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再訪問の約束

幸彦はおおよそ自分の事を賢いとは思っていない。


だが弟は賢いと彼は思っていた。それはテストなどの成績も、もちろんだがそれだけではない。


例えば幸彦は何か本を読めば、すぐに主人公に感情移入する。主人公が喜べば楽しいし、悲しめば悲しい。だからバットエンドは嫌いである。


だが弟はそうではない。シンデレラの物語を読めば、何故魔法使いはシンデレラを助けたのかと母親に尋ねるし、桃太郎を読めば鬼はどうして島に住んでいるのかと疑問に持つ。


マッチ売りの少女を幸彦は良い話だとは思えない。だが裕はバッドエンドでもいろいろと考えられるので嫌いではないと言う。


幸彦はそんな事を思わない。


だから幸彦はお金が必要だと言われればお金を稼ぐ方法を考えていた。思いついたのはバイトだ。でも1億なんてとても無理だ。


それは当然、弟の裕にも無理だ。


だが「貴方達の持ち物を巨人の世界のお金に換えて、それで蜜を買うと言う事です」と言う発言に幸彦は目が点になる。


なるほどなぁ、頭良いなぁと感心して思わず手で膝を打つ。


蜜がないなら、蜜があるところから買えば良いのである。自分がではなく、妖精が、だ。もちろん購入自体は自分がする事になるだろうが、ようはお使いだ。それなら自分でも出来る。


キャリアウーマンのような妖精はその言葉にうむうむと頷いていた。


だが他の妖精達の反応は鈍い。どういうこと? という顔をしている。


しかし、アルマという妖精は味方に説明する気はあまり無いようで、そのまま口を開いた。


「それは願っても無い提案です。ですが、よろしいのですか? 我々側が一方的に巨人の経済を利用することなりますが」


「取引としては実に小規模ですし、個人レベルの商売なら大丈夫だと思います」


「感謝致します。ただ———なんです、姫様?」


くいくいとアルマの袖をリリィが引っ張る。


「すいません、その……どういう事ですか?」


話を聞いていなかったのかとアルマは眉根を寄せたが、そのまま説明を口にした。


「我々の持ち物の中で、巨人が買ってくれそうなものを、巨人に売るのです。そのお金で蜜を買うのです」


「……えっと、今手元には何も無いんですが、アルマ卿はお持ちなんですか?」


「今この場ではありません、姫様。いいですか? 国中から蜜以外の、何か売れそうなものを見つけるのです。巨人の経済相場と、妖精の経済相場は別ですから」


その説明にリリィはさらに頭をひねる。


ここで補足しておくと、リリィの頭は決して悪いものではない。


だから前半部分は理解できた。なるほど、蜜がないから買えば良いのねと理解する。


けれどもなぜ、アルマが経済相場の話などしたのかがよくわかってない。

蜜が不足した場合の経済の動きを想像できないのだ。

それが引き起こす混乱が民を争いに狩りだすとも思っていない。彼女は善人であり、食べ物が無いから他人から奪うと言う発想が無いのである。


そんなリリィの様子にアルマはさらに説明を補足する。


「蜜の価格の変動による混乱は起こりません。今裕様が他の巨人には妖精の事は内密で行ってくれると言ってくださってますから、攻め込まれる心配もございません」


この説明に幸彦も理解できずに首を傾げるが、裕はそうだそうだと言わんばかりに頷いている。


「裕、今そんな事言ったか?」


幸彦が裕にそう尋ねると、アルマはギョッとした顔で裕を見た。


それに対して、裕は何を言ってるんだとばかりに、兄である幸彦に向かって言う。


「さっき言ったでしょ? 国との交渉はお勧めできませんって」


「それは言ったな」


「それは世間———巨人の人たちに妖精の存在を知られると良くないかもしれませんよって事だよ。兄さんも良くないって思うでしょ?」


「……まあ、どうなるかはわかんないけどさ」


「大騒動になるよ。絶対だ。でも、秘密にしたままじゃ、蜜は手に入らない。僕たちは貧乏だし、でもそれは困るでしょ?」


「困るな」


「だから、妖精達からお金になりそうなものを貰って、お金に換える。それで僕らが蜜を買ってあげる。そうしたら、妖精達の事は世間に知られない。そうしませんかって言ったんだ」


「つまりあれだな、話の流れって奴か」


「そういうこと。もう、アルマさんが驚いてるじゃないか。リリィさんもそう言う事だから、いいかな?」


裕の言葉にリリィはコクコクと頷き、それから心配そうに口を開いた。


「でも、何を売ればいいのですか?」


「今思いつくのは、金とか宝石なんかですけど……いろいろと加工は必要でしょうね」


裕はそう言うが、幸彦には金を貰ってもそれをお金にする方法がピンと来ない。


「金とかどうやってお金にするんだ? 銀行か?」


「金を買い取りするお店が有るんだよ。一応調べたけど、装飾品なんかに加工してもらう必要は有るかも……もしそうするなら普通に売っても良いね」


「俺たち未成年だぞ?」


「そこは誰か大人に頼むしかないね。母さんとか……」


「俺は母さんが秘密を守れるとは思えないけどな」


「……まあ、そうだね。おしゃべりだから」


兄弟はそう言って肩を落とすが、リリィの頭の中はパッと華やいでいた。


「つまり何とかなりそうってことですね」


何がどうなのかはよくわからないが、何とかなりそうなのだと言う事を理解すれば彼女としては十分である。


何とかなるというのは飢える民が居なくなると言う事だ。それはとてもすばらしい事だ。


「仮に金であれば、どれくらいのレートになるのですか?」


「ざっくり、1g4,000円ぐらいですね」


「1gとは?」


「重量の単位です。えっと、大きい瓶の蜜が1000gです」


裕はそう言って、アルマはふむと人差し指を口元に当てる。

アルマも巨人の洞窟に来る前に村に寄って巨人が持って来たと言う蜜を見ている。

けれどもそれの1000分の1と言われるといまいちピンと来ない。


そんなアルマの様子に、幸彦は口を挟んだ。


「わかるか、それ? ハチミツと金属じゃ全然違うだろ」


「比重が違うもんね……重量計持ってくるよ。キッチンのやつ」


裕がそう言って立ち上がり部屋を出る。それを見送って、幸彦は妖精達に向き直る。


「でもあれだ。金とか……あるのか?」


「そこまで大量には有りません。ですが、指標には成りますので……とはいえ他に売れそうなものが無いか調べて見なければなりません」


アルマの言葉に幸彦はそうだなと頷く。


「俺たちが見に行った方が早いかもな」


もう一度、妖精の国に行く事に成るのかと考える幸彦だったが、その言葉にリリィの顔がパッと華やぐ。


「そうですね! アルマ卿、ぜひそうしてもらいましょう。正式にお詫びもせねば成りませんし」


リリィはそう言って、嬉しそうに手を顔の横で合わせる。


そんなかわいらしい姫の様子にほだされるほどアルマは甘くはない。だが彼女は頷いた。


正式な場において、大々的に巨人を呼ぶ事は有りだからだ。人々は巨人と現王族との間に繋がりを感じるだろう。同時に金銭に成りうる選定をしてもらう事も必要になる。


国民に巨人を見せる事も出来る……一石二鳥。


「ぜひ、そうしていただきましょう。幸彦様と裕様を歓迎すれば、民の気持ちも上向くでしょう」


「そうですね。そうしましょう! 幸彦様来てくださいますか?」


何の含みも無いリリィの誘いに幸彦は頷く。


「おう。でもあの町の奥に入るのは怖いかな。なんか踏みつぶしかねないし」


言った後で、物ならまだマシだなと幸彦はちらりと思う。


妖精や地上人と呼ばれる羽の無い小人を踏みつぶす可能性も無い訳ではない。


ゾッとする話だ。足下には気をつけようと心に誓う。


「では王都の外に席を設けましょう。陣を張れば正式な場に成りましょう」


「椅子は必要では?」


リリィが外と聞いてそれを心配する。


「地べたでいいよ。準備が大変だし」


幸彦はそう答え、あのジオラマのような町をもう一度見れるのかと少し楽しみになってきた。ジオラマと言う意味ではどちらかと言えば、裕の方が喜ぶかもしれないなとも思う。


「申し訳有りませんが、そうさせていただきましょう。いつ行いますか? 出来るだけ早い方が良いかと思いますが」


アルマの言葉に幸彦は特に考えもせずに答える。


「なら明日だな。放課後なら時間もあるし……、飢餓だなんだと言うなら早い方が良いだろうし。さすがに今日ってのは難しいだろう?」


幸彦がそう尋ねると、アルマは頭の中で日程を考える。今日は徹夜かもしれないと算段を立てながらそれでも早い方が良いのは間違いないと首を縦にふる。


「明日のいつでしょうか?」


「明日の今ぐらいかな。あのドンドンするのは止めてくれ」


「ええ、了解しました」


そこへ裕が帰ってくる。手には電子量りを持っていた。


「はい、持って来たよ」


電子量りをちゃぶ台の上に置く。それはちょっとしたステージの様でもあった。


「これが重量を量る道具なんですか?」


全く得体が知れないものを見るように、妖精達は電子量りを見る。


「そう。じゃあ、ちょっと待ってね」


電源を入れ、計器がゼロを示すまで待つ。


「とりあえず、計ってみるか。リリィ、上に乗って」


幸彦がそう促す。特に何も考えておらず、男の妖精と、キャリアウーマンの妖精と、そしてリリィと言う暇そうな妖精の中で一番気安いのがリリィだったと言うだけだ。


だがこれにリリィの笑顔が固まる。裕もげんなりとした表情を浮かべている。


妖精とはいえ、女性に体重の話は中々に難しいのだ。


こういうデリカシーの無いところが兄がモテない理由であるように、裕は思った。


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