夏休みは忙しい(パスカル君と夏休み)35
「ああッ!」
なんだ、これ?
『魔弾』を装填して『一撃必殺』を発動させたら、簡単に反応が返ってきた。どう見ても、前回の獲物より倍は年期がありそうなのに。
どういうことだ?
何度プロセスを確認しても同じ結果になった。
『魔弾』は奴の防御能力では防げないのか?
「ああ、そうか!」
魔素だ! 奴は魔素の状態では中和できないんだ! そうだよ。奴は長い年月掛けて魔力を吸収するんだ。魔素を直接吸収できるなら、そんなに時間が掛かるはずがないんだ。魔素は魔力溜まりと違ってどこにでも存在するんだから。
姉さん! 知ってたんなら、言ってくれよ! 実の弟にまでスパルタじゃなくてもいいだろ? どんだけ怖い思いしたと思ってるんだ!
もう流れ作業である。と言いつつ深呼吸する。
『一撃必殺』が反応するなか、息を凝らして、徐々に力を抜いていく。
消えた!
『魔弾』を発射した。
吹き荒ぶブリザードの第一波がまたやって来た!
だが、次の瞬間、勢いをなくして四散した。
結果は一見して前回と同様であったが、外周部の森の生き物たちは全身に貼り付いた霜を振り払って、行動を再開していた。
さすがに中心部は壮絶な景色になっていた。が、そもそもウィスプに近づこうと試みる輩はいないので、被害は樹木と逃げる気のない連中だけで済んでいた。
魔力を一気に放出して空っぽになった石が転がっていた。人だったら髪が真っ白になってるところだな。
凍った核を溶かしながら拾い上げる。
「ただの丸い石だな」
擬態なのだろうが、よく見ると透き通った茶色いツルツルの石だ。弾くと、石のなかが一瞬光って白くなる。僕は核を前回のとは分けて別の金属瓶に仕舞い封印を施した。
ゴールは遠いな……
「あ!」
トレント発見。それも二体……
暴風が吹き荒れ、めちゃくちゃになったまま時が止まったような森の残骸のなかにそれはいた。
「へー、これがトレントか」
周りと見分けが付かんな。
僕は根元から見上げた。
二本の太い枝が暴風を防ぐために、不自然に幹の手前で交差している以外、周囲の木々とさしたる違いは見つからなかった。
ここまで似てると、一種の才能だな。
凍った相手に薪を焚いても反応しないだろうから、リオナの母上の説の検証はまた今度にするとして、希少な枝を貰って帰ることにした。
でもこんなに癖が付いてて大丈夫なのかな? 思い切りねじ曲がっている。
ふと疑問が沸いた。
『腕は生え替わるのか?』
曲がった枝では商品にならんだろうし、この際試してみるか。
僕は『無刃剣』で枝を一瞬で切り落とした。
「あ」
交差するようにねじ曲がっていた枝が、切り落とした瞬間、メキメキと氷を砕きながら枝振りをピンと伸ばした。
なるほど、なんらかの方法で柔らかくした枝を魔力で操っていたのか。と勝手な解釈を入れる。
腕がないと養分の回収に支障を来たすだろうが、根っこから養分を吸収するだけでも、大丈夫だよな?
こいつと奥の一体を観察対象とする!
どれくらいで生えてくるのか、こないのか。枯れてしまうのか、枯れないのか、実験である。
念のために幹に印を刻む。
『ヴィオネッティー家所有。実験中につき手出し無用』
見違える程真っ直ぐに伸びた大きな枝を四本回収して腹に収めると、氷を溶かしてやった。
ふふん。これで四人分確保だ。こっちは順調にいきそうだな。
痛みを訴えるようなら止めを刺してやる気だったが、本物の木のように反応がなかったので、放置してみんなの後を追った。
敵がいないせいか、パスカル君たちは随分先行しているようだった。
僕はフライングボードを出して追い掛けた。
空から見た森はスプレコーンに負けず劣らず、大きくて深かった。
戦闘中であった。
パスカル君たちはまさに行く手を阻むトレントと戦闘を繰り広げていた。高級木材になる枝を残して攻撃するのに苦戦していた。
「ちょっとなんとかならないの!」
ビアンカが泣きを入れた。
「大丈夫だビアンカ! うまくいってるよ!」
挟み撃ちにしているパスカル君が、一撃を太い枝の根元に撃ち込みながらなだめた。
見える位置から覗くと、根元部分がもうすぐ切り落とせそうだった。
トレントは構わず二本の長い枝を振り回して、攻撃と防御を繰り返していた。
「くっそー、動き回りすぎだろ! この腕」
「腕じゃないから」
「こんな時に突っ込むなよ! オリエッタ」
「ヴェロニカよ!」
「あーもう、燃やしてーよ」
ファイアーマンも嫌気が差しているようだ。
トレントの攻撃手段も防御手段も二本の長くて太い枝だ。本来真っ先に封じなければいけない部位を「攻めるな」と言われているのだから、「やってられるか!」という気持ちになってもおかしくはない。それでも悪態をつく以外はみんなうまくやっていた。
ふたりずつ組になり、挟み撃ちにしながら、陽動と枝を切り落とす係とを交互にこなしていた。
遂にメキメキと音を立てて枝が一本、引き裂かれた。長い枝がゴロンと地面に転がった。落ちた途端、枝は緊張をほぐしたようにだらりと伸びた。
やっぱりああなるのか。
戦闘は大分落ち着きを取り戻した。半分が安全地帯になり、全員が片方の枝に集中できたから。それでも枝振りのいい先端にときたま突っ込みすぎたファイアーマンが引っかかれていた。
やがて、トレントは動かなくなった。
枝が二本なくなって干渉できなくなっただけだが、これ以上の戦闘は無意味と全員手を止めた。ここで終了である。
取り敢えず、腕代わりの枝がなくなって益々紛らわしくなったトレントを見分けるために、印を付けた。
「これどうやって運ぶんですか?」
パスカル君は自分たちの身長より遙かに長い二本の枝を見て聞いてきた。胴回りも負けてるかも。
「ちょっと失礼」
僕は乱暴にへし折られた切り口をきれいに切り落とし、枝を払った。これにはパスカル君たちも感嘆の声を上げた。
転送する振りをして『楽園』に放り込もうとしたら、「これを使え」とアイシャさんに言われて、行き先不明の転移結晶を渡された。
「解体屋行き?」
「行き先は聞いてないが、そんなところだろう」
転移結晶でゲートを開いて、僕は枝を送り出した。ついでに僕の持っている凍ったままの枝も放り込もうと思ったが、ギャラリーが多いので止めておいた。後でこっそり送っておく。
「ちょっと」
僕はパスカル君を呼んだ。
「みんな氷魔法持ってるんだから、凍らせちゃえば楽だったと思うよ」
助言をしたら「ああ、そうだった」と、手のひらに拳を打ち付けた。
なんか、兄弟弟子だなと納得してしまった。
「それで、どうやって見分けたの?」
僕は尋ねた。
「それがですね。リオナちゃんがファイアーマンに『薪に火を付けろ』と言ったんですよ。それで手頃な木片に火を付けたら」
「もしかしてソワソワしだしたとか?」
「当たりです。一発で分かりましたよ」
リオナのお母上、ありがとう。役立ったみたいです。
「そうか、松明を持って歩けば、向こうから動いてくれるか。楽ちんだな」
僕はリオナたちの元に戻った。
アイシャさんに尋ねた。
「知ってました?」
「いや、こんな単純な方法があるとは思いもせなんだわ。それよりそっちは早かったの?」
「こちらも単純化したんですよ」
「予定より大分遅れておるが、そろそろ昼にしようかと思うんじゃが」
もう一戦ぐらいしておきたかったという顔だが、肝心の調査対象が留守では仕方がない。
僕たちは昼にすることにした。




