エルーダ迷宮迷走中(神樹の宿り木入手編)28
「トウトウコノトキガキテシマッタカ。アワレナモノダ」
真っ白な髪と肌をしたサイクロプスは筋骨隆々の身体をゆっくり起こすと、僕たちに話し掛けた。
「ワガキョウダイタチハ、コノダイチガヒトツヅキデアルコトモワスレ、ナガイネンゲツアラソッテキタ。ヤバンナホンノウコソガ、ジブンタチノチカラダトシンジテ」
白いサイクロプスの顔には知性が見られた。たった一つの瞳には悲しみが溢れていた。
「ドウクツノシジハ、ワシガヨウイシタモノダ」
「自分で終止符を打ったというのか?」
「シュウシフデハナイ。ハジマリダ」
白いサイクロプスは立ち上がり遠くを指差した。
すると森のなかからサイクロプスが大勢姿を現わした。
『サイクロプス・ニューエイジ』
「セカイハアノモノタチニヒキツガレタ」
サイクロプスは出口のある洞窟の壁を伝いながらゆっくりと身体を動かすと、荷物のなかから木の苗を一つ取り出した。
「コレハホウビダ。トテモキチョウナキノナエダ。ダイジニスルガヨイ」
双葉が木の枝から生えているだけの鉢だった。
サイクロプスは杖をつくと、仲間の待つ森のなかに足を引き摺りながら消えた。
「キュクロプス……」
アイシャさんが呟いた。
「神の世界に住んでいたとされるサイクロプスの先祖のことです」
ロザリアが答えた。
確かに妙な威厳があったな。
「で? 結局なんだったの?」
ロメオ君が言った。
「神話をもじったイベントでしょ?」
ロザリアが即答した。
確か、野蛮で、問題ばかり起こす下界の兄弟種族に神の襲撃を知らせず、見殺しにした巨人の話だ。巨人は結局そのことを後悔して己の目を潰し、盲目になるのだが、その子孫は必ず片目を失って生まれてくることになったという、サイクロプス誕生の逸話だ。
教訓にもなりゃしない。
「あれだけやって報酬はこれだけ?」
余程貴重な苗なのか?
僕は受け取った鉢を見下ろし、『認識』スキルを発動した。
僕の知らない何かだということはよく分かった。
「これ宿り木、宿り木! 凄い、凄い!」
オクタヴィアが興奮して僕の周りを駆け回り始めた。
「凄い、凄い」
止めろ、目が回る。
「宿り木?」
全員が見守るなか、アイシャさんは鉢を確認した。
「どう?」
報酬に見合う物だった?
アイシャさんは大きな溜め息を付いた。
「参ったわね」
僕たちの顔を順繰り見回した。
「これ、『神樹の宿り木』よ」
「なっ!」
思わず声が出た。
「金枝……」
ロザリアも息を飲んだ。
「この枝が?」
不思議そうにロメオ君が覗き込む。
「違うわよ、この葉っぱの部分よ」
「宿り木ってことは、この枝が神樹の枝ってこと?」
「そうなるの。じゃが、普通、これワンセットで『神樹の宿り木』と言うんじゃ」
アイシャさんの説明では神樹の恩恵というものは兎角、人の目には見えないものらしい。
数少ない恩恵の形の一つが『神酒』であったり、この『神樹の宿り木』だったりするのだそうだ。神樹の枝を折ったところで、枝は何の力も発揮しない。でも枝に宿る宿り木は神樹から養分を得て、金枝となり、様々な効力を発揮するという。その効力の一つが、なんと万能薬の原材料であるということである。
「でもこれっぽっちじゃ、すぐなくなるのです」
「植えれば成長する」
「どこでもいいの?」
「我が家の中庭にでも植えておくのが安全じゃろうな」
「養分とか大丈夫なのかな?」
「大丈夫じゃ。ナガレが水脈と地脈に細工しおったからの」
「細工じゃなくて、改良よ」
「金枝が我が家に……」
ロザリアは倒れそうだ。教会では金枝は宝物である。神事の象徴であり、奇跡の体現である。
「リオナの森も賑やかになるのです」
リオナは単純に喜んで、匂いを嗅いでいる。
「ほんのり甘い香りがするのです」
凄い認識の落差だ。
僕たちは脱出部屋を目指しながら、神樹の手入れの仕方をアイシャさんから教わった。
そして、この日の狩りは切り上げられた。
「こんな物騒なものを持ったまま狩りは続けられない」というのが全員の意見だった。
僕たちは早々に帰宅し、植樹することにした。
僕とロメオ君は魔石を処分しにギルドに赴き、その足で先日のワイバーンの巣の金銀財宝の報酬を受け取りに修道院に向かった。
金銀宝飾品売却で金貨枚一千四百枚、魔石代金貨三千六百枚と合わせて、金貨五千枚、一人当たり千枚である。
「また家族に何か言われそうだよ」
帰宅すると、リオナたちが騒いでいた。
「木がおっきくなったです。葉っぱも伸びたです」
リオナの部屋を覗くと植木鉢程度の大きさだったものがアイシャさんの身長より高く育っていた。
「神樹の枝が内包していた力でここまでなったが、もう力は残っておらん。ここからは普通に育つじゃろう」
「部屋に収まらなくならない?」
「そのうちにな。でもその頃にはこの家の方が朽ちておろうの」
宿り木の葉が増えていたので一枚失敬した。
僕はすぐ調合用に加工して、先日の霊水と一緒に一瓶こしらえた。一瓶は普通に、もう一瓶はいつもの僕の製造方法で。霊水のときと同様、普段の製造方法に宿り木だけを混ぜたものもこしらえた。どういう結果が出ることやら。
「霊水と宿り木とはな」
さすがの姉さんも呆れていた。
「それで、ヘモジは四十になったの?」
ヴァレンティーナ様はコタツに入ったまま、溜まった書類の整理中。
「本人も頑張ったんですけど、残念ながら三十六止まりで」
「明日もう一日行けば楽勝だな」
「だといいけど」
「次の階層の獲物は何かしら?」
「サンダーバードです」
「雷鳥?」
「ワイバーンの話を聞く限り、問題ないだろう」
「やっぱりレベル調整あるのかな?」
「恐らくな。現実レベルだと酷い目に合うからな。取りあえず雷属性の防御だけは完璧にして行くことだ」
日頃便利に利用させて貰っている雷魔法を敵が使うのだ。しかも空から来るとなると結構な脅威だ。
「で、ゲレンデの候補地は見つかったの?」
僕は地図を出した。ここに来た用件である。秘密基地は取りあえず諦めたので、報告に来たのである。
「専門家じゃないんで、細かいことは分かりませんが、飛行船の周遊コースにもなるかと思います。ここに川が流れていて山岳氷河も見られました」
書類の間からヴァレンティーナ様が顔を覗かせた。
「そうね。あの辺りは観光の目玉になりそうね。ゲレンデの方はどうせ春以降の着工だし、取りあえず候補地が見つかってよかったわ。ところで――」
「手伝いません!」
「ケチね」
「その分なら後一時間で終るでしょ?」
「もう頭が疲れて、文字が頭に入ってこないのよ」
泣きが入ってしまったので、手伝ってから帰ることにした。
ほとんどが町の拡張工事に関する書類だった。
「そういやアガタ、姉さんの所に来た?」
「来たぞ。目を輝かせてな」
「問題なさそうかな?」
「試掘しないと分からないとは言っていたがな。ドワーフが言うんだから間違いないだろう。問題は埋蔵量だ。試掘が始まったら調べてみるさ。いつか鉱山は欲しいと思ってはいたけど、まさか足元とはな」
書類が片付き席を立とうとするとヴァレンティーナ様が言った。
「例の難民の先陣がアルガスを通過したと今朝、報告があったわ」
「もうですか?」
「予定より一週間早いのよね。獣人の体力のなせる業かしらね。アルガスからここまで一週間掛からないかも知れないわよ。準備頼むわね」
「城壁は?」
「あと三日で形になる。大丈夫だ」
「報告では千人規模になるらしいわよ」
「千……」
今の獣人村とほぼ同じ人口がやって来るのか…… うまくやり過ごせるのか。
家に戻ると長老が訪ねてきていた。相変わらず耳聡い。




