第七話
それからおよそ1時間後。
「エリーナ。交代の時間だよ」
「んー……」
ムクリ、と寝ぼけ眼で半身を起こしたエリーナは、数秒後に完全に目を覚ました。副操縦席のアルテミスは、20分程前に就寝していた。
「……なんで顔逸らすのよジェシカ?」
「いや、特に深い理由はないよ」
「ああそう?」
未だにさっきの一撃の余波が残っていて、ジェシカはエリーナの顔を真っ直ぐ見ることが出来なかった。
「本当に何も無いの?」
あんまりにも挙動不審だったので、砲撃手席に行ったエリーナは、もう一度ジェシカにそう訊ねた。
「もう寝てるの」
だが、彼女はさっさとエリーナが使っていた寝袋に入り、狸寝入りして聞いてないフリをした。
*
ジェシカとエリーナが、それぞれ2回ずつ見張りをやった所で夜が明け、2人と少し遅れて目を覚ましたアルテミスは、レーションのクッキーで簡単な朝食を摂る。
「で、夜中のアレは結局何だったのよ。ジェシカ」
「いや、実は何か居ると思って見てたら、野生のイノシシだったんだ」
「あ、そう。本当に大したことなかったのね」
目を泳がせているジェシカと、無自覚にその原因になっているエリーナのやりとりを、アルテミスは暖かい目をして聞いていた。
出発の準備を終え、各自が自分の席に着いた所で、
「昨日は散々だったけど、今日は良い日になると良いわね」
「なるさ。きっと」
「あなたの言葉はいつも心強いわ」
「そりゃどうも」
幼なじみ2人がそんな会話を交わして、意気揚々と難所へと足を踏み入れる。
「橋が……」
「落ちてるねえ」
その中でも、比較的安全なルートへと繋がる、谷川に架かる橋の対岸側が、橋桁の根元から土砂崩れを起こしているせいで落ちていた。
「もー! またこんなのばっかりー!!」
「まあまあ。急がば回れっていうじゃないか」
「十分回ってるわよー!」
「あはは。もう一回りだね」
「そうねえ……。はあ……」
うがー、と嘆き散らすエリーナをジェシカがなだめつつ、橋とは逆の急斜面にへばりつく様についている道を進んでいく。
「うー、落石しそうね……。早く抜けたいわ……」
その道は『レプリカ』がギリギリ通れる幅しかなく、歩いた方が早いレベルの速度しか出せない。
「……でも防止用ネットがついてますし、そうそう落ちては来ないと思いますよ」
「普通はそうだけれど、私の――」
「あっ、岩だ」
「場合こうなるよのねー! やだー!」
自分の思ったとおりになって、ちょっと涙目になるエリーナの一方、ジェシカは冷静に、イノシシほどの大きさの岩を対ミサイル機銃で粉砕した。
ちなみにその岩は、落石防止ネットの遥か上の、山頂付近から落下してきたものだった。
「……すいません、あんまり効果無くて……」
「いいのよ……。私の不運が過ぎるだけだもの……」
今朝付けて貰ったばかりの加護すら効かない、強烈な不幸体質のエリーナは、めちゃくちゃへこんではいるが、慎重なレバーさばきでくねくね道を確実に進んでいく。
眼下には広葉樹混じりの針葉樹林が広がり、それと急斜面との間にやや幅の広い川が流れている。
「ねえエリーナ。落ち込んでても仕方ないし、良いことを口に出してみたらどうだい?」
「そうね……、少しは良くなるかも……」
ジェシカは明るいトーンでエリーナへそう提案すると、彼女はそれに乗ってみることにした。
そこで、やれカジノで銅貨1枚が金貨10枚になるやら、その臨時収入で豪遊するやら、と景気の良い話をしていると、
「うわあ!?」
「あ、ヤギだ」
目の前を崖下から登ってきた、馬ほどの大きさのヤギが目の前に現れ、エリーナは驚いて『レプリカ』を急停止させた。
「何よあの大きさ……」
「この辺の固有種さ。遭遇出来るのは結構珍しいらしいよ」
「早速良いことありましたね」
「そうね! やっぱりポジティブにいくべきね!」
希望が見えたエリーナは、再び朝のように元気な状態に戻ったが、
「さて、早く北フォレストランドに行って、美味しい物食べるわよ!」
そう言って機体を前進させようとした途端、路肩が大きく割れて崩れ落ちた。
先程の急ブレーキの圧力が原因でひびが入ったせいで、この機体特有の前進の際に起こる、ガクン、という振動に路肩が耐えきれなかったのが原因だった。
「えっ、まってこれ……」
「うん。落ちるね」
「ひゃああああっ!?」
右側の支えを失った機体は、谷底に向かって、ゴロン、と転げ落ち始めた。
「いやああああああああ!! 勘弁してええええ!!」
「あははっ! あははははっ! エリーナ! 僕ら転げ落ちてるよ!」
「ええそうねええええええええ!」
「なんでジェシカさん楽しそうなんですかああああ!」
「彼女いっつもこうなのよおおおお!」
「ええええええええっ!」
「あはははっ!」
悲鳴を上げる2人と、ゲラゲラ笑う1人を乗せた機体は、6回転ほどした後、カーブする川のど真ん中でちょうど直立して止まった。
「いやそうはならないでしょ……」
「なってます……」
「あー、エリーナと居ると本当飽きないなあ。あははは」
「それは良かったわね……」
グロッキー状態のエリーナとアルテミスをよそに、実に楽しそうなジェシカは1人エキサイトしていた。




