第六話
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レオンが再び『英雄』として表舞台に舞い戻る少し前、『自由』東部の荒野にあるステーションで、ジェシカ達は深夜に偶然彼と遭遇した。
見張り番がジェシカのときで、エリーナは彼女の隣で熟睡していた。
「『男爵』、ちょっと話に付き合ってくれるかい?」
「ああ、いいよ」
眠気覚ましの常温のインスタントコーヒーを啜りつつ、ジェシカはレオンへそう返す。
ちなみにこのとき、浄水器の煮沸と冷却機能が不調で、そのコーヒーはすでに精製していた常温の水で溶かしたインスタントだった。
「僕は傭兵になる前、『大連合』の北西方面軍で中隊長をしていてね。そのときの僕の副官は、レイラっていう、凄く生真面目で嘘をつけない、優秀なパイロットだったんだ。
最初は彼女に嫌われていた様だったけれど、修羅場を一つ一つくぐり抜ける中で、やっと信用して貰える様になったんだ」
「右腕ってやつだね」
「ああ。彼女がいなければ、僕は今こうやってあなたと話すことは出来なかっただろうね」
懐かしそうに話すレオンは、上面モニターに映る星を見ながら、もう2度と帰ることのない日々を思い浮かべる。
「その人は、もう?」
「いや、彼女は今も健在だよ。今頃、中央で少将辺りになってるはずさ」
ジェシカが勝手に死んだ事にしたのを謝ると、僕の言い方が悪かったんだよ、と言って笑って許した。
「じゃあ、なぜこんな所に?」
「僕は、数年前のある事件を引きずっていてね。そのせいで、彼女までダメにしかけたからだよ」
はっきり言って、ちゃんと向き合うのを止めて逃げただけなんだけど、と自分を責めるように言う。
「まあ、そのままだと、僕はもっと彼女を酷い目に遭わせていただろうし、これで良かったんだ」
「そんなあなたの傍に、その人は嫌々居たのかい?」
「いや。そういうことは全くなかったと思う」
「じゃあ彼女は、それでも良かったんじゃないのかい?」
「まさか。彼女は僕への忠義で居てくれただけさ。仮にも『英雄』だからね」
『英雄』、という単語の所で、レオンは酷く偽悪的な物言いをした。
それとは別のものじゃないのか、とさらに訊こうとしたが、 レオンの端末から呼び出し音が鳴って、会話を切られてしまった。
「おっと、呼び出しだ。どうしようもない話聞かせてすまなかったね『男爵』」
レオンはコアを起動すると、ジェシカにそう言って、返事も聞かずに慌ただしく去って行った。
*
「えっ、それでその人となんの色恋沙汰もなかったの?」
「エリーナ、男女がずっと一緒に居るからって、そういうことになるとは限らないよ」
「あっ、それもそうね」
3人は、その後もそんな年頃っぽい話で盛り上がって、それが一段落した頃には、時刻が22時をまわっていた。
「じゃあ、2時間後に交代ねジェシカ」
「ああ。お休みエリーナ」
モニターの輝度を最低にして、見張りのジェシカ以外は、座席の後ろのスペースにある荷物をどけて寝袋で仮眠をとる。
「私も代わりますよ……?」
「いやいや、疲れてる人にさせる訳にはいかないよ」
「私達は慣れてるから気にしな――」
気を遣うアルテミスにそう言ったジェシカの言葉に、寝袋にくるまったエリーナは便乗してそう言い切る前に寝落ちした。
「ま、そういうことです」
「……はあ。ではお言葉に甘えて……」
これ以上問答をして邪魔をするわけにはいかないので、アルテミスはそう言って目を閉じた。
だが、下が金属の硬い床なので、アルテミスは1時間たっても眠れなかった。
「……」
まだ座席の方が良い、と思って、彼女が身を起こすと、
「眠れないかい?」
周囲に目を向けたまま、砲撃手席のジェシカは口の端を少し持ち上げてそう訊く。彼女の手には、湯気の立っていないコーヒーが入った紙カップがあった。
「あ、はい……」
「ひとまず目を閉じておくといいよ。少しは寝た事になるはずさ」
「はい。……あっ、ありがとうございます……」
腰の辺りを撫でながら副操縦席に座ったアルテミスに、音を立てないように下に降りてきたジェシカが自分の上着を貸す。
そのまま戻るかと思いきや、ジェシカは硬い床でもお構いなしに熟睡する、エリーナの頭元でしゃがみ込んだ。
何をしているんだろう、と、思ってアルテミスが後ろを見ると、愛おしそうに自らの相棒を見つめ、そっとその顔に掛かった髪をのけるジェシカの横顔があった。
エリーナの額にそっとキスをした彼女は、また音を立てないようにそっと元の場所に戻った。
「その……、あまり詮索するものではない、とは思いますが……」
「ボクとエリーナの関係、かな?」
「あっはい……」
先回りしてそう答えたジェシカは、別に不快では無さそうな顔をしていて、アルテミスはホッとした顔で前を向いて目を閉じた。
「1番の親友であり1番の相棒である幼なじみさ」
ジェシカは少し照れた様子で鼻の頭に触れてから、
「それらと同時にボクは、彼女の大ファンでもあるんだ」
いつもよりもさらに柔らかな声色で、エリーナを見やりつつそう言った。
「幼なじみの、ですか?」
「ああ。こんな地の果てまで追っかけする位の、ね」
暇つぶしにでも、少し語らせて貰ってもいいかな? と、ジェシカは凄く話したそうな口振りで訊いてきたので、少し苦笑しつつ、どうぞ、とアルテミスは答えた。
「彼女はね、どんなに否定されてもお構いなしに、どんどん前へ突き進んでいく人なんだよ」
ボクはそんな彼女に付いて行くのが好きでね、と、遠い目をして愉快そうにジェシカはそう言う。
「常にそんな感じだから、近所の薮をかき分けて通って傷だらけになったり、別荘近くの深い湖で溺れかけたり、とまあ、トラブルに遭遇しがちなんだよね。もちろんボクも一緒に巻き込まれてたよ」
「と、止めたりは、しないんですか?」
困ったもんです、と全然困ってなさそうに肩をすくめるジェシカに、アルテミスは困惑した様子でそう言う。
「いや? 多少酷い目にあっても、エリーナはボクが見たことの無い景色を見せてくれるんだ。それを止めるなんてとんでもない」
ジェシカは声を抑えて笑い、心底楽しそうにアルテミスへそう言った。
「薮に突っ込んだときは、野生の珍しいスイセンの花畑を見られたし、湖で溺れかけたときは、湖面に映る夕日に照らされた名峰を見られたんだよ」
むしろもっと引きずり回して欲しいぐらいさ、という発言に、アルテミスは声に出さずに若干引いていた。
「エリーナはどこまでだって行ける人だから、ボクはどこまでもついて行って、彼女を護ってあげたいんだ。例え、彼女が世界の全てを敵に回してもね」
最後の言葉に、ゾクリ、と危険なものを感じたアルテミスが振り返るが、ジェシカはいつも通りの柔和な表情のままだった。
「あ、これだとファンというか狂信者だね」
あっけらかんとそう言って、ジェシカはケラケラと自虐的に笑う。
「あはは……」
どうリアクションしていいか分からず、アルテミスが苦笑いした所で、
「んん……」
エリーナがモゾモゾと動いて、悩ましげな声を出す。
「ジェシカぁ……」
「おっと、起こし――」
「私達、ずっと一緒よ……」
ムニャムニャと名前を呼ばれ、猫にでも話しかける様に訊こうしたジェシカの言葉を遮って、エリーナがやたら甘い声でそう寝言を言った。
「――ッ」
特大の不意打ちを喰らったジェシカは、思いっきり赤面して悶えていた。




