ままならぬ忠義心
褐色の肌を持つ妖精の騎士ミルラの産まれたハーベス家は、そこそこの武家である。
資本は肉体。あるいはその技能が重要視される兵隊と言う職であっても、家柄はそこそこ重要だ。こと、これは信用問題の側面もある。
貴族と言うのは大なり小なり面子と言う物を重用する。故に、名前を売っている武家であれば、あそこの家の者なら安心だと言うブランドのようなものを持つ。
とりわけ、名門と言われる貴族に仕えるとなると、この信用と言うのは馬鹿に出来ない。
例えば腕っ節が強かろうとも、自制心が無く、粗暴なものを内に入れるのは逆に問題を起こしかねない。例えば敵からコロリと金かなにかで動かれては非常に困る。
中でも名門中の名門である王族に仕えるとなると、当然のように審査は厳しいものとなる。
ミルラはそんな中で王族の姫に仕えている。所属こそ王族全体を守る近衛兵だが、もっぱら姫の専属と言う扱いだ。そこそこの武家の出身である事を考えると、それは大抜擢と行っても良い。
実力で言えば、ミルラは女性と言う事を置いておいても中々の実力者である。とはいえ、国で一番強いとか、天下無双の……などと言われるほどかと言えばそうでもない。だがその実直な性格はリリィに好まれた。
才能にあふれ、それに溺れる事無く、鍛錬を重ねたミルラの存在はリリィに取っては眩しく映った。
そんなリリィをミルラはそれ以上に眩しく思っていた。敬愛していると言っていい。
何に仕えていると言えば、ミルラは兵隊であるから正しくは国に仕えている事に成る。近衛兵であるから、王様の兵隊だと言い換えても間違いではない。
だがそれは建前で、ミルラ自身はリリィに忠誠を誓っていた。
「私はリリィ様の為ならば! 千でも、万の敵でさえも、立ち向かってみせる! そう私はあの方に、真の忠義を尽くすのだ!!」
とは飲み会でへべれけになった時にするいつもの宣言は近衛兵の間では恒例行事であるが、それは噓偽りの無い言葉である。
姫の為ならばと、身を粉にして働くことを喜びとするミルラの存在は近衛兵の中でも歓迎されている。
なにせ、姫は女性であり、その警護には中々気を使うからだ。
だがリリィが巨人への生け贄になることに関してはこの勤勉さが邪魔だった。
「そんな如何わしい儀式にあの麗しい姫様が参加する事など、このミルラの目の黒いうちはさせられない」と喚いた為である。
結果、彼女は儀式の最中に城での謹慎が命じられた。
リリィが生け贄になる儀式は、国内の情勢を垣間見たパフォーマンス性の強いものだった。とはいえ、それがパフォーマンスであると言う事を察する事が出来ない者に、わざわざ説明してもらえるほどあけすけな物でもなかった。
仮にあんなもの只のパフォーマンスだぜ! 王族は何もする気が無いんだ! などと言えば、それを問題とするくらいには秘密であった。
生け贄の儀式は何の問題もなく終わるはずであったから、それで何の問題も無かったのだ。
もっとも、この彼女の懸念は最悪の形で当たる事に成り、姫は”巨人に攫われる”ことになった。
近衛兵の隊長のイグリゴッドに鬼の首でも取ったかの様にミルラは噛み付き、救助隊のメンバーの一人に成った。
彼女からすれば、自分が助けに行かなくて誰が姫を助けに行けるのか……逆に説明してほしいくらいだった。
彼女はその役目をこなし、無事姫の救出に一役買った。自身は捕虜となったが、姫が助かったのならそれで満足だった。
だが、である。
なんだかんだで、巨人は良い奴だったから謝りに行けと言うのである。
ミルラとしては納得しかねる話だった。彼女からすると巨人は実にいやな奴である。
特に眼鏡をかけた巨人の嫌らしさと来たら、怖気が走るほどで、謝罪などしよう物なら蕁麻疹がでるのではないかと思う。
もしもその話が姫からされなかったら、ミルラは断固拒否していただろう。
思い出しただけでもむかっ腹が立ってくるが、それでも姫から言われれば付いて行くのも仕方が無い。
ミルラからすれば敬愛する姫が白と言えば、どんなに黒かろうが白なのだ。
とはいえ、姫が言う事に間違いないが、姫が巨人に騙されているのではないかと言うのは考えてしまう。
ある種、矛盾した考えでは有るのだが、ミルラはあまり深く考えている訳ではない。
姫に対してはイエスウーマンで、巨人は嫌いと言うダブルスタンダードなだけだ。いわゆる二重規範である。
「うーん。姫様ぁ」
巨人の部屋でティッシュのベッドでうなされるミルラの手が当ても無く、宙を彷徨う。
それを見ていたアンディはミルラの額に浮かんだ汗をティッシュの切れっ端で拭う。
そして宙に浮いていたミルラの手をそっと握った。
ミルラは無意識のうちにその手を握りしめ、意識が無いはずなのに気に入らないとばかりにその手を投げ捨てる。
「うーん、姫様ぁ」
「呆れるやら、感心するやら……」
同僚であるアンディがげんなりとした表情を浮かべる。
自分が主人と定めた人を夢の中でも敬愛する姿勢は感心しないではないが……いささか、度が過ぎているのは間違いない。
敬愛と言うか、妄執の域に達しているのではないかと思う。
アンディも、ミルラと同じ近衛兵である。
王族に対して敬意の念は持っているが、誰か個人へそこまでの敬意をもっていると言う訳でもない。同僚としては辟易もするが、少しうらやましくも有る。
不意にその宙をさまよっていたミルラの手の動きが止まる。
「……アンディ」
「目を覚ました?」
ギョロリと目線だけを動かしたミルラにアンディが尋ねるが、ミルラは目つきを鋭くする
「ばか、喋りかけるな。私はまだ気を失っていると見せかけろ」
「……なんでまた」
「巨人をよべ、不意打ちであの目玉から光を奪ってくれるわ」
アンディはメラメラと燃える瞳のミルラに頭を抱える。今はそう言う状況では決して無い。
「ミルラ、巨人はそう悪いわけじゃないよ」
「お前まで騙されるな。あんなにでかいんだぞ、きっと姫をだまくらかして、妖精を食べるつもりに違いない。頭からバリバリだ」
「……い、いや、あのね。ミルラ」
ひょいと視線を向ければ、姫と談笑している巨人とアルムと何やら熱心に話している眼鏡の巨人が目に入る。
決して悪い雰囲気ではないと思う。
「良いから、巨人を呼べ」
「……隊長! ミルラが目を覚ましました!」
同僚の言葉を無視して、アンディはイグリゴッドにそう声を掛ける。
姫の後ろに待機していたイグリゴッドはその言葉で視線をこちらに向けた。
それからこちらに歩いてくる隊長に向かって、ミルラは眉根を寄せる。
「隊長、姫から離れては巨人がなにするかわかりません!」
近づくイグリゴッドに開口一番、慌てた様子でそう言うミルラに、イグリゴッドはややげんなりしながら諌めるように口を開く
「馬鹿を言うな……彼等は友好的だ」
「それは罠です。見てください、あの顔を……何を考えているかまるでわからないではありませんか」
ティッシュのベッドから起き上がったミルラは剣の柄に手をかけて立ち上がる。
イグリゴッドは溜め息を吐きながら、その頭を無遠慮に殴った。
「痛い!」
剣の柄を握っていた手を殴られた頭に載せて、ミルラが悲鳴を上げる。
篭手の付いた握りこぶしは凶器だ。殴られたら尋常ではなく痛い。
「やめろ、馬鹿。アルマ卿に殺されるぞ」
「もんだいありません。正面から文官に殺されるほど私はやわではありません」
「……お前はずっと気絶していればよかったのに」
額を押さえて、呻くようにそうこぼし、イグリゴッドはミルラを睨みつける。
「文官と揉めるな。言っておくが、腕っ節の差ではなく、社会的な立場の差で絞め殺されるぞ。まったく」
イグリゴッドはそう言って、アンディの方へ視線を向ける。
「こいつに何か話したか?」
「いえ、今目を覚ました所ですから」
アンディはそう言って、自分が説明しても聞きはしないですよと言う意味を込めて肩をすくめてみせる。
「隊長、姫の護衛に行きましょう、もしくは不意打ちです、それが良い」
殴られたのに意見を変える気が全くないその様子を隠そうともしないミルラに、イグリゴッドは溜め息を付いて口を開く。
「まて、お前はすわれ。命令だ。従わんなら、この場で切るぞ。本気だ」
剣を抜きながら立ち上がろうとするミルラを同じように剣に手をかけながらイグリゴッドは目で制す。
その目が本気だったので、ミルラはどうすれば隊長を打ちのめせるかを考えながらとりあえずベッドに腰掛ける。
「……今、私をどうやったらぶちのめせるかと考えているだろう、お前」
暗澹溟濛な気配を放つ部下の様子に本気で呆れながらイグリゴッドはそうこぼす。
「いえ、一手足りません。姫様を守りきれない。隊長協力しましょう」
「ぶちのめせる前提で話すのを止めろ。ちゃんと話を聞け。良いか? お前には任務が有るんだ」
「姫の護衛ですね」
「……そうじゃなくて、お前にはここに残って巨人達の質問に答えて貰いたいんだ。質問されたあらゆる事に素直に答えてほしい」
その言葉にミルラの目が点になる。
「なんでですか!?」
「今は巨人の質問に答える誰かが必要なんだ。姫様と、いいか姫様もだ。お前とアンディを残したいと言っていた。巨人側にもこちらの事情を有る程度は伝えねば成らん。質問の幅がとにかく広い、アルマ卿は一旦城に帰らねばならんし、姫様も同様だ。私もそうせねばならないし、質問の内容からしてアンディだけでは荷が重い」
あぜんと言うのはこの事である。ミルラは本気で隊長の頭がどうかしたのではないかと思った。
その表情を見て、イグリゴッドはますます辟易とした表情を浮かべてアンディの方を見る。
「なんか怖くなって来たな。アンディ、お前だけ残れないか?」
「構いませんけど……僕はあんまり城以外の事は知りませんよ?」
「意外と良い所の坊ちゃんだからな、お前は。その点では市民側もある程度わかるミルラからの情報が確実なんだろうが……」
「まあ、坊ちゃんなのは認めますよ。でも正直……僕も止めた方が良いと思いますけどね」
何か気の毒なものを見るような二人の視線に、ミルラは鋭い目つきを浮かべるが、それにますます二人は呆れた様子となり、溜め息を吐き出す。
「どうしましたか?」
揉めている雰囲気を察したのか、リリィがそう尋ね、ミルラの方を見た。
「大丈夫? ミルラ、頭は痛くない?」
「え、ええ、姫様! 全くです! 全然平気ですとも」
体を大きく、大げさに動かして自分の元気さをアピールするミルラにリリィは口元を手で隠して笑う。
「すげえ、倒れ方してたけどな……」
正面から地面に崩れ落ちたミルラを見ていた幸彦がそうこぼすと、ミルラは鋭い目つきをそちらへと向ける。親の仇を目の前にした猛禽類のようなその眼力に、幸彦は思わず顔をのけぞらせて距離を取る。
「ミルラ! 幸彦様を怖がらせるとはなんですか!?」
そんな態度に怒ったのはリリィである。
「い、いえ、そんな、勝手にビビっているだけです」
慌てて弁解するミルラだったが、リリィは腰に手を当ててすっかり怒る姿勢になっている。
「良いですか、ミルラ。幸彦様と裕様には敬意を払って接するのです。私にするように。命令ですよ?」
「うっ……はい、わかりました」
しおしおと怒られた子供のようにしょげるミルラはこっそりと恨みがましい目線を幸彦へと向ける。何となく力関係を察した幸彦は肩をすくめるしか無い。
「そのなんだ……大丈夫なのか?」
漠然とした幸彦の問いかけにイグリゴッドはなんとも言えない微妙な表情を作った。代わりに答えたのはリリィである。
「大丈夫です。ミルラは私の期待を裏切った事は有りません。ちゃんと職務を果たしてくれます」
その言葉にミルラの表情がパッと華やぐ。敬愛する主人にそう言われて嬉しくない訳が無かった。
「はっ! 職務を忠実に全うする所存です!!」
「頼みましたよ、期待してますからね、ミルラ」
朗らかな笑みを浮かべてそう言うリリィにミルラは敬礼を返す。そんな様子に何か心配そうな表情を浮かべたイグリゴッドはリリィに静かに声をかけた。
「あの姫様。お耳を拝借して……」
「えっ? ふむ、ふむ……そうですか? わかりました」
何やら耳打ちされたリリィは、再びミルラに向き直る。
「いいですか、ミルラ。私とアルマ卿は一旦城へ戻ります。貴方は騎士アンディとここに残り、知りうる限りの事を幸彦様と裕様に教えなさい。素直に、知っている事を全部ですよ? 命令ですからね? 暴れたり、口汚い事を言ったり、そう言うのは絶対ダメです」
まるで子供に言い含めるような口調のその命令にミルラの頬は引きつった。




