粗末でも捨てられない物
「しかし、何だな……えらい静かだな」
町の大通りを歩きながら、幸彦はなんと無しに口にする。
兵隊はいるが、普通の村人の姿はまるで無い。どこもかしこも戸がしまっている。どことなく、テレビで見たことのあるような寂れた商店街を思い起こさせる。
「連絡が回って、今日は閉める事になったみたいです」
手のひらの上に立っているリリィが振り返ってそう答える。そうかーと答えながら、幸彦は手の上に乗っているリリィの軽さに少々驚いていた。
まあ、見た目から言ってもスーパーで売っている鳥もも肉より軽いのは理解できるのだが……それでも一人の重さと認識すると驚くべき軽さだった。
親戚の赤ん坊を抱き上げた時は……意外と重いと思ったもんだが。
これが人の重さ、つまりは命の重さかと……詩的なことをしみじみ思ったような記憶が有るが、妖精と言うのは見た目どおりに本当に軽い。
「いつもならですね、この大通りはお店がたくさん開いているんです」
「へー……何が売ってるんだ?」
幸彦が何気なく尋ねると、リリィは整った顔を少し引きつらせた。
「え、えっと……い、いろいろです」
その表情を見て、幸彦は彼には珍しく「ははーん」と察する。
リリィはお姫様である。女の子のあこがれプリンセスだ。男の子は正解一強いとかに憧れちゃうが女の子は権力を夢を見ちゃうのだ。
朝起きて、顎を動かせば、お月の人が現れて服を着替えさせてもらえるかどうかは定かではないが、今リリィが着ている服は一人で簡単にお着替えできるものとは思えない。
幸彦は白黒映画のローマの休日を思い出していた。あれもお姫様が主役だった。
通りがお店なのは知っているけども、そこで何が売っているのかは知らない。お姫様がどんな暮らしをしているのかは知らないが、おそらく気軽にウィンドウショッピングは出来ないのだろうと幸彦は思った。
「……すいません、知らないんです」
あっさりとリリィは申し訳なさそうに謝った。知っている風に装うのに罪悪感を感じたのだろう。
わかるわかると幸彦は頷いた。ちょっとした噓がなんだか心苦しくなるのだ。
「まあ、俺くらいのサイズになると買い物は出来なさそうだな」
呟き、家の屋根を見下ろせるような町並みを見て思う。もし店の様子を覗こうと思ったら地面に手をついて、顔を横に向けるしかない。仮に自分がその店の亭主だったらどうだろうか?
地面に手をついて、顔を横向きにして覗き込んでいる巨人……。
中々のホラーだなと、幸彦はげんなりした表情を浮かべた。
「だ、大丈夫です! その時は私が中の物を外に運びます!」
幸彦の言葉をどう捉えたのか、リリィは力を込めた表情でそう言った。
さすがの幸彦もそれはどうなんだろうなとも思ったが、善意100%なのは伝わってきて「おう」とだけ適当に返事を返した。
用意された場所を上から眺めるようにして見て、裕が思ったのは時代劇の戦で使う本陣っぽいなと言う事だった。
あるいはフェンスで区切られた工事現場の中……と言った感じである。
布と柱のような物で区切られたスペースの中に机と椅子が並んでおり、それに比べると不用意なほど大きなスペースが空けられている。察するにその場所が巨人側、机と椅子が有るのが妖精側なのだろう。
だがその椅子には誰も付いてはおらず、代わりに空中に妖精達は浮かんでいた。
年齢幅はかなり有る。若いように思える妖精から、年老いた妖精もいる。男女の比率は明確に別れていて、女性とおぼしき妖精はちらほらとしか居ない。
ざっくり数えて三十人前後。それが多いのか、少ないのかはわからない。
( アルマさんを見て、あんまり男女の職業差別はないのかと思っていたけど……そうでもないのかな? 妖精しかいないのは……巨人が暴れたときにサッと逃げられるようになのか、それとも格差があるのかはわからないか )
裕は一人でそう考えた。話は聞いたが、すべてを把握しているわけでもない。
たしか、妖精じゃない地上人ってのもいるはずだ。数ではそちらの方が多いとも聞いた。
空を飛ぶ妖精と地上人。肌の色とはまた一線を画すほど眼に見えても、実際にも違う種族の違いだ、いろいろ有るのだろうとも察しがつく。
妖精の国もわかりやすいメルヘンってわけじゃないのは察してたけど……これはいろいろ有りそうだ。
そんな風に幸彦が考えていると、手の甲に立っていたアルマがスッと息を吸込んだ。
「巨人両名をお連れ致しました」
「うむ、ご苦労」
そう返事をしたのは中央に居る赤褐色の鎧を着た王様っぽい老人だった。
「はっ、運んでいただきありがとうございました」
アルマは裕の方向へ振り返り、お辞儀をしてその手から降りて行く。
「余の名はレイガスター=ダイミョウ=ジルヒド。この国の王だ。よくぞ、参られた巨人のお二方。我が招待を聞き入れて足を運んでくれた事、大変感謝している」
なるほど、この人が王様なのかと、裕は思う。髭の栄え方が実にそれっぽい。
(ということは、この人がリリィさんのお父さんか)
裕はなるほどと頷いた。似ているのか似ていないのは正直良くわからない。
「地べたで申し訳ないが、貴殿等に合う椅子も布も無い。大変申し訳ないとはおもうがそちらに座っていただきたいと思うがよろしいかね?」
妖精の王様はそう言って空いたスペースを手で示す。
なるほど、これは中々……こっちとあっちで差をつけてる心理戦かな?
裕がそんな事を考えている間に幸彦は言われた通りにさっさと地面に座る。それに裕がなんだかなと思っていると、幸彦はまったく考えた様子でもなく、裕を見て口を開く。
「ホラさっさとすわれよ。妖精の人も大変だろ」
「ああ、うん……そうだね」
兄のこういう所には敵わないなと、思いながら邪推していた自分を裕は恥じた。
「……ご配慮、感謝する。では我々も掛けさせていただこう」
そう言って王様が合図をすると妖精達は静かにその場を降りて、椅子に腰掛ける。
だが座ったものは三十人の居るうちの一部だ。おそらく座った人間が偉いのだろう。
「ではまず正式に謝罪をしたい。このたびは我々の不手際と、勘違いでご迷惑を掛けた事を謝らせてほしい。本当に申し訳ない」
そう言って王は頭を下げる。
実際の所……間違いや勘違いで有るかという問いかけは幸彦からの返事は、「いや、いいですよ」と言うあっさりした物だった。
まるで赤ん坊の夜泣きを謝罪する隣人に対する返事のような、それにレイガスター王はわずかに眼を開く。
そして、少し戸惑ったように間をあけて、その後に幸彦の眼を見据えて言った。
「今この場には私を始めとしてこの国の上役はすべて集まっている。この国の息の根を止めたいなら今だぞ?」
その発言にギョッとした表情を浮かべたのは妖精の一団の方だった。
ザワリとした声がもれ、全員が何かしらの反応をする。一体何を言い出すのだと言う反応に、裕も眼を丸くする。
なに言ってるんだ、この王様。
裕が思ったのはまずそれだった。
いの一番に反射的な反応したのは……リリィだった。
「お父様!!」
顔を真っ赤にして怒る娘を一瞥して王は口を開く。
「リリィ、私を礼儀知らずと罵るか?」
そのストレートな問いかけに、リリィは真正面から頷いた。
「そうです! お二人は善意でここに来られたのです! それを本当に、お父様は何を考えているのですか!?」
この発言に王と幸彦以外の全員が「そんな事言って良いのか?」と思わず思う。礼儀知らずかと聞かれて、そうですと答えれば、それはお前は礼儀知らずだと言っているのと何ら変わらない。王様にそんな事を言って良いはずも無い。
それに対しての王の返事は幸彦に向けられていた。
「善意を善意と信じるのは難しい。立場と言うものもある。それに紐つく責任もある。申し訳ないと思う気持ちは本物だ。娘を救っていただいた恩を感じる気持ちもある」
王はそう言って一旦言葉を区切って続ける。
「だが……それでも、巨人から見れば吹けば飛ぶようなこの身を支える粗末なプライドもある。それも謝罪すべきだと思うかね?」
端で聞いている裕はその問いかけの意図が読めずに居た。
実際の所……その問いかけに意味が有るのかは王自身にさえもわからないものだった。
巨人の足下にすがりつき、娘を奪われる事を悲しんだ哀れで愚かな老人として、民を救ってくれと泣き叫ぶのが正しいのかと……まあ、そんな事も思う。
故に尋ねた。謝罪しろと言うのなら、そうしても良い。
だが幸彦は怪訝な顔をして、手のひらをヒラヒラさせて言った。
「べつにいいですよ、気にしてない。大変なんだろうし、別に」
それだけ言った。その言葉の続きを全員が待ったが、幸彦はそれ以上何も言わずにヒラヒラさせていた手を下ろす。
それで終わりだった。
しばらく沈黙が訪れた。
奇妙な間だった。
その沈黙に気がつき、幸彦は怪訝な顔をして裕を見る。
なんで僕を見るんだ!? と内心で、叫び声を上げながら、裕は全員の注目を浴びながら「あー」っと間の抜けた声と冷や汗を出したあとで、口を開く。
「兄は気にしてないみたいですから、その……みんなで上手く行く方法を考えて行きましょう」
もはや……疑いであるとか、疑惑であるとか、そう言うのがどうでも良くなるような素朴とも言える提案だった。




