スノードラゴン討伐4
そうなると気になるのは「何と戦っていたのか?」ということになるわけだが。
周囲の状況を見るとなんとなく分かってしまう。
三匹目である。それも、厄介な方の一匹だ。
しかも戦闘は僕が夢を見た後に起きたということになる。あるいは最中か。ブレスを吐くのを見た気がする。
「このまま仕留める!」
姉さんが宣言する。
嘘だろ?
「ほっといても死ぬんじゃないの?」
「死ぬものか。春になって氷が溶ければ再生して復活だ。今のうちにとどめを刺さないと」
戦った相手がどこかにいるかも知れないのに? 戻ってこない補償だって。
「子供たちは全員コタツのなかに入れ!」
全員がコタツのなかに押し込められた。
「いいと言うまで出てくるなよ」
姉さんはそう言うと耐冷術式を施した魔法陣を天板に貼り付けた。一応この船にはそれなりの対魔結界を施してあるのだが。貫通必至か。
それぞれの装備で残りを相殺する算段だ。棟梁だけには姉さんが術式を施した。
「奴の首は後ろまで回ると思うか?」
「さあ、一周はしないと思うけど」
旋回しながら距離を縮めるように指示が出る。
リオナは二階の旋回窓に向かった。
兵士たちも窓から赤い弾倉を差し込んだライフルを構える。
僕は操縦席に向かう。
ブレスが突然吐かれた。
真っ白な冷気を纏った一撃だったが、この船の障壁を破るには距離が遠かったようだ。
「すごい、魔石が一気に空になった」
ロメオ君が新しい魔石を障壁展開用のスロットにセットする。
僕たちは余りの出来事に笑うしかなかった。
見た目以上にあのブレスは痛そうだ。
大概の敵はあの距離からでも葬れたんだろう。
突然スノードラゴンが痛みに悶え、苦しみだした。
身体をひねりすぎて凍った身体を傷つけたようだ。
次の一撃は僕もカバーしないといけないな。
必中モードのライフルはもう撃てる距離だ。
曇った窓の霜を払って、外を見下ろす。
砲撃が始まった。
障壁貫通能力を持った特殊弾頭が次々命中する。
ドラゴンが咆哮を上げる。
「凄いな。三連障壁だよ」
ロメオ君が感動している。
障壁がもう少し分厚かったら特殊弾頭も通過しなかっただろう。さすがに転移障害までは持ち合わせていないようだし。
「全開なら五連だ。負傷しているせいで全力が出せないでいるだけだ」
姉さんが操縦席にやって来た。
「この船の障壁は使えそうだから、あんたも攻撃に参加しなさい」
「でも魔石がすぐ空になるから、長時間は持たないよ。それに魔法陣のレベルも城壁ほどではないし」
「だからわたしがここにいる」
姉さんは魔石に手を置いた。
「障壁のことは気にせず撃ちまくりなさい」
姉さんは万能薬の瓶をポケットから取り出して見せた。
僕はメインデッキに戻ると窓からライフルを構えた。
特殊弾頭が効いているのかいないのか、二発目のブレスを撃つ様子がない。
誘っているのか。
それとも防御で手一杯なのか?
『魔弾』を装填する。
『一撃必殺』を発動させるが、発動しない。魔力を増幅する。『千変万化』も発動する。魔力に注力する。
すごいな、『一撃必殺』が反応する様子がまるでない。
仕方がないので、発動しないまま撃ち込む。
障壁三層が消失した。
スノードラゴンの白い身体が削れたが、障壁のせいで威力は削がれ、軌道もずれた。
もう一発!
障壁は復活しなかった。『魔弾』は直撃した。
咆哮が轟くとブレスの直撃を受けた。
このタイミングでッ!
船体が軋んで悲鳴を上げる。
「『一撃必殺』ッ!」
今度は反応があった。
僕はブレスのど真ん中に向けて『魔弾』を撃ち込んだ。
断末魔と共に吹雪は四散し、景色が晴れたときには、船は大分遠くまで押し戻されていた。
ドラゴンの首が雪原の上に落ちた。粉雪が舞った。
子供たちがコタツから出てきて窓に貼り付いた。
「あれがドラゴン……」
「でけえ……」
「すげえ……」
船は再接近する。
「肉なのです!」
リオナが二階から飛び降りてきた。
子供たちの目の色が変わった。
「肉……」
「肉?」
「肉だ!」
「ドラゴンの肉だーッ!」
「にーく、にーく、にーく、にーく……」
「うるさいわね」
姉さんが操縦席から戻ってきた。
「好きにしなさい。残りはあとで回収するから」
姉さんにしては寛容だ。
リオナたちが肉の回収をしている間、僕たちは船の点検をする。
外装の一部が凍っている。こちらの障壁を抜けた証拠だ。
簡単に倒せそうなことを言いながら、ここまで追い込まれるとは。
改修前の機体だったら空中分解してたかも知れない。
「軽微だったな」
「どこがだよ!」
「お前の『魔弾』もまだまだだな」
誰と比べてるのか知らないが、十分だろ。三発だぞ。
「自分はどうなんだよ。貫通されてるじゃないか」
凍った装甲を指した。
「この船の魔法陣が城壁以下の魔法陣なんだから、わたしの努力とは関係ないだろ? あとで飛びきりの障壁を稼働できるようにしておいてやるよ」
何が『だからわたしはここにいる』だよ。やっぱり限界分かってんじゃねーか。
まあ、それでも行けると踏んだんだろうけど。
山の上では回収作業が進んでいた。子供一人一人が持てる分だけのこぢんまりとした作業だが。
回収するだけ回収すると、アイシャさんは魔法で雪を巻き上げ、亡骸を雪で覆った。そこに目印の棒切れを立てる。
船は飛び立つと近衛の各部隊を巡った。
戦闘が取りあえず終結したことと、新たな敵がいることを伝えるためだ。
バリスタの移動と共に、亡骸の回収部隊が編成された。
これも貴重な軍資金集めのためである。ドラゴン一匹狩れば第二師団の来年の予算は潤沢なものになる。ありったけのソリと馬車が大量に用意された。
この船もと言いたいが、この船には他にやることがあった。
ヴァレンティーナ様が待つ、駐屯地に姉さんたちを送り届けることだ。
訓練場のど真ん中に着陸早々、すぐさま打ち合わせが行なわれた。
僕たちは部外者なので、コタツでミカンを食べながら指示を待つ。
一時間もしないでヴァレンティーナ様たちがわざわざやって来た。
「船を徴発?」
「話し合いの結果、この船の有効性が証明されたのよ」
「もちろん問題が終結したら返すわ。レンタル料も払うし、壊れたら修理費も払う。他人に扱われるのは嫌でしょうけど、不測の事態なの。協力してちょうだい」
「でも――」
僕は言いかけて止めた。
これは軍の作戦だ。これ以上出しゃばるべきではない。これもヴァレンティーナ様が考えて出した答えだ。
僕は大人しく町に戻ることにした。
子供たちを抱えてこれ以上、あんな敵と戦うわけにはいかない。手負いのスノードラゴンでさえあの強さだったんだ。アイスドラゴンだったら……
素人が勝手をしていいわけがない。ここは信じよう。
用意して貰った木箱に肉を収納して、背負子で背負うと、全員転移ゲートで町に戻る。
帰りがけに姉さんが言った。
「わたしの私物のなかに頼まれた物が入ってる。できあがってるから、好きに使いなさい」と。
何を言っているのか分からなかったが、言われた通りにすることにした。
「帰ったら焼き肉パーティーだァ!」
子供たちのテンションは最高潮だった。リオナもオクタヴィアもノリノリである。
船の徴発の件も余り気にしていないようだ。
棟梁が僕の肩を叩く。
「面子を立ててやることも必要だ。我慢してやれ」
皆、好きでこんな寒い場所に駐屯しているわけじゃない。こういう有事の日のために彼らは頑張ってきたのだ。彼らには彼らの戦いがあるはずだ。
僕はなんとか気分を切り替えようとするが、それができれば苦労しない。
転移ゲートを潜るといつもの石橋の上に出た。
雪が降っていた。積もるほどではないが、今夜はいつも以上に冷えることだろう。




