『副官』サラの煩悶 1/2
レイラ達『大連合』軍東方面軍の首脳部の面々は、先の戦いを乗り切り、その慰労会を開催する事になった。
そのゲストとして、レオンを招待することになっていたが、
「――というわけで、時間までに行けそうにないんだ」
「はい……。そう、ですか……」
彼は『公国』中部で足止めを食ってしまい、出席することが出来なくなった。
「ごめんね。レイラ」
「いっ、いえ! 謝らないで下さい。レオンのせいではないですし……」
目に見えてしゅん、とするレイラへ、正装のレオンは申し訳なさそうにそう言う。その傍らに『公国』大公から授かった勲章が、箱に入れられて置いてある。
この日の午前に、先の戦いでの功績を称えての授与式を終えてすぐ、会場へ出発する強行スケジュールになっていた。
だが、鉄道の信号機システムに異常が発生して、レオン達は大公領に隣接する諸侯の領地の境目付近にある、小さな駅で足止めを食うはめになった。
「でも、終わりまでに間に合いそうなら、顔ぐらいは見せるよ」
ションボリしているレイラに、いつもの様に微笑みながらレオンはそう言って、彼女との通話を終えた。
端末をポケットにしまい、レイラが自身の書斎から出ると、そのドアと反対側の窓際で儀礼用の軍服を着た、最近准将に昇進した副官のサラが待っていた。
「もしかして、レオンさん、ご欠席されるのですか?」
「よく、分かりましたね……」
「あんなに嬉しげに入られて、出られるときがその顔ですからね」
すかさずサラが出した手鏡には、いかにも意気消沈、といったレイラの顔が映っていた。
「……なるほど」
それを見て、一言そう言って深々とため息を吐いたレイラは、
しっかりしなさい私。私1人の都合で、せっかくの祝いの席を台無しにするわけにはいかないのですよ。
心の中で自分にそう言い聞かせ、表情を引き締めた。
「……いらっしゃらないのは仕方がありません。行きましょう、サラさん」
「はい。少将」
いつもの生真面目な顔に戻ったレイラは、最上階にある会場の大会議室へと歩を進める。
レイラの手短な挨拶が終わると、普段からの無礼講な空気を増幅した、和やかな雰囲気の会食が始まった。
部下達の興を冷ますまい、と、レイラはいつもの様に振る舞う事を心がけるが、
「いやあ。やはり『公国』産の鶏肉は絶品ですねえ。こう、素材自体の香りが良いというか――」
なにぶん不器用な彼女は、意識しすぎて普段よりも明るくなってしまっていた。
「……サラ准将。少将の様子、おかしいと思いませんか?」
「なにやら思い悩まれているご様子ですが……」
「少将、お加減がよろしくのではないでは?」
「ルイス氏のご不在が原因ですかね?」
かえって皆を心配させてしまい、そんな具合の質問がサラへ寄せられた。
心配そうな顔をする参謀達へ、レイラが気を遣わせない様にしている、ということをサラは説明する。
事情を聞いた、なにぶん器用な参謀達は、敬愛なるボスの努力を無駄にしないよう、彼女の様子のおかしい所を完全にスルーして、いつも通りに接した。
そんな上官思いの参謀達のおかげで、特に何ごとも起こらず会は進行していった。
「サラさん、ちょっと良いですか?」
「はい」
メインイベントの軍楽隊による演奏が終わった後、レイラはサラと連れだって廊下に出た。
「どうされました?」
「その、サラさんから見て、私、ごまかせていましたか……?」
手にしている銀製カップの中身を煽ってから、レイラは不安げに小声でそうサラへ訊いた。
「はい。恐らく」
本当の事を言えば、古参の参謀達からはまるっきりバレていたが、その事は一切伝えずにそう言った。
「でも、何だか皆さん、普段よりも私へ優しい気がするんですよね……」
あっ、普段から皆さんには良くして貰っていますが、とレイラは慌てて付け加えた。
「それは当たり前ですよ、少将。あなたの指揮のおかげで、今回も最小限の被害で乗り越えられたのですし」
サラは若干の事実を交えつつそう言って、なおも不安げな上官を安心させようとする。
「なるほど……、そういう事でしたか……」
彼女の思惑通り、レイラは安堵の表情を浮かべたが、
「……? 少将、お顔が赤い様ですが、どうされました?」
その顔が妙に赤くなっていて、少し足元がおぼついて居ない事に気がついた。
「ああはい……。先程から、何故かフワフワした感覚がする様な……」
「少将、少しカップを拝借致します」
「どうぞ」
もしや毒でも、と、サラは一瞬疑ったが、その中に入っていた飲料から、アルコール臭がするのに気がついた。
「ああ准将! それ私のカップです!」
それと同時に、それが参謀長の副官のもので、レイラが間違って持ってきた事を悟った。
「少将……、これお酒です……」
「……ああ、道理でのど越しがカッと……」
レイラも気がついたが、すでに酔いが回ってかなりフラフラしていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫です……、これしきのこと……」
全部言い終わる前に、レイラはバランスを崩して壁にぶつかり、ずるりと崩れ落ちた。
警備兵と衛生兵はそれを見て、もしや暗殺では? と、血相を変えて慌ただしく駆けつけたせいで、周囲はかなりの騒ぎになった。
当然、原因はただの泥酔な事がすぐに分かり、集まった全員が安堵や苦笑いの表情を浮かべて、元いた所へと帰っていった。
「立てますか、少将」
「は、はい……」
壁際にペタンと座っているレイラは、サラの手を借りてなんとか立ち上がりはしたが、千鳥足で到底歩けそうには無かった。
「うう……、申し訳ありません……。私のせいでぶち壊しに……」
「なっていませんから安心して下さい」
「本当ですか……?」
「はい」
サラと女性兵士は、情けない声を出すレイラの両肩を抱え、1つ下の階にある彼女の書斎へと連れて行く。
「自分の情けなさに失望です……」
「誰だって少しはミスをしますし、そこまで思い詰めないで下さい」
「いいえ……。きっとレオンならこんなことには……」
「レオンさんと比べても仕方が無いと思いますよー」
レイラの発言を受け流しつつ、サラは彼女を慎重に階段を降りさせる。
「着きましたよ」
「はい……。ご迷惑おかけしました……」
少し背もたれを倒してあるソファーに下ろされると、レイラは2人へ申し訳なさそうに言った。
「ほら、お水飲んで下さい」
先程とは別の兵士が持ってきたピッチャーから、サラはレイラが普段使っているカップへ水を注ぎ、そう言って彼女へ手渡す。
「わざわざ、ありがとうございます……」
中身を一気に飲み干して、カップをサラへ渡したレイラは、沈み込む様にソファーへ身を預けた。
「気分が悪くなったら言って下さいね」
そんなぐったりしているレイラを見つつ、サラはバケツを手にそう言って、彼女のデスクの椅子に座った。
「はい……」
レイラはそう返事して、力なく自らの額を抑えた。
「頭痛ですか?」
「……」
「……少将?」
「ううっ……、ひ……っ」
「今度はどうされました?」
その状態で、突然レイラが泣き出したので、サラはしょうがなさげにそう訊きながら、彼女の隣に座った。
「私……、レオンにとって……、精神的な重荷になっているのでは……」
何ですか、その自信が有るか無いか分からない言い方は、という言葉を飲込んで、
「またそんな事を……」
いつもの様に恋愛ポンコツを発揮するレイラへ、大丈夫ですって、とサラは言う。
「分からないではないですかぁー……。レオンはお優しい方ですから、私を気遣って無理をしていらっしゃるので……、うええ……」
するとレイラは、自分で言って自分で不安になって、さらにビービーと泣く。
「落ち着いて下さい少将。あなたはご自身が思われている以上に、人に好かれやすい方ですから」
生真面目でありながら柔和なお人柄とか、性格のギャップとか、お顔立ちとか、などと、サラは思いつく限りレイラのそういうポイントを挙げる。
「で、ですが……、レオンの周りには、妹君やセレナ様やマリー様やミコト様の様な、私の存在が霞む様な方達ばかりで……」
「『聖女』様だから敵わない、なんてことはありませんよ」
若干、呆れ気味にそう言ったサラは、同学年の友人が広告モデルを見て、自分の骨格の太さを嘆いていたのを思い出した。
ちなみに、その友人は上級学校を主席で卒業した同期の男性と結婚し、すでに一児の母となっている。
「この際、直接ご本人にお訊ねすれば良いのでは?」
せっかく連絡先交換したのですし、と、サラはソファー前のローテーブルにおいてある、レイラの端末を指さした。
「そそそっ、そんな事したら重い女だと思われてしまいますよっ!」
元々真っ赤だった顔をさらに赤くして、
「……それにもし、訊いて私が嫌われていたらどうしたら良いかぁ……」
レイラは再び自分の言葉で自分を泣かせた。
「あーもう……。では私が代わりにお訊ねしましょうか?」
手のかかる上官の気持ちを落ち着かせながら、サラがそう提案すると、レイラはかなり深く悩んでからそれを頼んだ。
サラは先日、ついでに自分の連絡先もレオンと交換している。
彼女はレイラを外の立哨に任せ、自身は隣にある自分の書斎に入って、レオンに通信を繋いだ。




