弟の心配事
まごまごとしているリリィの様子に、イグリゴットはサッと手を挙げる。
「で、でありましたら、私が乗りましょう」
出しゃばるなとは言われているが、ここで黙るのは良くないだろうという名フォローだった。
「そう? じゃあ、どうぞ」
地雷原に思いっきり足を突っ込んでいた事にも気づかず、幸彦はどうぞどうぞと進める。
イグリゴッドが一段高い電子はかりの上に立つ。
それがなんだかディスプレイのようであり、幸彦は感心したようにその姿を見ていた。
イグリゴッドは褐色の肌を持つ鍛えられた戦士である。体つきも良く、身につけている濃い緑の軍服は彼用にあつらえた物で見栄えもいい、中々に栄える。
「あれだな。フィギュアみたいだな」
その姿を見て、幸彦はそう言った。彼としては褒め言葉のつもりである。
「えっと、重量は……180gだね。すいません、身長も良いですか?」
「は、はあ……構いません」
ついでに物差しで身長を測った裕はその値をノートにメモする。
(本当に妖精の体ってのはどうなってるんだろうか?)
疑問に思う裕であるが、そこまでおかしな数値では無いように裕は思う。今この場に居る妖精の中ではイグリゴッドは大柄の部類だ。体重も重たい方だと思える。
(ざっくり平均体重は100〜150gくらいかな……)
おおよそ、予想に近い数値に裕はううむと唸る。
(飛べるって言うのもすごいな。ファンタジーと割り切るか? ……それが良いだろうな)
あれこれと考えを巡らせて、裕はそう結論を出した。納得できかねるものはあるが、最優先事項はそれではない。
妖精達を飢餓から救う事……それさえも、手段である。
裕個人としては妖精達は気の毒に思う。助ける手段が有ればそれを講じるのも悪くはないと思う。だが、それはある種……裕にはまったく関わりがない話なのも事実だ。
彼が特別冷たい人間なのかと言えばそうではない。
世界には飢餓で苦しんでいる人々は数多く居るが、実際彼等を助ける為に活動している人間が少ないように、だが募金の経験をした事がある人は多いように———手段とそれに掛かる手間、そして自分が得るもののバランスを見ているに過ぎない。
労働として対価を得る事……日々の生活にもお金が掛かる以上、それは避けては通れない。
その点で言えば幸彦、そして裕は学生である。いわば親の脛を齧って生きている身だ。
本来、学生は将来を見越して勉学に励むのが本来の姿だ……と裕自身は思う。
そこまで考えて生きている学生が世の中にどれほどいるかはわからない。裕自身もそれだけを人生の目標に置いている訳ではない。
だが本分はそうであると思っている。
けれども、兄である幸彦はそう考えている訳ではないと裕は捉えていた。
考える前に行動する。そしてやり切る。握った拳を全力で壁にぶつけて、砕ければ良し。砕けなければ蹴りを入れようと構える。兄はそう言う人間だ。
どこか軽く、適当に見える兄では有るが、これと決めた事を違えるような事はしない。
裕の尊敬する兄はそういう男だ。
故に非常に恐ろしいのだ。途方も無い人助けが———それが兄の前に転がり出ている今の現状が、裕にはゾッとするほどに恐ろしい。
何せ飢饉だ。1億円である。
それに対して兄は驚き、ショックを受けてはいたが……恐ろしい事に諦めては居なかった。生涯年収が2億円であると知り、途方も無いと知ってもなお、それでも諦めなかったのだ。
何をするつもりであったのか? 何をすれば何とかなると考えたのか? そう尋ねれば、幸彦は「何も考えてない」と言っただろう。
だがなんとかはしようとしたはずである。壁を壊す為に、ありとあらゆる手段を考えるだろう。
拳が潰れ、足が曲がり、頭から血を出して、砕けぬ壁を前に冷たくなっていたはずだ。
そんな兄は見てられない。
故に妖精を救う事は手段である。兄が壊れないようにする為の、いわば転ばぬ先の杖。
だがその壁はあまりにも厚い。だが厚いのなら、薄くすれば良い。
壁とは目標の前に立ちふさがる障害の事だ。壊せないのならば、目標の方を動かせば良い。壊せる壁を選び、壊す手段を考え、潰せば良い。
裕は自分には壊せぬ壁に挑みかかる勇猛さが有るとは思っていない。
本質的には臆病者で、あたまでっかちで、それは幼い頃から変わっていない。
得体の知れないものに、挑みかかる勇気がない。
ゆえに見据えなければ成らない。
得体の知れない恐怖に挑みかかる勇気がないのならば、得体の知れない恐怖の正体を正確に掴まなければ成らない。
その為には兄と同じように……出来ないと諦める事を止めなければならない。
本分を犯さず、手を貸せる範囲を狭め、兄が妖精にのめり込むのを止めなくては成らない。
1億は大金だ。だが話を聞けば226万になった。
それでも、それでもまだ、大金だ。裕自身、為に貯めた貯金は15万円に届かない。
社会人に取っても226万円と言うお金は大金である。それも三ヶ月以内……いや、飢餓と言う事を考えれば即金で欲しいくらいだ。
それを兄が調達しようとする事が裕には非常に恐ろしかった。まだ、まだ怖い。
現実味が有れば有るほど、兄を知っているからこそ。
あの日、自分を助けてくれたヒーローのような兄が、人助け———ならぬ、妖精助けをする為に兄の将来がどのような形でさえ、潰れるのを見るのはどうしても裕はいやだった。
高校と言う時期は過ぎ行く物だが、将来においては重要な時期だ。
これを投げ出せばどうなるのか? それは取り返しがつかない事なのではないのか。
しかし、兄はそれを放り出しかねない。
故にやり方を考えて、手段を考えて、方法を考える。
「そう言えば裕、明日妖精の国に行くから。放課後は早く帰ってこいな。売れそうなもの、見つけに行くぞ」
何でも無い事のように幸彦は言った。その瞳は情熱に燃えていた。
兄は既に妖精に同情している。感情移入をしている。なんとかしてやりたいと思っている。裕は苦笑し、そして思う。
これはしんどい数ヶ月になりそうだと。
故に裕は頭の中に合ったアイディアを思い浮かべながら、一つ妖精達に尋ねる。
「すいません。ちょっとお尋ねしたいんですが」
「はい、なんでしょう」
裕の質問にアルマが答える。その表情にはわずかながらにだが信頼が芽生えている。
「妖精は母乳とか出るんですか?」
その場に居た全員がドン引きした。




