仲睦まじいですね
アルマの頭の中で疑問の嵐が吹き荒れる。
母乳ってなんだ? 母乳って、母親が赤ちゃんに上げるあれだろうか? いいや、あるいは巨人にはボニュウと言うのが別に有るのかもしれない。いいや、たぶんそうだ。でなければ何故にそんな事を言い始めるのだ。
アルマの頭の中では疑問が吹き出し、とにもかくにもそう言うことに結論を落ち着ける。
そうこうしていると幸彦が裕の頭を殴った。
「痛い!」
「なに聞いてんだ。馬鹿!」
頭を殴られた裕は悲鳴を上げ、ズレた眼鏡を直しながらムッとした様子で幸彦の方を見る。それに対して、幸彦は顔を赤くしながらそれに答える。
「母乳ってなんだ。セクハラか!」
怒鳴る兄に、裕はギョッと目を見開き、慌てた様子で口を開く。
「セクハラじゃないよ! 蜜以外に妖精が食べられる物が無いかを知りたかったの!」
帰って来た予想外の言葉に、幸彦は目をしばたかせる。
「……はい?」
気の抜けた幸彦の声に、裕は憮然とした様子で答える。
「妖精は見た目は人間とほぼ一緒なんだ。胸だって付いてる。赤ん坊を母乳で育てるなら、蜜以外にも食べられる物が有るってことだ」
「……蜜以外に食べられれば何か変わるのですか?」
アルマのその言葉に裕は眼鏡のズレを直しながら真剣な表情で答える。
「あります。蜜……ハチミツは正直、単価が高いんです。上手く行けばもっと値段を下げられるかもしれない。なんだい、セクハラって、まったく」
文句を言いながら自分の頭をなでさする裕に、幸彦は申し訳なさそうな顔をする。
「すまん、俺はてっきり……」
「まあ、いいよ。僕だって唐突に話したのは良くなかったし……それでどうなんです?」
どうなんですと聞かれた妖精達はほぼ無意識のうちに顔を見合わせた。
「え、えっと、そうですね。妖精も母乳で赤ちゃんを育てます」
答えたのはリリィだった。子供を妊娠し、出産すれば、母乳で子供を育てるのは事実だ。
「それは羽が無いって言う地上人も同じですか?」
「はい」
「大人も母乳は飲めるんですか?」
……その質問に妖精達は再び顔を見合わせる。
母乳を大人が飲むと言うのがリリィの頭の中には無かったし、アルマは未婚である。
その為、二人は自然と妻帯者であり、子供もいるイグリゴッドを見た。
「な、なんです?」
「重要な事です。イグリゴッド、どうなんです?」
リリィのその質問にイグリゴッドは言葉に詰まる。
「ど、どうとは?」
いやな予感を覚えつつ、それでも無駄な抵抗をイグリゴットは行う。
だがリリィは容赦しなかった。
「奥方の母乳を飲んだりしないんですか?」
……一瞬めまいがする。姫から妻の母乳を飲んだりしないのかと質問されるとは思っても見なかった。だがそこにアルマが言葉を重ねる。
「事は重要です。当然、他言無用にします。どうなんです? 正直にお答えなさい」
その目の鋭さにイグリゴッドはたじろぐ。
そんな事は無い。やった事も無い。と言うのは簡単である。
だが先ほどまでの話を聞くと、巨人達は誠意のある対応をしてくれているようにイグリゴッドも感じていた。
先ほど、部下であるミルラは同郷の仲間を救いたいと願う思いを笑うなど言語道断だと言った。
同郷ではない、ましてや種族さえも違う巨人がここまで本気になってくれているのに、近衛隊長の自分が恥や外聞を気にしている場合であるだろうか?
「む、昔、戯れに飲んだ事は有りますが」
顔を赤くしながら、イグリゴッドはそう答える。
裕とアルマはフムフムと頷き、リリィはまあと驚き、幸彦はやるもんだなぁと感心していた。
気絶していたミルラの看病をしている部下のアンディが「本当に!?」と言う驚きの表情を浮かべていて、それにだけは睨みつける。
お前は黙って看病していろという鬼の表情にアンディは慌てて目線をそらす。
「お腹を壊したりはしませんでした?」
裕のその質問にイグリゴッドは頷く。
「え、ええ。特にそのような事は」
「味は?」
立て続けにされた質問にイグリゴッドは目を白黒させる。
「……そ、それも重要なことなので?」
「はい」
裕がそう頷くと、アルマの目が完全に冷淡なものに成り、イグリゴッドに命令の言葉を口にする。
「答えなさい」
現在、この場においてのアルマの命令は絶対である。イグリゴッドは自分の立場に内心泣きながら答える。
「わずかに甘みがありました」
「ふむ、日頃飲んでいる花の蜜と比べてどうでした?」
「……薄かったように思います」
自分は何をやっているんだとイグリゴッドが自問する中、裕は顎に手を当てて自分の推察が有る程度外れていない事に納得する。
「……やっぱり糖なのかな」
裕はそう呟いて思案する。
ハチミツの主な成分は糖と水分である。その他の成分も入っているが、おおよそが糖である事実には変わりがない。
「ちょっと、待っていてくださいね」
裕はそう言って立ち上がり、再び部屋を出て行く。
残された面々はイグリゴッドを見る。なんだかちょっと気まずい。
「奥様と仲が良くて、微笑ましいですね」
「そうだな。うん、仲が良いってのはいいよな」
姫の気遣いとそれに被せて来た幸彦の声にイグリゴッドは死にたくなる。
「あのお気遣いは要りませんので……」
消え入りそうな声でなんとかそう言うのが精一杯だった。




