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情報収集はみつにして

妖精の国へと続く窓枠の前に国へと帰るリリィ達が並んでいる。


イグリゴッドの手には裕から手渡された砂糖が入った袋が握られていた。


「砂糖は水に溶かして飲んでください。ただし具合が悪くなるかもしれない。どう試すかは任せます」


裕は砂糖の説明をそう口にした。


それにアルマは頷く。


「体力の有るもので試しましょう。助かる民が増えるならやってみるべきでしょうから」


それに対して裕は頷き返した。


「そうしてみてください」


「それでは、幸彦様、裕様。ごきげんよう」


「おう、今度来る時は静かにな」


リリィの言葉にそう返事を返す幸彦をミルラは剣吞な目で睨みつけていた。


三人が妖精の国へと帰って行くのを見送ると、口をへの字に曲げてイライラした様子でつま先をちゃぶ台の上でこつこつと鳴らし、五秒に一回くらいの割合で舌打ちをする。


幸彦はその様子を見て呆れたように、げんなりとした表情を浮かべる。


「態度悪いなぁ」


「私は巨人否定派だ」


きっぱりと言い放つミルラの横で、アンディは顔に手を当てて呆れた様子で口を開く。


「ミルラぁ……よくもまあ、そう言えるね。怖くないの?」


「怖い物か、いいか。体の大きさは問題ではない」


堂々としたもんだと、呆れを通り越して感心する幸彦だったが、問題だと感じているのは裕の方だった。


「……まだ質問は有るんだけど、ちゃんと答えてくれるの?」


「それは姫様の命令だから答える。応答態度に関しては言われなかったからな」


「……言われてなかった? お姫様に接するようにって」


「解釈の違いだな」


「……まあ、いいけどね。とりあえず聞きたい事を———」


「幸彦ー! 裕ー!! ごはんよー!」


突然の一階からの声に、幸彦と裕は顔を見合わせる。


学校が終わって、ずいぶん話し込んでいるうちに、晩ご飯の時間になっていたらしい。


「ごはんよー、おりてらっしゃい!」


下から母親の声が聞こえてくる。


「早く行かないと、またややこしいな」


「だね、とりあえず二人はこの部屋に居てもらおうか」


「そうだな。二人の飯も持ってくるから、おとなしくしてろよ」


幸彦がそう言って立ち上がるのを、まるで邪魔な犬でも払うようにミルラは手のひらで払った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


飢餓云々の話をした後だと、母のややこげているハンバーグもありがたいように思えるから不思議な物だった。


味わいながらハンバーグを食べている幸彦の横で、裕は裕でいろいろと考える。


その思考の深さは幸彦のそれよりも遥かに深い。


問題が大きいんだよな……。


国家規模……の飢餓に一個人がなにをすることが出来るのか。


ある程度、立場が有れば出来なくはないだろう。もしくは金があれば問題は大いに解決できるかもしれない。


だが実際問題、裕も幸彦も単なる一学生に過ぎない。


今日の話し合いにはある程度手応えは合ったが、それでもまだ問題の全容把握にさえ至っていないように思える。


ここから解決案に向かって行けるのかどうかさえも自信は無い。


こと問題はお金と言う実にシビアな領域だ。


100円の寄付でアフリカの子供達を何人救えるか……そんな話に良く似ている。


だがそれは負担にならない程度の些細な寄付が少しずつ集まっていくのとは訳が違う。


集めなくてはならない金額は裕に取っては大金だ。


226万。一年で稼ぐとしても一月に19万円近くの大金。


飢餓だけで見れば、とてもじゃないが裕の手には負えない。


現実的に、何とかなりそうで何ともならない馬鹿げた数字。


子供の僕じゃな……。


ハンバーグを裕は口に運んで考える。


裕は自分が子供であると言う自覚が有る。世間を知らないと言う思いもある。


正直、どえらい荷物を抱えてしまったプレッシャーで、お腹の辺りがずんと重い。


そんな事を思いながら、横を見れば兄が良くハンバーグを噛みながら、もしゃもしゃとご飯を食べていた。兄と言う人間は不安に思ったりしないのだろうか? と疑わしくなる。


「どうしたの、裕。何か合った?」


不意に母親からそう心配そうな声をかけられる。


「いや、なんでもないよ」


「季節の変わり目だから、気をつけなよ? あんたは幸彦より食が細いんだから」


「俺だって、そこそこしか食わないよ。でたらめに食う奴は、もうでたらめだからね」


「若いうちはそれくらいでなきゃ。よく食べる子が良いじゃない」


「ははははは。そりゃ、おばちゃんの意見だよ」


幸彦が笑うと、じっとりとした母の目線が向けられる。幸彦は笑いを引っ込めて、「ハンバーグはおいしいなぁ」と言いながら誤摩化した。


「若い時ってのは体が作られてんだから、良く食べてれば大体大丈夫なのよ」


「まったくだ。食べるってのは大事だよな。うんうん」


適当な事を言いながら、幸彦は晩ご飯を腹の中に納めて行く。


「ごちそうさん」


「おそまつさま。宿題しなさいよ」


「はいはい。ああ、そうだ、通りのコンビニなんだけど———」


幸彦が適当な話を振ってるあいだに、裕はハチミツを準備してスルスルと階段を上って行く。


幸彦の部屋の扉でしばらく考えてから、念のためにノックをしてから扉を開ける。

返事を待たずに扉をあける。


汚いというか、事件が合ったかのような部屋の汚さがそこには合った。


その部屋の中心にあるちゃぶ台の上には妖精が二人何か相談をしていた。


「打ち合わせ?」


「秘密会議だ」


ちゃぶ台の上にハチミツの入ったお皿を置いてたずねる裕にミルラは短くそう返す。


「水も用意してるから適当に割って」


その言葉にアンディが先駆けて動いた。ハチミツを指で掬って舐める。


思ったより甘かったのだろう。驚いた表情を浮かべる。


裕は質問した内容をメモする為のノートを開きながら、尋ねた。


「君たちの食事に固形食は無いんだね?」


「こけいしょく?」


「固まった蜜とかは食べないの?」


「食べん」


「なるほど……歯はあるんだね?」


「あるぞ、アンディ見せてやれ」


「えっ……えっとはい、あります」


イーっと口を広げたアンディの歯を見て、裕はふむと頷き、ノートにメモする。


固形物を食べないのに歯が有るっと……汁を搾るのに使うのかな?


昔に親戚のおじさんが沖縄土産で買って来た生のサトウキビの事を思い出す。


あれは齧って食べてたし……ダーウィンの進化論の考え方が当てはまらない可能性は十分にあるんだけど。


とにもかくにも知りたい事は山ほどある。


ミルラとアンディがハチミツを食べている横で裕は思いつく限りの質問を口にする。


その質問はとにかく雑多でとりとめが無い。


生活様式、食事の取り方、妖精と地上人との違い、歴史に文化、農業、地理、天候、技術水準などなど。


その質問にミルラは最初こそ不満そうに答えていたが、質問はドンドンと切り込まれていく。


農業であれば、植物の育て方、植える時期、収穫方法。


おおよそ、二人が知らない、わからないと言う所までありとあらゆる事が踏み込んだ質問をされる。


「私は専門家ではない!」


「専門家に質問する前に、ある程度は知っておきたいんだ」


「私たちは踏み台か!?」


ミルラがそう吠えるが、それを諌めたのは横で同じように質問に答えているアンディだった。


「そう悪く言うなよ。ミルラ、必要なことなんだろ? たぶん」


「どこがだ! 私たちの生活が、飢饉となんの関係があるって言うんだ!」


「そりゃ、わかんないけど……姫様の命令だしさ」


ミルラはその言葉に面白くなさそうだが、アンディは肩をすくめる。しかし実のところ、アンディは裕の考えが少しわかっていた。


知ろうとしている。つまり、そう言うことだ。


どうにか……しようってのは本気らしいとアンディは感じ始めていた。


「姫様……!」


ミルラはグッとこらえたような表情を浮かべて、握りこぶしを自分の太ももに叩き付ける。


それから二人は必死になって質問に答える。


知っている事ならスムーズに答えられるが、二人からしても知らずに推測せねばならない事も多い。例えば一人当たりの蜜の平均生産量などは計算も必要となってくる。


「アンディ、たしか六割りは農民だったな」


「八割りじゃなかった? 兼業も居るから」


「兼業……単純な労働力換算はできないのかな? 工場とかとはやっぱり違うか」


これらの事が何の役に立つのかは二人も全くわからない。


実のところ裕も確かなこれと言う情報が欲しい訳でもない。


とにかく青色写真を撮るにも現状の分析が出来ていない。


遅れて部屋に入って来た幸彦はその様子をしばらく眺めていたが五分で飽きた。


これは聞いててもよくわからんだろうなぁ……と早々に見切りをつけて、幸彦は部屋の片付けを行う。


さすがに押し入れの中身をぶちまけた状態では只でさえ汚かった部屋がとんでもない事になっている。


幸彦は世間で言う捨てられない男だった。


ものがごちゃごちゃしているのが嫌いな弟の裕と比べても、幸彦は特になんでもない物を役に立つのではないかと溜め込む貧乏性だ。


例えば足下に転がっている習字セットなど、裕は高校のカリキュラムに無いと知るや否やすぐ捨てた。だが裕はいつか書き初めがしたくなるかもしれないと取っている。


ちなみに一年の抱負をしたためるなんて、高尚な事は人生で一度もした事が無い。


まあ、そんなごちゃごちゃした物を押し入れにしまって行こうとして、ふと考える。


これらは売れるだろうか?


しばらく眺めてどいつもこいつも売れなさそうである事に、溜め息を吐き出す。


裕もいろいろ考えてくれてるみたいだし、俺もなんか考えないとなぁと漠然とは思うのだが、これと言うアイディアは無い。


うーん、金……金かぁ。


考えるがアイディアはわいてこない。単純にバイトと言うのが一番だが、裕の言葉に頷けない部分も有るし、ヘタにそうしてしまうと裕の協力が得られない。


裕は頭がいい。俺がやるより上手い事やるだろう……と考えると、俺がバイトをするのと、どっちが良いかわからない。


宝くじを買うとか……当たるかわからない物に金をつぎ込むのもダメか。


後は直接ハチミツ泥棒とか……蜂はちょっと怖いけど。


いやでも、蜂飼ってる人が居る訳だし……、俺が飼えば良いのか?


「なあ、裕。俺がミツバチを飼うってのはダメかな?」


「ここから寒くなるし、季節的に無理だよ。それにミツバチを手に入れる方法が無い、もう調べた」


「……そうですか」


あっさりと却下されて、幸彦は掃除へと戻る。情報の聞き取りは夜遅くまで続いた。


掃除は終わらなかった。


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