エルーダ迷宮追撃中(四十七層・小型飛空艇を持ち込む)73
土後月一日。祭りも終わり、新しい月が始まった。いつの間にか紅葉のピークも過ぎて、そろそろ冬の訪れを意識し始める頃である。
そして今、僕たちは空の上にいる。
迷宮地下四十七階層、紅葉のこの字もない春めいた陽気の下、海岸線の断崖エリア上空をのんびり移動していた。
現在、迷宮探索用に開発した小型艇の試験航行を行なっている最中である。
夜の時間帯も近いので軽い気持ちで行く予定だ。観光がてら今まで来た道を俯瞰で眺めつつ、野戦に突入する予定である。
それと船に関して一つ大事なことを言っておかなければならない。
それは……
「ええとですね。商会で調査したところ、コモドドラゴンの『第二の肺』は他のドラゴンと違って未成熟であることが判明いたしました」
驚いていいのか、納得していいのか。僕もロメオ君から初めて聞かされたときはどう反応していいものか迷ってしまった。
ちょうど今のみんなと同じである。オクタヴィア、それは違う。両脇に樽を担いで股を開いた空き巣のような格好で固まっている。
僕たちは城の南、入り江からスタートし海岸線の絶景を眺めながら西に進んでいる。
「肺が未成熟と言っても紋章自体はちゃんと機能しているからね」
「袋の容量だけがアンバランスに小さいだけらしい」
道理で飛ぶのが下手なわけだよ。
「飛空艇には使えないってこと?」
「飛空艇にはね」
「でもこのサイズの船にならちょうどいい」
「もう分かってると思うけど、みんなの頭の上にあるあれが、その肺になります」
パチパチパチパチ。
「なるほどね。道理で重装備の割に高度が取れてたわけだ」
「要するに、アースドラゴンの肺よりは性能が高くて、正規のドラゴンよりは低いと言うこと?」
「言うなれば中型なのです」
「まあ、そうなるかな。商会はがっかりしてたけどね。これからはこのサイズより一回り大きな船も売り込んでいくからよろしくだってさ。この船は趣味で重装甲にしちゃったからこのサイズだけど、ちょうど第一世代の半分ぐらいのサイズになるってさ」
「商魂たくましいことじゃな」
「でも売れ線じゃない? 今までは余程の大商人か貴族にしか買えなかったけど、これなら無理すれば普通の商人でも手が出せるんじゃないの」
「コモドドラゴンがいればなのです」
「教会に一隻プレゼントしようかしら?」
「この世界が早くリセットされることを願うんだな」
「ほんとどういう仕組みになっているのかしらね?」
「早くリセットする方法を見つけたい!」
「ナー」
「家」
ヘモジとオクタヴィアが腹にロープを巻き付けられながら船の縁から下を覗いた。南の突堤にある例のコテージが見えてきた。
船の構造は以前の小型艇と大きく変っている。元々オプションでどうとでもなる船体だったが。操船のし易さという点では今まで同様、振り子鍋底型がよい。
が、船首ラム付け重装甲突撃型となれば形状は鏃型、船体重量を船首に集中させなければいけないので、振り子構造では船全体のバランスが取れなくなった。そこで今回は気嚢本体と居住ユニットの間をフレキシブルなロープではなく、強固なアームで固定することになった。
重心を取るために気嚢とユニットの取り付け位置はかなり後方にずれ込んでいるが、蠍の尻尾のような見た目が、リオナが踊るほど格好いいのだ。舳先の形状も片手斧の刃のような鋭い切断面を持っていて、燻し銀に輝く美しい姿には溜め息が出る。まさに戦闘に特化した突撃艇である。
とは言っても相手は選ばないといけない。これでドラゴンに挑む奴はただの馬鹿である。あくまで迷宮移動用のために趣味で作った一隻だ。ダンディー親父をうらやましがらせるのが関の山である。
実際、機動性は増したが、居住性は酷くなった。無風の迷宮内ならこれでもいいが、外界に出たら荒波に揉まれる木の葉の如しである。姿勢制御だけで魔石がどんどん削られていくことだろう。
振り子鍋底型を発展させるのがこのタイプの王道であることはほぼ確定である。
「なんで使いもしないラムなんて付けたんじゃ」
その一言に尽きるのである。
余り抗議が酷いようなら、従来型に変更したい。操縦するなら一体型のこのタイプの方が面白そうだけど。付き合うのは大変だ。
「わたしたち意外に歩いていたのね」
入り江からここまで続く景色を見ながらロザリアが言った。
「絶景を見ながらの移動じゃったからの。気が紛れたんじゃろう」
こんなに広い場所でほとんど敵に遭遇しなかったことの方が問題だよ。半日掛けて移動したエリアをわずか数分で通り過ぎた。
コテージが真下にある。
海に突き当たったので南西エリアを北に折り返す。
「進路そのまま、町のなかを飛ぶよ」
ロメオ君が言った。高い城壁がすぐ側に見える。
投石器や城のバリスタは沈黙しているが、この辺りにはまだ無傷のミノタウロスの兵隊がいるはずだ。
そう言えばこのエリアにはまだキメラが現われていない。
どこかで待機していたりしないものか? どう考えても落書きに連動した出現だと思うけれど、大きな空き地を探してみたりして。
落書きがあるとしたら、経験則からいって恐らく隣りのエリア。北のエリアからは織物工場に出た奴がいるので、出るとしたら南のどこかだが。
「あそこに洞窟があるのです!」
コテージを眺めていたリオナが指差した。
ヘモジもオクタヴィアも騒いでいる。
「洞窟見つけちゃうと、入りたくなっちゃうのね」
「冒険者の鏡じゃな」
ロザリアとアイシャさんに呆れられつつも、悲しい性か、僕たちは転進して見つけた洞窟に船を付けた。
コテージから見下ろす絶壁の崖っぷち。恐らくコテージのある辺りに下に降りる入口があるのだろう。正規ルートから外れて裏口からの入場である。全員転移したところで、船を回収する。
「便利なものじゃな」
ほんと、爺ちゃんの戦闘を見たときも思ったけど、『牢獄』って便利なスキルだよな。亜流でこれだもん。
入ってすぐ面倒を省いたかのように落書きがあった。また外周に点が増えていた。メモ書きも落ちていたので念のためにこれも回収する。
さあ、新しいキメラが南西エリアに登場だ。
こんなに近いなら船収容しないで、ロメオ君に待っていて貰った方がよかった。
船を浮かべて、全員で転移する。
『楽園』と『転移』の繰り返しで一気に魔力を持っていかれた。とびきりの付与があるので回復は早いのだが、さすがに倦怠感が。
万能薬を舐めている間に、ロメオ君は操縦席に座り船を発進させた。
だが、敵は現われない。なんでだ?
振り返れば大きな高波が! 空を飛んでいるこの船の高度ギリギリまで。
「うわぁああああ」
大きな波が入り江に流れ込んだ。投石機のある谷間まで一気に水が…… あれ?
「あらー」
「久しぶり」
「クラーケンなのです!」
「へー」
「わざわざ大海原探さなくてもよかったみたいだな」
四十何階層だったっか? フロアの存在意義がなくなったな。
ミノタウロスとあっという間に戦闘になった。
でも不利だ。投石機もバリスタも僕たちが潰してしまっている。しかも敵は都合が悪くなれば海に逃げてしまう。
「どうするですか?」
「漁夫の利と言いたいところだが」
ミノタウロスは壊滅状態だ。バリスタの援護がないのが痛すぎた。クラーケンのぬるぬるの巨木のような脚の前にはミノタウロス自慢の硬い斧も役には立たない。槍や弓、魔法が撃ち込まれるが、じれったくなる程有効打になっていない。
「ちょっと気の毒になってきたわね」
ナガレが言った。
「在庫はまだあるのです。お持ち帰りしたらアンジェラに怒られるのです」
他の肉ならそれでも持ち帰るだろうに。
「岩を落とすか」
「よっしゃ」
ナガレが電撃を放った。




