閑話 人生リタイヤするには面白すぎる・その三
「いい所全部持っていかれちゃったわね」
マーローの講演が大盛況に終わり、お祭りが一気に盛り上がった。
「ナーナ」
「あら、慰めてくれるの。おばちゃん嬉しいわ」
来賓席なんて堅苦しい席にいたわたしの元に演台から下りてきたマーローがやって来た。
また嫌みの一つも言われるのかと思ったら「実はわたしこの町に来るのは四度目なんです。知人がこの村の祭りのことを知っていましてね。この町で踏ん反り返っているのは大変ですよ」
そう言って笑いながら長老たちの用意したテーブルに下がっていった。
何を言っているのか分からなかったけれど、わたしは彼の変化を好意的に受け取った。
「まーまーだな」
テトちゃんの友達のピノちゃんの感想にふたりの他の友達たちが頷いた。
この子たちはなんでもエルネスト様の船の専属クルーなんだとか。
随分幼い子がいるけれど、川に舟でも浮かべて魚獲りでもしてるのかしら?
「もう少し歯ごたえが欲しいかな。アースドラゴン程じゃなくていいからさ」
ピオトちゃんが言った。
「でも、ローストするのはありだよ」
「すっげー惜しい」
テトちゃんとピノちゃんが言った。
「惜しいじゃなくて、美味しいって言いなさいよ」
チッタちゃんがお姉さん風を吹かせた。
子供たちがコモドドラゴンの肉を食べながら好き放題なことを言っているけれど、これって……
リオナちゃんが祭りの幹事だってことにも驚いたけど、無料でお肉の食べ放題だなんて。しかもこれって正真正銘ドラゴンのお肉なのよね?
「お待たせしたのです。こっちがフェイクで、真ん中がファイアーで、左手がスノー」
「こっちはアイスとアースかな?」
リオナちゃんとレオ君が大皿を抱えて戻ってきた。
「『かな?』て何よ?」
ナガレちゃんに突っ込まれた。
「もう人がいっぱいで取るだけで大変だったんだよ!」
「これだから田舎者は」
ナガレちゃん、見た目と違って毒舌ね。エルフの里を田舎だなんて。
「クラーケンのマリネにイフリートの燻製、それからガルーダの皮お待ち、特製ソースで召し上がれ」
エルネスト様たちのチームのロメオ君という魔法使いの少年が、変った料理をまとめて持ってきた。
「ガルーダの肉、キープ!」
「キープなんてないのです!」
「あーッ、リオナ姉ちゃん、ずるい」
「足りなくなったら取ってくるのです!」
ガルーダの肉って皮だけを食べる…… あのレア食材の? ついこの間、宮中晩餐会で初めてお披露目されたという? 中央の貴族たちがこぞって買い漁っているという幻のお肉よね。
それにクラーケンのマリネとイフリートの燻製肉…… こんな食材も料理も聞いたことないわ。どんな味がするのかしら?
手が震えてしまうわね。
思わず長老たちと相席しているマーローの方を見やると向こうもこちらを見て苦笑いしていた。
溜め息しか出ない。
どれを食べても、普通じゃない。こんな食通紛いなことが当たり前に行なわれているなんて。
それも金貨一枚の『五種盛り合わせステーキセット』どころの騒ぎではないわ。金貨百枚でも安いくらいの材料を使った料理が無料で、しかも食べ放題でこんなにも大勢の住人に振る舞われているだなんて。
「ほい、トリケプトラ」
エルネスト様が本日一番人気の肉を携え戻ってきた。
「待っていたのです!」
リオナちゃんが飛びついた。
子供たちもガルーダの肉そっちのけで一斉に飛びついた。
「歯ごたえはいい感じ……」
テトちゃんが感想を述べた。
「ジューシーだけど…… 油に雑味がある」
「何気取ってんのよ。あんた肉ならなんでもいいんでしょ?」
チッタちゃんがピノ君の皿から一枚くすねて口に運んだ。
「うーん、ドラゴンの肉の前に食べておくべきだったわね」
「コクというか、うま味が足りない感じ?」
ピオトちゃんも感想を述べた。
全く以て正確な感想だわね。ドラゴンの肉を食べた後では何もかもが足りなく感じるわ。
「エミリーは正しかったのです」
リオナちゃんもうなだれた。
「若様、梃子入れを具申します!」
一番小さなチコちゃんが敬礼した。
「はいよ、調味料」
子供たちが思い思いの調味料で味付けをする。まるで貴族のテーブルを見ているようだわ。なるほどマーローが脱帽するはずね。ここには当たり前に工夫がある。
随分偏ってはいるけれど。
「ヘモジちゃん、ジュース分けてくれない? なくなっちゃったの」
他のテーブルの幼い子たちがコップを持ってやって来た。
目の前にいるのは辺境伯の息子だったり、教皇の孫だったり、エルフだったりするのに子供たちは物怖じしていない。むしろ慕っている感じだ。
日頃の関係が目に映る。
「ナーナ」
「樽はまだあるから持っていっていいそうよ」
ナガレちゃんの言葉に子供たちの顔が明るくなった。
とは言え子供たちに持てる重さじゃない。
「持っていって上げるのです」
リオナちゃんが席を立った。
子供たちが軽鴨の子供のように空のコップを携えてリオナちゃんの後に続いた。
新しい樽は空になった樽と交換にセルフサーブスの飲み物コーナーのテーブルに置かれた。
子供たちは台に載って自分でジュースを注いでいく。
「そう言えばこの野菜ジュース…… とても美味しいわ」
これだけ高級な料理にも負けてない。
「ナーナ」
「ヘモジが選んだ野菜で作った特製ジュースなんだ」
ピノちゃんが教えてくれた。
「ガラスの棟の売店で売ってるけど、すぐ売り切れちゃうんだよね」
チコちゃんが言った。
それから数々の武勇伝を聞かされた。
お祭りで出された高級食材のほとんどが彼らのチームによってもたらされたものだとか、明日の朝わたしが搭乗する予定の飛行船の発明がエルネスト様によるものだとか、そもそも『若様印』の若様とは彼のことだったり。
しかもこの幼い子供たちまでもが一枚噛んでいると言うんだから驚きよね。
充分お祭りを堪能させて貰ったわたしは、明日のクルーズに遅れないように早めに眠ることにしたの。ヘモジちゃんたちのお誘いもあったけど、長老が用意してくれた部屋で休むことにしたわ。もう若くないしね。
そしてまだ暗いうちに所定の場所に集合して空の旅に出かけた。
壮大な朝日が昇る景色を眺めていたら、悩みなんて吹っ飛んでしまったわ。
もう少し長居したかったけれど、もうお腹いっぱい。感動を一度に味わってしまったら勿体ないから今日のところは帰るわね。
帰る前にヘモジちゃんたちにたくさんお土産を貰ったわ。
厳選した野菜とか、お肉とか。
あの子たちのために新しいレシピを考えて上げないといけないわね。わたしにできるお礼なんてそれくらいだものね。
職場に戻るとわたしは病欠していた。夫が必死に手を回してくれたようだった。
その苦労に免じて、今夜は貰ってきたお肉と野菜でディナーを作って驚かせてあげようかしら。
職場で例の女の子たちの姿を見つけると、わたしは彼女たちを引き止めた。
「忙しいところ悪いんだけど。少しいいかしら?」




