閑話 人生リタイヤするには面白すぎる・END
「先生、お身体もういいんですか?」
わたしの顔を見るなりそう声を掛けてきたのが、人族のブリジッタ。
「なんで笑ってるの?」
「いってらしたんですよね?」
「ずる休みいけないんだ」
こっちの子はデボラ、同じく人族。
ふたりは三年前にうちの事務所に同期入社。今じゃ裏方のエキスパート。段取りから接客、撤収まできっちりこなす、見た目以上に優秀な子たちだと上司の評価はすこぶるよい。資料によると数ヶ月前から単身で現場を任せされることもあるらしい。さすがに調べたわ。部下の名前をうろ覚えじゃ嫌われちゃうものね。
以前のわたしなら、忙しさにかまけて、マネージャー任せにしていたでしょうね、きっと。
「ばれちゃった?」
「昨日の今日じゃないですか。もうばればれですよ、先生」
「それに顔色も。いつもより溌剌となさってます。向こうで何かいいことありましたか?」
「ミッションコンプリートって感じかしらね」
「えーっ! それじゃあ、食べたんですか? 『五種盛り合わせ』!」
「レストランで、じゃないんだけどね」
「も、もしかしてお祭りですか?」
「ええーっ、獣人村の肉祭りに参加できたんですか?」
世界が終わったような顔しないでくれるかしら?
「どうやって入れたんですか? あれって春と秋の大きな祭りのとき以外は、部外者お断りなんですよ。春夏の祭りだって大きくなり過ぎちゃって、来年は規制が掛かるんじゃないかって噂なんですよ!」
「たまたま講演を依頼されちゃってね」
「えーっ、いいなぁ」
「やっぱり持ってる人は違うのね」
「あれって食べ放題って聞いたんですけど! ほんとですか?」
「信じられないけど、ほんとよ」
「ほんとなんですか!」
「都市伝説は真実だった。がくっ」
本気で落ち込んでるわね。
「ところでふたりに手伝って貰いたいことがあるんだけど、今日、空いてる時間あるかしら?」
たった一日のできごとだったのよね。
あの子たちじゃないけど、思い出してもまだ信じられないわ。
ほんとに濃厚な一日だった。
マーローに会ったときはどうなるかと思ったけど。
「ヘモジちゃん、可愛かったわね。召喚獣ってどうやったら手に入るのかしら?」
「先生、聞こえてますよ」
「お待たせしました」
ふたりが仕事明けに調理室にやって来た。
「あら、もういいの?」
「今日は段取りだけなので」
「そんなことより、お土産、早く見せてくださいよ」
「そんなに焦らないの。楽しみは取っておくものよ」
「だって!」
「じゃあ、まずこれね」
わたしは一つ目の保管箱を開けた。
女の子たちは身を乗り出してなかを覗いた。
「でかっ!」
「なんですか、これ?」
「ユニコーンが作ったポポラの実よ」
「えええええええ?」
「これ、普通のポポラの実の何個分?」
「本物なんですか? 品評会用に作ったスカスカな奴じゃ?」
「たまたま保管してる人がいてね。譲って貰ったのよ」
「あの…… そっちの箱は?」
「後から開けるってことは…… そっちの方が凄い物が入ってるんですよね?」
「あら、よく分かったわね」
背徳にも似た優越感。
「まさか…… 手に入れちゃったんですか?」
「ちょっと、少しは迷いなさいな」
「だって、先生、他に考えられません!」
「しょうがないわね」
わたしは次の箱の蓋を開けた。
「想像通りだったかしら?」
「『五種盛り合わせ』!」
「の材料のお肉よ」
してやったりかしら?
ふたりは固まった。恐らく金額に換算してるんじゃないかしらね?
「こ、これって金貨一枚どころの話じゃないじゃないですか! ど、どうなさったんですか?」
「そうね、これだけで何品作れるかしらね?」
ほらね。
「あら? 先生、一ブロック多いみたいですけど? 特別お口に合う物でも?」
「いいえ、六種目の肉なのよ」
「えええー? てことは…… あの町また一匹新種のドラゴン倒したんですか!」
「コモドドラゴンだそうよ。ドラゴンとしては最弱の部類らしいけど、お肉は柔らか目で、向こうではローストにしてたわね」
「もう食べたんですか!」
「当然でしょ。何か問題でも?」
「先生だけずるいですよ!」
「それは否定できないわね。正直自分でも信じられないくらいだから」
「どうやって手に入れたんですか?」
「たまたまポポラの実を探していたら、小人に遭遇しちゃってね。案内されて付いていったらドラゴンスレイヤーのお家に着いちゃったわけよ。信じられる? わたしは未だに信じられないわ」
「小人って……」
「もしかしてヘモジちゃん?」
「あら、知ってるの?」
「有名ですよ。若様の召喚獣ですよね」
「そうだけど」
「若様は去年の武闘大会の優勝者ですよ、先生。それにヘモジちゃんは今や知る人ぞ知る隠れ野菜マイスターですからね。彼の選んだ野菜は値上がりするって、投機筋も動いてるって話ですよ。うちのスタッフも野菜の買い付けの参考にしてるはずですけど」
「先生、ほんとに興味のないことには関心無いんですね」
「返す言葉がないわね」
「凄いですよ、若様は」
「お姉様があの『ヴァンデルフの魔女』だってだけでも凄いのに」
「そうは見えなかったわよ。身なりのいい普通の子だったけど」
「そこがいいんじゃないですか」
「噂じゃ、あのヘモジちゃんがひとりでドラゴンをやっつけたって言うし」
「そうなの?」
あのちっちゃなハンマーで? どうやって?
「召喚獣の力は術者に依存するって言うから、若様の魔力の凄さがおわかりになるでしょ?」
「全然」
「ですよね。言ってるわたしも半信半疑で」
「それより、これ食べていいんですか? 先生」
「勿論お土産なんだからそうしてくれると嬉しいわね」
「やった!」
「但し。わたしたちの仕事は何?」
「料理研究家です、先生!」
「これらを使った最高の料理を考えて頂戴」
「えーっ」
「先方にはレシピをお返ししようと思ってるの。他に見合うお返しなんてできないでしょ? だから。助っ人は自由に呼んで構わないわ。但し、自分の取り分が減るけどね」
「それは困ります……」
「でもその前に、フライパンを用意して頂戴。例のレストランのタレも貰ってきたから、まずはみんなで試食といきましょう」
「はい。先生!」
正直、引退も考えていたのだけれど、後進の育成なんていうのも面白い気がしてきたのよね。それにこの世のなかにはまだ知らない食材が埋もれていると分かったし、まだまだ人生楽しめそうよ。引退は大分先になりそうね。
それに一つだけ決めたことがあるのよ。
それは今度みんなでユニコーンを見に行こうってこと。
わたし、ユニコーンだけは見られなかったのよね。
長老には次のお祭りにも呼んで貰えるように交渉しておいたから、そのときはみんなでお邪魔しましょうね。
待ち遠しいわね。
ヘモジちゃん、またおばさんとお話ししてね。
「先生! お肉焦げてる!」




