裏と表は信用度の違い
「すごいな……これはすごいや」
それはミニチュアの町のようだった。いや……都市か。
裕は感嘆の息を吐き出して、その光景を見つめていた。
城壁都市と言うべきか、畑を壁を囲み、壁の内側には町が有る。それらはすべて石で作られていて、壁の中にはニョキリと白い塔のようなものが立っているが、それは……何かの骨かなにかのように見えなくもない。とにかく視界に広がる光景が不思議で仕方が無い。しげしげと眺めても一日は何に問題も無く暇つぶしできそうだ。
歩いてきた疲れも忘れて、裕はその風景に眼をうばわれた。しばらく惚けるようにそれを見つめていたが、その肩を幸彦が軽く叩く。
「ホラ、惚けてないで行くぞ」
「あっ、うん。いやすごい」
最期に唸るようにそう言葉にしてから、裕は幸彦の背中を追いかけるように歩く。
テクテクと二人の兄弟は固く踏み固められた街道を進んで行く。
「お待ちしておりました」
そんな二人の前に不意に豪華な衣装を着た妖精が現れた。
「ようこそいらっしゃいました! 幸彦様! 裕様!」
にっこりと笑うその妖精はきらきらと髪に光を反射させていた。
「おっ、リリィ———」
反射的に名前を呼んだ兄の横腹を、裕は軽く叩く。そしてそれに幸彦が文句を言う前に裕はリリィに丁寧に頭を下げる。
「ご丁寧にお姫様、お出迎えくださりありがとうございます」
そんな弟の行動に幸彦は眼をしばたかせるが、とりあえず場を合わせておこうと頭を下げる。
「い、いえいえ、頭を下げていただくような———」
リリィがわたわたと手を振って喋るのを遮ったのは、見るからに豪華な……だがどこか厳かな雰囲気の有る服を着たアルマだった。
磨かれた曇りの無い眼鏡が一瞬キラリと光ったような気がする。
「ご案内致します。中央街道をまっすぐお進みください。城壁はまた失礼ながら、またごして頂ければ幸いでございます」
「町に入っても問題は無いので?」
「ええ、城の中に兵士が訓練に使う広場がございます。野外で申し訳ございませんが、そちらに席をご用意しておりますので」
「わかりました。それじゃ、行きましょう」
裕は幸彦に目配せを送り、歩き始める。
「ええ、ご案内致します。巨人をご案内する!! 門を開け、街道に人が入らぬように注意しろ!」
アルマの号令に合わせて、それまで先導していた兵隊の動きも変わる。
それに合わせたように町に入る為の城壁の門が開き始めた。
とは言っても門自体は妖精用の物で、裕達はくぐれそうもない。妖精達の意思表示なのだろうと裕は思う。
それに釣られて歩こうとした幸彦だったが、アルマの後ろに居るリリィと目が合った。
なんと言うか……それを幸彦はまどろっこしく感じた。他人行儀で……めんどくさい。
「……浮かんでるのって大変なんだろ? ほい、どうぞ」
目線を合わせたまま、幸彦は右手の手のひらを地面と水平にして前に出した。
その動作と言葉を裕とアルマは理解できずに眼を芝炊かせる。
けれどもリリィはパッと明るい顔をして、背中の羽を羽ばたかせ、幸彦の差し出した手の平に静かに降り立った。
「ありがとうございます」
「んっ」
その短いやり取りにアルマは顔を引きつらせる。……もし、巨人がその気になれば容易く握りつぶされると言うのが姫は理解出来ているのだろうか?
同時に裕も考える。自分もしたほうが良いのかと言う事だ。
考えてみれば、ゆっくり飛ぶのも難しい事を知っている。アルマは兵隊ではなく、そして女性だ。多分疲れるのだろう……どの程度疲れるのかはわからないが、着ているものも鎧ほどではないが、軽くはなさそうだ。
「乗ります?」
裕も兄に習って、手のひらをアルマに差し出した。
それに対してどう行動すべきか……そんなアルマの一瞬の迷いを感じ取る。そこで裕は手のひらをゆっくりと回転させて手の甲を上に向けた。
「どうぞ?」
「……大変失礼致しました。ありがとうございます」
アルマは自分の迷いを悟られた事を内心で悔やみながら、裕の手の上に立つ。
握りつぶされるのではないか? という恐怖心を悟られたのだ。
顔には出さずに、アルマはやはりやりにくい相手であると感じていた。
あるいはすべてを見抜いてリリィが巨人を信用しているフリをしているなら……それはそれで敵わないと思うが、どうにもどれはなさそうで、アルマは内心で溜め息を吐き出す。
同時にこの理解できていないのは他の妖精も同じではないかと……心配になる。
もはや自分とは違い巨人を信用してやって行くしか無いと理解する事もせず、自分と同様に巨人を信用できないものが多ければ……この先は茨の道だろう。
改めて計算を行ったが、やはり不足分は多く……同時に物流の量は減っている。
流通が減れば、収入の減るものが出てくるのは道理だ。減った収入に比べて、食料の値段は増えて行く。善良な者も、食うに困れば手段を選んで入られない。善良でない者は言わずもながだ。
混乱は混乱を呼ぶだろう。それが収束するまでは……何年掛かるか。
アルマは暗澹とした気持ちを胸に、心から信用も出来ない巨人の手の甲の上で自分たちが住んでいる町の風景を見下ろしていた。




