『副官』サラの煩悶 2/2
「やあ。サラ准将。レイラになにかあったのかい?」
通信が繋がった途端、開口一番、レオンはサラにそう訊いてきた。心配そうな表情の彼の背景は、陽が傾いている以外は全く変わってない。
「いえ、特に重大な事態が、というわけでは無いのですが……」
肝心なところだけぼやかして、サラはレイラの泣き上戸っぷりをレオンに伝えた。
「あー、うん。あはは……」
レオンはまず、レイラの酒癖について、親しげな苦笑いでそう言い、
「彼女、根本的な所で自分に自信が無いからね」
彼女のネガティブっぷりには、レイラは本当に頼りになるんだけどね、と、明るくはあるが気がかりそうな顔をして続ける。
「僕はもう少し、誇っても良いと思うんだ。まあ、そういう慎重な所があるから、心配せずに背中を預けられるんだけどね」
レオンが発言の中で覗かせた言葉と表情には、リップサービスを疑う余地はない、とサラが感じるには十分だった。
「単刀直入に伺いますが、軍人では無く、個人としての彼女はどういう存在なんです?」
そこで、彼女はいきなり本題をレオンにぶつける。
「個人として、か……」
サラの質問に、レオンはそう言った後、腕組みをして言葉をまとめようとするも、
「……一言で言うのは、難しいな……」
上手くいかなかったので、少し時間が欲しい、と彼はサラに断りを入れてから考え込む。
その数分後。レオンは少し下を向いていた顔を上げ、サラへ話し始めた。
「そうだね……。彼女は……、僕の近くに居てくれる人達の中で、心の一番近いところに居てくれる、今は唯一の存在、かな」
今は、の所で、レオンは胸の辺りに触れながら、酷く悲しそうな顔をした。
「なんか抽象的な言い方でごめんね」
「いえ。つまり、少将の事は大切に思っていらっしゃる、と?」
「ああ、もちろん。彼女のおかげで、僕は何度も命拾いしたからね。『英雄』なんて呼ばれる様になったのは、全部レイラがアシストしてくれたおかげなんだ」
レオンはレイラを手放しで称賛する反面、
「そうじゃなきゃ、僕は今頃、ちょっとばかり人殺しが上手かった、ただの戦死者さ」
妹すら護れなかった、ね、と、自分の事は自嘲的な笑みを浮かべ、徹底して卑下する。
「それほど信頼していらっしゃるのに、なぜ何も言われず退官なさったのですか」
レイラの副官に就いてから、彼女が、レオンの事を支えられなかった、と嘆いているのを知っていたサラは、少し責めるような口調でそう言う。
「……僕がレイラの傍に居れば、せっかくの才能がある彼女を腐らせてしまう、と思ってね」
「しかし少将は、あなたが自分を伸ばしてくださった、とおっしゃっていました。それは少し自虐が過ぎるのでは?」
「僕は部下に下の世話をさせる様な最低の男だよ」
笑みが一切見られないレオンは、実際、消えるのが最適解だったろう? と、明らかに偽悪的な物言いをする。
「そんな酷い奴は、罵倒されるぐらいでちょうどさ」
「……本当にそうならば、少将はあなたの事をお慕いしていないと思いますが」
レオンの話をするレイラが、彼へ深い尊敬の念を抱いている、という事は彼女の部下なら周知の事である事をサラはレオンに言う。
それを聞いたレオンは、わずかに目を見開いた後、そうか、とつぶやいて目を細めた。
「彼女は律儀な人だし、多分、恩を返してくれているだけだよ」
しかし彼は、なおも自分の事を否定的に言う。
「なぜそのような言い方を! 少将があなたの事をどれだけ慕っていらっしゃるか、あなたもわかっているはずです!」
敬愛なる上官が尊敬してやまない男が、あまりに自分を否定するため、サラは少し声を荒げたが、
「怖いんだよ、僕は。自分のせいで、自分の特別な人を失ってしまうのが。今の関係ですらそうなんだ、それ以上なんて、……考えただけでも恐ろしくて、気が狂いそうだ……」
どんな状況でも動じない『英雄』、というイメージがあったレオンが、怯えた表情で震えているのを見て、サラは何も言えなくなった。
「……取り乱してしまい、失礼致しました」
「別に構わないよ。僕が情けない事には変わりないんだから」
怒りにまかせて失礼な態度をとった事を謝るサラに、レオンは実妹のロザリオが入った、上着の胸ポケットに触れながらそう言う。
それから、お互いなんと話して良いか分からず、無言になったところで、
「れおーん!」
隣の客室で、セレナと一緒に疲れて寝ていたマリーが、元気いっぱいに乗り込んできた。
「お昼寝は良いのかい、マリー?」
「もんだいない。げんきふるちゃーじじょうたいだからな」
片方の拳を突き上げてそう言ったマリーは、レオンに頭を撫でられてかなり上機嫌になった。
「マリー様。レオンさんはお話中ですから……」
「ぬあー」
慌てて入ってきた女性近衛兵が、そんなマリーをひょいと持ち上げて廊下に出した。
「じゃあそろそろ切らせて貰うね。准将、レイラの事を頼んだよ」
「はい、お任せ下さい。長々と失礼致しました」
重苦しい空気が緩んだ隙に、2人はこれ幸いとばかりにそう言って通話を終えた。
なるほど、道理でいつまで経っても関係が前に進まない訳ですね……。
答えは得られたが、レイラの恋路が前途多難にも程がある事がわかり、サラは額を押さえて深々とため息を吐いた。
レオンから聞いた事を全部は流石に話せないので、嫌われていない事だけは話そう、とレイラの書斎に戻った。
「少将……」
だが彼女は、レオンから貰った、と嬉しそうに話していたクッションを抱いて、非常に気持ち良さげな様子で爆睡していた。
いつの日にか、共に居られる様になる事を願いつつ、フッと笑みを見せたサラは、レイラの身体にブランケットを掛け、
「後は頼みますね」
「はっ」
また先程の立哨にレイラを任せると、サラは慰労会の後始末へ向かった。
それから数時間。
「――はっ」
すっかり辺りが暗くなった頃に目が覚めたレイラは、照明を点灯させて壁に掛かった時計を確認した。
「後で、皆にお詫びしなければいけませんね……」
案の定、時刻はとっくに慰労会の終了予定時刻を過ぎていた。
ガンガンと痛む頭を押えながら、自室でシャワーを浴びようと、フラフラした足取りで書斎から出ると、
「やあレイラ。ごめん、なるべく急いだんだけど、間に合わなかったよ」
タキシード姿のレオンが、申し訳なさげに笑って立っていた。
少し前に到着したレオンは、元々着る予定だったそれをわざわざ着て、彼女が出てくるのを待っていた。
「レッ、レレレレッ!?」
完全に油断していたレイラは、そんな奇声を発して腰を抜かした。
「……そんなに喜んでくれるなら、来た甲斐があったよ」
格好いいやら嬉しいやらで、めちゃくちゃ色めき立つレイラへ手を差し出しながら、レオンは満足そうにそう言った。
「遅れた代わりに、と言っちゃなんだけど、この後ディナーでもどうかな?」
腕の良いシェフを呼んでいてね、と、脳の処理が追いついてないレイラへ、レオンは照れくさそうに提案する。
そんなレオンの後ろを通ったサラが、レイラに向けて、頑張ってください、というジェスチャーをした。
「よっ、喜んでっ!」
それを見て小さくうなすいたレイラは、ガチガチの表情で敬礼しながら、レオンからの誘いを受けた。
「なっ、何を着たら良いのですかサラさーん……」
「はいはい。お任せ下さい」
何を着たら良いか分からず、レイラはそう言ってサラに泣きつき、普段は着ない正装のドレスを見繕って貰った。
その上、気合いを入れて化粧までしてもらい、開場の建物最上階にある小会議室へと向かったが、
「うう……、サラさん……、やっぱり私はダメな女です……」
「そんな事ないですって……」
食事中、全力で空回りした会話をしてしまい、それが終わってから、レイラはサラにまた泣きついた。




