エルーダ迷宮迷走中(擬人化ヘモジ編)29
コタツには新しく拡張される土地の地図が広げられていた。
「ガラスの棟の増築、受け入れ準備は予定通りじゃ」
トビ爺さんが言った。
「一時収容で二百人程度来ても問題ない。準備は万全じゃ。一度に千人来られては困るがの」
「どういうプランになってるの?」
「まず、城門が開いている間はその日の入場者として受け入れるつもりじゃ。初日はガラスの棟に泊まって貰うことになるの。その間に町の憲章や決まり事のレクチャー、服や食事の配布も行なうことにする。我らが受け入れるのはあくまで店子としてじゃから、冷たいようじゃが、意に沿わぬ者には出て行って貰うことになるじゃろう」
「難しいな……」
「慈善事業ではないからの。厳しいことも言わねばならぬ」
「なーに、問題などないわい。みんなこの町が気に入るじゃろうて」
ホッケ婆さんが安請け合いする。
「住居の方はどうなってるの?」
「既に百棟。一週間後には予定の二百五十棟、揃うじゃろう」
「魔石だけは余分がねえからの。薪を使うことになるけんど、薪は売るほどあるからよ」
トレド爺さんはそう言いながら、いつぞやの騒動を持ち出して笑った。
「洋服や生活必需品のストックは?」
「既に完了しておる。問題ない」
「食料備蓄は?」
「問題ない。問題は連中の働く場じゃ」
「農地作りでもして貰ったらどうです?」
「駄目だぁ。まだ雪が深いっぺ。無理しねえ方がええ。春の準備はして貰うけんど、焦らねえ方がええ。みんなさ、心さ、疲れてるべ」
ポンタ婆さんが言った。
「我らとて人手が足りてるわけではないですからね。働くとなれば、雪掻きに、城壁作り、やることはいくらでもあります」
ユキジさんは旦那のホワイトレッグさんにミカンを剥きながら言った。
「後は迎え入れるだけだな……」
ホワイトレッグさんがそのミカンを口に放り込んだ。丸ごとかよ。
「肉祭りなのです! お肉さえあれば仲良しなのです」
リオナがソファーの上で仁王立ちする。
お前はそうかも知れないが……
「そうじゃな。どうせ食費は支給せねばなんねーんだから。面白おかしくやった方がええじゃろ」
結局、最後は食い気かよ。
食堂のテーブルに銀食器が並べられ、夕飯になった。
「明日どうするですか?」
「ヘモジの修行だな」
「リオナも行くのです」
「そういや、ナガレはレベルアップしてるのか?」
「してるわよ。でもこの身体だと見た目変わらないから、違いが分からないわね」
「レベル十になったら変身したです」
「あれはああいうものなの。擬人化レベルが上がっただけよ」
「ヘモジはどうなるんだろうな……」
「ヘモジというのはいつぞや召喚していたトロールのことじゃろ? 畑仕事に役に立ってくれるかの?」
トビ爺さんが口を挟んだ。
いつ見たんだ? 姉さんの前で一度、召喚しただけのはずだ。あのときはまだ今の二分の一ぐらいだったんじゃないかな。まったく、耳聡いだけでなく目ざといと来る。
で、ヘモジに畑仕事させる気ですか?
「ちょっと、召喚獣は道具じゃないのよ!」
ナガレが身を乗り出して口を挟んだ。
「わしらじゃ持てないような、でかい木の根っこやらをたまに運んでくれるだけでいいんじゃよ」
「巨人用の鍬とかあったら面白いな。ヘモジ土いじり好きそうだもんな。あっという間に耕せるんじゃないのか? 迷宮で回収できないかな」
「ちょっと、エルリン!」
ナガレ、お前まで、僕をエルリンと呼ぶのか? ご主人の影響か?
「まだ冬じゃ、焦っても仕方ないじゃろ。今は難民の保護を最優先にの」
ホワイトレッグさんが言った。
「気を引き締めていきましょう」
ユキジさんが大きな肉に食い付いた。
「ところでヘモジというのは、どなたかな?」
ホッケ婆さんが惚けた。
「ばあさん、今頃、何言っとるんじゃ!」
「ホッケ婆さん、こっちの人がヘモジさんだんべ。間違ったらわりーべさ」
「わたしはナガレよッ!」
口に物を入れたまましゃべらないように。
「おんやまあ、珍しい名前じゃな。ヘモジ・ナガレさんかえ? どちらから来なすった?」
「只のナガレよ!」
「タダノさんかえ。えれーべっびんさんじゃ。で、ヘモジさんはどこ行きなすった?」
「だーかーらー!」
完全に遊ばれていた。
世間話をしながら、騒ぐだけ騒いで、食うだけ食って長老たちは去って行った。
相変わらずとぼけたご老体たちである。
そして翌日。
「きのうの喧噪はどこへ行った?」
地下二十九階層、サイクロプスフロアーは抗争もなく、のどかな景色が続いていた。
サイクロプスの親が田畑を耕し、子どもたちは野山を走り回っていた。
リオナは口をぽかんと開けたまま、呆然と立ち尽くしていた。
一瞬にして戦意が喪失する事態になった。
すると事態が急変する。
子供たちが洞窟の家に呼び戻され、親たちは家の扉にかんぬきを掛けた。
丘陵地帯の先から黒い肌のサイクロプスの団体が我が物顔で迫ってきた。
「イベントだったら勘弁な」
「ぶっつぶしちゃいましょう」
「ナーナー」
召喚獣同志は息がぴったりのようだ。
田畑を壊さないように迎え撃つ。
ナガレやヘモジの敵ではなかった。
そんな救世主紛いなことをしながら、村から村を渡り歩いていると、ある村で村人たちから「助かりました。これはお礼です」と言われてまた植物の苗を貰った。
「これって…… 米?」
帰宅して調べたところ、どうやらお米の苗で間違いないようだった。僕は急きょ、実家に出向いて母さんに栽培を任せた。
勇者の言うところの米だったら、一度食べてみたいものである。
米はすごく美味しいらしいから。
どうやら敵をすべて狩り尽くしたようで、無事ヘモジも四十台に到達した。
「ナーナナー」
待ちに待った瞬間である。出口の手前でヘモジが変身する。
「……」
そこにいたのはかつて見た、レベル一ヘモジだった。
「オクタヴィアサイズだ……」
まるで動く人形だ。
「さらにレベルを四十上げると、わたしみたいな進化バージョンになるわよ」
ナガレが早熟なのか、ヘモジが晩熟なのか。兎に角、ヘモジは擬人化中、役立たずキャラということになった。
「ナーナ」
「『お腹空いた』ですって」
「え?」
今まで何も食わなかっただろ?
「擬人化ってお腹空くのよね」
参った。この展開は、どう処理すればいいんだ。
ナガレ以下とは……想像もしていなかった。
「ナ、ナナナ。ナナ」
「『大丈夫。強いから』だって」
ほんとかよ。
いつもの座席、いつものテーブルに食事が運ばれてきた。ヘモジはリオナと同じ焼き肉定食である。ちっこい手で器用にナイフを捌く。
客も店員も凄く訝しんだ目でヘモジを見ている。ずんぐりした子供だが明らかに人とは違う。
もうね、オクタヴィアが普通の猫に見えますよ。
「ハムッ」
大きな肉に食らいつく。満面の笑みを僕に向ける。
「おおっ、『ナー』以外しゃべった!」
「しゃべってないから」
ナガレに突っ込まれた。




