なわれるであろうそれへの恐怖に、枯れていたと思った涙が溢れてきました。
幸い、レオンが無理やり救出作戦を敢行してくださったおかげで、最悪の事態だけはなんとか避けられましたが。
*
「――という経験があるので、私はあなたに同じ目に遭って欲しくないのですよ」
当時の事を思い出し、少し震えているレイラは、
「そんな思いをするのは、私だけで十分ですから」
無理に笑みを作ってリサへ諭すようにそう言った。
「申し訳ありません。私の考えが浅いばかりに、散々ご無礼を働いてしまいました」
「謝罪は不要ですよ。『部下が反省しているなら、ミスは笑って許せ』、です」
救出後、レオンへ同じ様に謝罪した際、彼から言われた言葉を引用し、レイラはベッドの縁に座るリサへ、頼れる上司らしく笑ってそう言った。
「それに、偉そうなことを言う割に、少し私情を挟んでいましたからね」
だが、素直に白状し、私もまだまだです、と自戒するレイラは、素の気恥ずかしそうな笑顔を見せた。
「……あの構成、もしかして『英雄』のレオンさんと同じなのですか?」
「はい。良く知っていますね」
レオン専用機の兵装構成まで知っているのは、関係者以外では珍しいのでレイラはそう感心する。
「いえ。よく『『英雄』語録』を引用されていらっしゃるので、そう予想しただけです」
「なるほど。ですが良い観察眼です」
人を騙すようなマネは本意ではないので、リサはそう言って誤解を解こうとする。レイラはそれを知った上で、にこやかに彼女をそう称えた。
『『英雄』語録』は、この頃出版された書籍で、選者はレイラやベイルといったレオンに近しい者が担当し、編集部が彼へ裏取りをしているため、内容はかなり正確な物になっている。
「彼の言葉はその明晰な頭脳に裏打ちされた確かな説得力が――。……あっ、失礼しました」
思わずつらつらと語りそうになった事に、はたと気がついたレイラは、少し顔を赤らめて張っていた声をすぼめた。
「……とても、敬愛なさっているのですね」
レイラが熱っぽく話すイメージが全く無かったので、リサは目を丸くしてそう言った。
「はい。今の私があるのは、ほぼ彼のおかげですから」
感謝してもしきれません、と懐かしげに言うレイラの表情は少し寂しげだったが、先程と違って、その芯に温かな物があるのをリサは感じていた。
「そうなると、やはり部下と上司を超えた思い、みたいなものがあったりします?」
最近そういう映画をポールとウィルと一緒に見たので、リサは何の気なしにそう訊ねた。
「……。あっいっいえッ! はっきりとそういうものがあるかと言われたら確かにそうなんでしょうけどこれをそう呼んで良いのか……」
瞬時に顔を真っ赤にしたレイラは、非常に落ち着きのない動きをしてそう言った後、深々と考え込み始めた。
「……ど、どうなんでしょうか?」
「……私に聞かれても困ります」
「あっ、そうですよね……」
カッカと照っている頬を触りながら、何を言ってるんでしょうね私、と言って、ジャケットに入っていたハンカチで汗を拭いた。
「……まあ、そう簡単に恨みを忘れることは出来ないので、上手いこと付き合う方法を考えて行くと良いでしょう」
そうリサに助言したレイラは、これ以上ボロが出ないうちに、と、そそくさと退室しようとした。
「あいたっ」
だが、動揺が抜けきらないままドアノブを掴み損ねて、肩からドアにぶつかった。
「……。この事は内密にお願いしますね」
素早く振り返って、静かに、のジェスチャーをしたレイラは、ばつが悪そうに苦笑いしながら、おやすみなさい、と言って出ていった。
「……意外に、かわいい人なんだな」
思わず笑みをこぼしてそう独りごちたリサは、
恨みと付き合う、か……。
レイラが去り際に残した言葉を頭の中で反復しながら、ベッドに仰向けでパタリと横たわった。
*
「いやあ、流石は少将ですな。たった一晩であそこまで改善させてしまうとは」
翌日の午前訓練後、ヤードに様子を見に来たレイラへ、教官の軍曹がホクホク顔でそう言った。
リサはまず、昨日の無礼を教官と他の新兵達に詫びを入れ、やや前のめりではあるが、チームプレーを意識した行動を徹底していた。
「いったいどのようなご指導をされたんで?」
「特別な事はしていません。すこし話をしただけですよ」
いくらか柔らかい表情のリサが、他の新兵達にレクチャーする光景を眺めつつ、安心した様に微笑んでそう言った。




