夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)36
周囲を壕と壁で囲って、即席の椅子とテーブルを置いた。屋根は森の木々に任せて、明かりも木漏れ日に任せた。
今回はアイシャさんの独断で、携帯してきた食料ではなく、集めた食材でみんなで作ることにした。
アイシャさんが言うには、調査対象もいないことだし、この辺りで緊張をほぐして、心機一転、再開した方が午後の効率がいいだろうとのことだった。ついでにこの地の植生を知るいい機会だとも言った。
男連中は近くの沢に魚を捕りに向かった。僕やロメオ君も同行した。これも調査の一環である。
「川の一方を塞いで」
「全部ですか?」
「いや、中心に行くほど流れが速いから、程々でいいよ。丸ごと獲る気はないからね」
「じゃ、僕が」と言ってダンテ君が腕をまくった。シャイな彼もすっかり打ち解けて、目深に被っていた帽子も、今では眉毛の上、髪の付け根に迫ろうとしていた。三角帽子の頂点は今にも後ろに倒れそうだった。
ダンテ君は土魔法で川底を迫り上げようとがんばっていた。
「駄目だ。うまくいかない。土魔法じゃ固まらないよ。みんな流れちゃう」
額に汗が吹き出ていた。
「水は天敵だからね。湿った土ほど固まらないよ」
パスカル君が講釈を垂れる。
「燃やすか?」
ファイアーマンが意気込んだ振りをする。すぐに突っ込みが入る。
「じゃ、凍らせちまおうぜ」
面白いことを始めた。
氷の杭をどんどん突き立てていきながら、ファイアーマンはその上を渡って川の中程まで歩いた。後ろからパスカル君が杭同士を繋げるように水を凍らせていった。どうやら上を歩いたのは川底に杭を食い込ませるためだったらしい。水より軽い氷は浮いて流れて行ってしまうから。
チョビとイチゴは手頃な大きさになると既に狩猟を始めていた。大きな鋏には大きな魚が掴まれていた。
「今食ったら、料理食えなくなるぞ」
子供たちの準備は済んだ。僕はチョビたちにも川から離れるように警告した。
そしてカウントダウン。
「三…… 二…… 一…… !」
雷攻撃を水面にぶち込んだ。
魚がプカプカ浮いてきて、ファイアーマンたちが作った堰に引っかかり、次々流れ込んできた。
大漁だ。
一回の食事には多すぎる量を確保した。手頃な大きさのものを数匹見繕って残りは逃がした。
すぐ目を覚ましてまた泳ぎ出すだろう。堰も自然に溶けて消えるしな。
それにしてもでかいのが獲れた。パスカル君たちがひとりで一匹しか担げないような大きな魚だ。熊がよく食べるというサケという奴かな?
持てない分はチョビたちの背中に括り付けて帰還した。
鍋やフライパンの類いは持ち込んでいなかったので、手頃な岩をくり抜いて大きなフライパンというかプレートを作った。そこにバターを引き、芋やキノコやら、アイシャさんと女性陣が集めてきた食材を放り込んで炒め、そこに僕たちが捕ってきた魚をぶつ切りにして放り込んだ。
「なんだか凄いね」
プレートに魚の身が焦げ付いてもお構いなし。味付けは塩と胡椒とハーブだけだ。
できあがった料理はぐちゃぐちゃだった。これを料理と呼んでいいものか。
肉が入っていないだけで凹んでいたのが一名ほどいたが、バターの香ばしい匂いには勝てなかったようで、お皿に盛る気満々で待ち構えていた。
食べきれないだろうと思っていたが、きれいに完食してしまった。
デザートはやはり森で採れた果物だった。山桃を随分と集めてきたようだ。
女性陣のメインはこちらのようであった。
当たりは甘いが、熟していないと酸っぱいぞ。と言おうとしたら、酸っぱさに数名の女子が顔をゆがめていた。
男連中はウーヴァジュース片手に大きな欠伸をしていた。
チョビが僕のリュックのなかで蠢いていた。オクタヴィアのクッキー缶を探しているようだった。
なんだ? 口直しか?
「食べたい?」
オクタヴィアが尋ねた。すると蟹が何か言った。
「今出してあげる」
珍しいことがあるもので、オクタヴィアはクッキーをチョビとイチゴに躊躇なく提供していた。今の二匹は肩乗りサイズなので大量消費はないと見越してのことだろうか? その証拠にヘモジが近付いたら、缶を隠すように抱えて慌てて距離を取った。
リオナが山桃が載った皿をウーヴァジュースの入ったピッチャーの上に載せて持ってきて、僕の隣に座った。
「強かったですか?」
相変わらず戦闘の虫が騒いでいるようだ。いきなり聞いてきた。
「手を出したら瞬殺だぞ。僕でも離れたところからチマチマだ」
「そんなに強いですか?」
「強いな。見つけてもやり過ごすんだぞ」
「駄目ですか?」
リオナは食い下がる。
「一瞬で凍っちゃうからね。僕の結界でもやっとなんだから」
「それは大変なのです」
がぶっとハンバーグサンドをかじった。
「あっ、コラッ!」
「何集めてるですか?」
肩でブロックされた。
「内緒。サプライズの一環だ。ちゃんとリオナの分もあるからな」
「ほんとですか?」
「ほんとだよ。問題は注文の数だけ獲物がいるかなんだよな」
「あんまり見当たらないのです」
「いられても困るんだけどね」
食後は動けなくなるもので、しばし長居することになった。その分リオナとオクタヴィアが地図を広げて事前調査で忙しくしていた。
ウィスプの影響下を完全に脱出できたと思えたのは移動を再開してから一時間ほど経過した辺りからだった。地図の分布と生息域が嵌まり始めた。
こうなると安心感が広がる。すべてが予測の範囲内に収まるからだが、トレントだけはどうにもならなかった。足がないだけましというものだが。
僕とロメオ君は空を飛び回り、確認作業に大忙しだ。その間にパスカル君たちは前進、索敵と戦闘に明け暮れた。遅れを二割程取り返したところで日が暮れた。
本日の工程は終わりである。
さすがに夜は頑丈な家を作った。今度はドームの屋根付きだ。
遠距離探知できる者だけを残して早めに休ませた。
見張りはふたり交代制で、僕とオクタヴィア、アイシャさんとリオナでローテーションだ。
怖いのはウィスプだ。突然接近されて暴れられたらあっという間に全滅だ。壁はこれまでにないほど厚くした。何層にもして空気の層も増やした。異世界の知恵では空気の層を増やすことで断熱効果を発揮するらしい。即死を免れればなんとかなる。
いつになく探索に力が入るが、静かに耳をそばだてる程に眠くなる。オクタヴィアは頭を垂らしてピクリとも動かない。猫の癖に随分頑張っていたからな。
僕は小さな火の魔石を傍らに転がしてやった。
夜行性の動物たちがたまに通り過ぎて行く。
今もまた鹿が数匹、この小屋を警戒して、遠目から覗き込んでいる。親子か…… じっと見つめている。
トレントを見つけた。大きな蛇と格闘を始めた。蛇が必死に逃げようともがいているが、トレントの枝は蛇の身体を締め上げ離さない。小さな枝もどんどん巻き付いてきて蛇の姿を覆い隠した。
ファイアーマン、お前もしかしたら危なかったかも知れないぞ。あの太い枝に連なる枝は飾りじゃなかったようだ。
やがて蛇の亡骸は繭のように枝に覆われたまま大きなこぶのようになって枝の一部と化した。
目的のウィスプは見つからなかった。
オクタヴィアがくしゃみをした。
「お大事に」
僕は紅茶を口にした。冷めてきたので、カップ越しに温め直した。
静かな夜はまだ序の口だった。




