夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)37
二日目は、朝から順調だった。作業に慣れたせいか、敵らしい敵に遭遇しなかったせいか、相手にしていたのが大きな岩とか、川のせせらぎのような目印ばかりだったせいか。
この日は、ほぼ地図作成に終始した。
「ウィスプもいないな……」
的確に捉える手段があればいいのに。普段はただ浮いてるだけの石だからな。浮いてるんだから魔力を消費しているはずなんだけど。以前、国境警備をやり過ごしたときの兄さんの話にもあったけど、なだらかな魔力干渉は見つけにくいものであるらしい。
ほんのわずかな落差でも見つけられたら。距離がありすぎてはそれすら探知できない。
それはリオナやオクタヴィアでも一緒だ。ただ浮いているだけの奴を見つけることはできない。嗅覚も高原特有の雑多な匂いに紛れて難しい。そもそも匂いがあるのか僕には分からない。
魔力を使った瞬間を捉えるしかないのだが、その瞬間がこちらの命取りになることもある。こうなると存在があからさまなドラゴンの方が可愛げがある。
よくよく考えてみれば、パスカル君たちの探知能力向上が目的でもあったはずなのに。探知能力持ちがダンテ君とフランチェスカだけというのは、姉さんにしてみれば大きなミスだ。なんで事前に確認を取らなかったのか、持っているのが当然と考えたのだろうか? それともいつぞやの鬼ごっこをここでやって覚醒してやれと? 雑多な気が多すぎて却って集中を欠くのでは? 何を期待しているのだろう? 僕は何かアクションを起こすべきなのか? 学院でも上級になれば習得する授業を受けられると聞いたが。
アイシャさんに相談すると「こういうことには順序がある」と言われた。つまり分かってやっているということらしい。
二日目、僕の方の収穫はゼロだった。
一方、パスカル君たちは遅れを取り戻すことに成功していた。倒したトレントの数も十体を超えた。必要数の刈り取りは早くも終ってしまった。
三日目、森は終わり、代わりに高い尾根が現れた。
稜線に沿って僕たちは進路を北に変えた。
尾根の向こう側はまだ未開の地のままだ。いずれ飛空艇で探査することになるだろうが、今回はご近所巡りが先である。
高度が若干上がったせいか、また一段と冷えてきたが、冬装備が必要と言うほどでもなかった。トレントの心配がなくなったことで、足取りも随分軽くなっていた。基本的に豊かな地域であるらしく、僕たちを敢て襲ってくる敵もいなかった。空から以外は、だが。
小規模なワイバーンの巣が峠の上の方にあるらしかった。たまーに重い巨体が羽を広げて森に飛び降りてきては、獲物を捕らえて去って行く。地上スレスレを滑空して、餌を見事に捕らえていく奴は見ていて爽快だが、たまに地上に落っこちる不慣れな奴がいる。そうなると途端に情けない姿になって、よたよた歩きの酔っ払いみたいな足取りで、飛び立てる位置まで坂を上り始めるのである。うまく羽ばたければいいが、横着する奴は低い位置から飛び立とうとしてひたすらループする。そんな奴にたまたま見つかった獲物は気の毒としか言いようがない。
アイシャさんの指示で、パスカル君たちにまず見本を見せることになった。ワイバーンほどの大物と対空戦をしたことはないだろうから、まず見て覚えろというわけだ。
と言っても、うちの連中は容赦がないから、参考になるかどうか。
まずナガレが集団に一撃をお見舞いして簡単に数匹を仕留めた。ロメオ君もロザリアも一撃で倒した。
ロザリアは久しぶりに光の槍を使っていた。以前より数段威力を増していたが、射程がない分ギリギリまで引き付けてからの一撃だったので、見ているこちらがはらはらした。
どれもこれも余り参考にはなっていないようだった。餌役になっていた手頃なサイズのチョビですら『つまらない』と言うほどに。装備の性能自体が違うのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。もう少し手を抜いてもいいんじゃないだろうか?
案の定、これがパスカル君たちになると大騒動になる。
雷を落としても一撃では仕留め切れずに、地面に落ちたワイバーンに暴れられて、臭い息を吐きかけられる。尻尾に奇襲を受けて、すんでのところで死にかける。
見かねたアイシャさんがヘモジに合図する。
ヘモジは盾で障壁を張り、返すミョルニルでワイバーンの首をへし折った。
「ファイアーマン! お前に持たせた盾は飾りじゃないぞ!」
アイシャさんの言葉にファイアーマンは目を泳がせながら頷いた。目の前でヘモジが腰の据え方をレクチャーしている。
あんなでかい奴の突進を前に、盾一枚で立ちはだかるのは胆力の要ることだ。頭で分かっていてもそうそうできるものではない。一度、経験してしまえば性能を信じられるようになるのだが。いきなりは可哀相だ。
馬鹿な一匹が懲りずにこちらに向かって降下してくる。
今度こそとファイアーマンが盾を構える。
だが敵は反転した。何かが落ちてくる。
「あ、あれは不味いね」
僕も結界を張った。
爆弾が地面で炸裂した。
ベチャッ。僕たち全員を覆うほど広範囲に散布された。
「……」
「糞だ」
それも特大……
どうやらファイアーマンの盾も正常に機能したようだ。パスカル君たちは全員無事、被害を免れた。
だが、移動に際し全員の靴の裏が被害を被った。
召喚獣はすべて再召喚。あの足のまま肩に乗られたらたまらない。ヘモジやオクタヴィアに至っては身体ごと埋没しそうだった。
オクタヴィアだけは再召喚ができないから、悲惨だった。じっとしていれば主が助けに行ったのに、自分から動いて糞まみれだ。飼い主は接近をためらって、便利屋の僕に行かせた。
安全な場所でまずは水洗い。次に浄化。次に消臭。リオナが確認してまだ匂うと言うので、もうワンセット。
温風で乾かして終わりだが、それでもまだ匂う気がしてならないというので、浄化と消臭を最後にもう一度掛けた。
ワイバーンの第二波は来なかった。わずかばかりの報復で諦めが付いたようだ。
きらりと光る、微かな輝き。
失念していた。
「やばい。ウィスプだ!」
ブリザードが僕たちを突然襲った。
糞の沼に戻ることもできず、僕たちは近くの森に走った。
風除けになりそうな茂みに隠れて、ロメオ君とファイアーマンが盾を並べた。
「誰だ、ちょっかい出したのは?」
「ウィスプなのです」
「いや、そうじゃなくて」
「だから敵もウィスプなのです」
リオナが叫んだ。
「はあ?」
そんなこと有り得ない。自分からは決して攻撃しないのがウィスプだ。それが戦い合うなんてどういうことだ?
「あっちに、さっきナガレさんが倒したワイバーンが落ちましたけど」
双子の片割れが言った。ええと、右巻きだからオリエッタだ。
「もしかして襲撃だと勘違いして、双方が攻撃。そして、敵を履き違えて現在に至る?」
「ま、そんなところじゃの」
しばらく距離を置くことにした。みんなで土壁を作ってやり過ごした。
森の獣たちが右往左往している。
「また生態調査ができなくなるよ」
パスカル君が愚痴をこぼした。
「あの辺りはもう済んでいるのです!」とリオナが胸を張った。
たくさんの蹄の音がする。何かの一軍が接近してくる。
「うわっ」
突如、頭の上をでかい冠大鹿の群れが通過した。僕たちの作った壁を軽々飛び越え通過していく。
「危ない、危なっ!」
僕たちは急いで壁に貼り付いてやり過ごした。
大きな尻が土埃を上げて森のなかに去って行く。
「あれ鹿よね? あんなに大きいのもいるのね?」
先生が声を震わせた。
「冠のような大きな角のせいででかく見えるだけじゃ」
都会で飼育されているのとは別物だよ。あんなの飼ってたら毎日が脱走騒ぎだ。
「鹿肉……」
リオナがずっと見送っている。
恐らくあの冬景色のなかに逃げ遅れた奴がいるだろう。そいつを食ってやれ。供養になる。
ウィスプ同士の戦闘は続いていた。




