エルーダ迷宮迷走中(サイクロプス編)27
森のなかをふらついている一匹のサイクロプス・オルグに銃弾を浴びせる。
銃弾は肩口に命中し、肩当ての一角に穴を開けた。
オルグは怒り狂って周囲を見回す。
二発目をわざと外し、音を立てて逃げる。
気付いたようだ。
咆哮を上げながら襲いかかってくる。
うわっ、足早ッ!
僕は必死に逃げる、木々の間を縫うように。引っこ抜いた大木を投げつけられようと、大岩を蹴飛ばされようと逃げまくった。
そのうち距離が開き始め、オルグは足を止める。僕を捕まえられないと判断したのだろう。オルグは元の森に戻ろうと踵を返す。
あと少しだというのに。ここまで来て諦めて貰っては困る。
僕はもう一発、今度は尻にぶち込んでやった。尻には生憎、鎧を付けていない。
叫び声を上げた。
いきなり棍棒が飛んできた。
「うわっ!」
結界ではねのけた。
そうだ!
残りの二匹がいる方角に転がしてやる。土魔法で土を盛り上げ、風で煽り、棍棒の転がるコースを換えた。
坂を見事に転がり落ちて、棍棒は下にいるサイクロプス・ルサンの目の前に落ちた。
僕は咄嗟に姿を隠す。
「まだ早い」
レルムがまだだ。
僕は茂みのなかを移動し、森の外れで警戒しているレムルに接近する。サイクロプス・レルムに照準を合わせる。
ちょっと距離があるが、当てるだけなら問題ない。
視界の端に、棍棒を取りに警戒しながら坂を下るオルグの姿が見えた。
ルサンとオルグが互いを目視したのだろう。後ろから威嚇する声が聞こえる。
僕は一撃を浴びせた。
レルムは怒りの形相を浮かべ咆哮を轟かせる。ここまで空気が震えた。
レルムはオルグを襲わんとするルサンに気が付いた。
レルムの雄叫びにルサンとオルグも気が付いた。
三匹は互いをにらみ合い、咆哮を上げ、互いを牽制しながら、距離を縮め始めた。
しめしめ……
僕は茂みのなかをゆっくりと後ずさる。
だが、予期せぬ事が起こった。
森のなかに、丘陵地帯の彼方に、咆哮が伝言ゲームのように伝播していったのだ。
そしてその声に応えるかのように周囲一帯がざわめき始めた。
森のなかからワラワラとそれぞれの種族の増援が姿を現わした。
「あれ?」
なんか不味い雰囲気なんですけど……
見渡す限りサイクロプスの群れだ。鎖を引きずる者。巨大な斧を持つ者。鍬を持つ者。五十体以上、否、百体近くいるだろうか。
「グウォオオオオオオ!」
空気を振動させる咆哮と共に、互いの群れが一斉に駆け出し、ぶつかり合った。
壮絶な殴り合いが始まった。
僕は転移してその場を後にし、みんなと合流した。
「大変なことになった。ここもやばいよ」
「せっかくの魔石が……」
こんな乱戦では取りにも向かうまでに消えてしまう。
「こっちからも打って出るのよ。外側から潰すわよ」
魔法解禁になったせいでナガレのテンションが高い。
「僕たちが参戦しちゃいけないとは書いてなかったよね」
ロメオ君もやる気だ。こんな馬鹿なことでもなきゃ、お互い滅多に全力出せないもんな。
「アイシャさんは?」
「妾は保護者だからな。行くというのなら付いていくぞ」
それを言うなら「行かせるわけにはいかない」だろ? 自分も暴れたいんじゃないか。
リオナは言うに及ばず、ロザリアもみんながやるならと頷き返した。
「じゃ、みんな、がんばって魔石を回収しよう」
「おーっ!」
僕たちの進行はたまたまそばにいた群れが左にいたので、左回りに殲滅していくことに決まった。
いきなりナガレの一撃が落ちる。
目の前の巨人が大地に沈む。
周囲にいたブラックドッグが涎を垂らし、吠えながら接近してくる。
「ナーッ!」
ヘモジが前進。僕たちの前に出て、ミョルニルを横一線、薙ぎ払う。
三匹がぐしゃりと嫌な音を立てて吹き飛び、残った一匹は遠巻きに吠えていたが、投擲されたミョルニルに頭を潰された。
咆哮が別の角度から聞こえた。
銃弾が一つしかない眼球を貫いた。リオナの『ソニックショット』があっさりとサイクロプスにとどめを刺した。
一つずつ魔石を回収しながら、僕たちは地味に進む。
三つ巴発見!
優勢だったのはレルム族だった。一方ルサンはもう両腕も上がらない状態だった。オルグの棍棒がとどめを刺したが、同時にレルムがオルグにとどめを刺した。
そしてそのレルムをヘモジが片づけた。
魔石の回収を待つ間に、ヘモジは周囲を蹂躙して戻ってくる。
「ナーナナー」
はいよ。僕は再召喚してやる。おお、段々ごっつくなるな。
「ナーナナー」
偉いぞ。ポリシーは貫かれた。格好を付けて登場したヘモジは再び戦場に消えた。
僕は巨人が石に変換されるタイミングで、ゆっくり前進していく。おかげで味方が包囲されることはなかったが、フラストレーションは却って溜まってしまったようだった。
そんな折り、団体さんを見つけた。
敵味方三十体ほどが川に架かった橋を挟んで戦闘を繰り広げていた。
魔法が飛び交い、半数があっという間に消えた。
共通の敵を見つけたとばかりに、いがみ合っていた連中がこちらを標的に加えた。
邪魔な犬は衝撃波で一瞬で葬られた。
別の方角にいた一団が、合流して、殴り合いが加速した。加わった連中はオルグ族だったらしく、レルムとルサンは窮地に追い込まれた。
そこに落雷やら雷爆やら銃弾やらが飛び交い、見る見る数が減っていった。
全員仕留める頃には、最初の遺体が石に変わり始めていた。
これだけやって、全体の四分の一だ。残りの連中は半数が死に、残りはまだ戦っていた。
僕たちの回収速度は増していく。
半分が共倒れで減り、生き残りも疲弊しているので、やりやすくなる一方だった。
結局、回収速度は、減少に追い付かず、最後は石を漁るのみになった。
大分無駄になったが、それでも土の魔石(大)は八十七個、(中)二十八個を数えた。
「大量だった」
安く見積もっても魔石(大)は金貨四十枚。全部で三千四百枚を超える。一人頭、七百枚弱である。
丘を一つ越えると、まだ三体ほどが戦っていた。
どうやらそれぞれの族長らしい。持っている武器はそれなりだが格好は他の連中と大差なかった。
力が拮抗していて、勝敗が付かないようだ。
「どうしたものか」
メモ通りのことはしたけど、どうすりゃいいんだ?
考える間もなくナガレが雷撃を食らわせた。三体のサイクロプスは息絶えた。
「はーっ、はっはー。わたしたちの完全勝利よ!」
お前な…… もしかしたらイベントとかあったかも知れないんだぞ。
なんのために三つ巴にしたのか。
僕たちは倒れた族長の周りに集まった。そして何かが起こらないものかと周囲を警戒したが、結局、石と装備だけが残った。
レアな武器かと思ったら只の鉄製の斧だったり、棍棒だったり、見た目だけの物だった。
魔石(大)の合計がちょうど九十個になった。
僕たちは、しばらく待機したが何も起こらなかったので、諦めて出口に向かった。
出口の洞窟の前で、毛色の違う一体のサイクロプスが杖を置き、大岩の上に座り込んでいた。




