助けるべき人数は
「……僕らの国と申しますと?」
アルマのその言葉に裕は説明を補足する。
「まず、僕らは———貴方達の言う巨人は日本という国に属しています。それは妖精も同じだと思います。……妖精は通貨を持っていますか?」
その問いかけにアルマは頷く。それなら話は早いと裕は説明を続ける。
「蜜を買うにもお金が必要なんです。先日、兄が援助した蜜は兄の個人的な貯金を切り崩して購入したものです」
アルマは「なるほど」と呟き、頷く。目の前の巨人が何を言わんとせんかを理解する。
「大規模な援助を求めるのなら、個人ではなく、国相手に交渉を行うべきであると言う訳ですね」
「そういうことです。僕ら個人としては妖精の人たちを助けたいと思っています。でも、それでは限度が有ります」
裕はそう言って、手に持っていたノートを広げた。
「昨日、先ほど倒れたミルラにいろいろ聞きました。ざっくりですが、人口は32万人……これを半年———180日養うと、一日3グラムの蜜が必要だとして、ざっくり17万本以上の蜂蜜瓶が必要です」
それを端で聞いていた裕が吹き出した。
「それっていくらだ?」
「一瓶700円で1億2千万円以上になるね」
……。
「い、一億!?」
裕の体が斜めに歪む。気が遠くなるとはこの事だ。
「アルマさん、僕らが一生に稼げるお金は大体二億円だと言われています。個人でこの規模の援助をしてほしいと言われても、とてもじゃないですが無理です」
アルマはその言葉にしばし考える。
考える事は様々ある。
たしかに個人に縋るには大きい金額なのだろう。だが一人が一生掛けると国民全部を半年以上生き延びさせるだけの金額が動くと言うのも、アルマには驚きの話だった。
妖精の食べる量が巨人と比べて少ないと言うのも有るのだろうが、それでも巨人の経済的な強さも感じる事ができる。
(それが組織として……我々の国へ来る? それに耐えられるか?)
アルマはそう自問するが当然のように答えは無い。
やってみなければわからないが、とてもじゃないがやる気にはならない。危険度の度合いがまるで違う。
武力で蹂躙される事も恐ろしいが、経済で蹂躙される事もあり得るのだと言う事実がアルマの背筋を冷たくする。
その様子を見ていた裕は言葉を続ける。
「大々的な援助を求めるなら、僕らではなく国に対して交渉をしてもらう事になります」
「それは裕様や、幸彦様を通じてと言う事でしょうか?」
アルマの質問に裕は首を横に振る。
「違います。完全に僕らの手は離れます。おそらく、外交と言う事になるかと」
その裕の言葉に、幸彦は心配そうに口を挟む。
「大丈夫なのか、それって? なんか大変な事になりゃしないか?」
「そりゃ、大騒ぎになるだろうね。妖精達が巨人を見た事が無かったように、僕らだって妖精を見た事は無いんだから」
その言葉に、幸彦はううむと唸った。幸彦としては大々的に妖精の事が広まるのは……危ないのではないかと言う心配がある。
裕としてもその懸念は理解できた。
新天地とそこへ住む原住民。歴史上、あまりこの二つの要素が揃って、悲劇が起こった例は数多い。
とはいえ現代の日本でもそれが起こるかどうかはわからない。
さらに言えば、これが日本と妖精の国で終わる話なのかどうかもわからない。
妖精の国がどこにあるかは定かではないが……仮に地球ではないとするなら、外国が黙っていないかもしれない。
だがそこまで話が大きくなると、明らかに幸彦や裕のキャパシティを遥かに越えた問題となる。その規模の大きさが得体が知れず、何とも不気味で、幸彦は理屈ではなく本能でそれを感じ取っていた。
当然、アルマもその場で判断する事は出来ない。彼女の采配を越えている事もであるし、とりあえず次回に繋ぐと言うのも手ではある。
(外交と言う事になれば、今回の飢餓だけの問題じゃなくなる……巨人と大規模な繋がりはリスクが大きい。避けるべきだわ)
そもそもアルマの目的は援助を獲得する事。では無い。
援助を獲得した結果、国を守る事だ。援助を得る事は手段であり、目的ではない。
(冷酷だけど、飢える民を見殺しにする方が遥かに”安全”……。むしろ欲しいのは”巨人の援助”と言う事実なのだから、むしろここで望みすぎる意味は無い)
ある程度の打算を終えて、アルマは頭の中のスイッチを切り替え、口を開いた。
「我々はそこまで大規模な援助を求めているわけではありません。先ほどの32万という数はおおよそ国民すべての数です。加えて後三ヶ月有れば早摘みの花が収穫できます。足りない蜜の量となるともっと小規模になるでしょう」
「そうなんですか?」
裕の言葉にアルマは頷く。具体的にあまり言う事が良い事かどうかはわからないが、それでもリスクは低い。
「はい。概算で二割り……切り詰めてさらにその三分の一程度の1万2千人が被害の全容となる概算です」
1万2千人と言う数字に、幸彦と黙って話を聞いていたリリィが驚きで固まる。
「切り詰めてってなんだ?」
「全体の食事の量を減らして、全員で耐え凌げば……と言う事です」
幸彦はそうしてもまだ1万2千と言う数字になるのかと気が遠くなる思いだった。
裕の通う高校の全校生徒は六百人に届かない。多めに見積もっても学校の20倍だ。
「ほぼ王都に居る人数と変わらないではありませんか!」
同じように人数を思い浮かべていたリリィが声を上げた。
アルムからすれば、それは今更の人数では合ったのだが、そうした数は曖昧に濁され、世間に広まっては居ない。
たくさんの死者が出る事と1万2千人の死者が出る事は同じだが与える印象は違うのだ。
リリィの言葉で幸彦は昨日見たミニチュアのような町を思い出していた。あそこに住むほぼ全員が死ぬに等しいのだと思うとそれは途方も無い事のように思える。
そんな二人を見ながら、裕は実際はもっとひどい事になるだろうと考えていた。
理論と実際の話は上手く行かない事が大きい。
「聞きにくい事ですが、事実を詳細に知る為に質問します……その1万2千と言う数字は理論上の理想の数字なのでは?」
裕の言葉にアルマの表情が本当に一瞬だけ固くなった。
そして声に出さずに頷くことで、裕の言葉を肯定する。
「どういうことだ? もっと増えるって言うのか?」
噓だろ、おいと言いたそうな顔をして幸彦は口を開く。それに対して裕は頷きながらそれに答える。
「単純に切り詰めるにしても、誰かがお腹いっぱい食べるのを我慢するってことだろうし、分配の公平性もある。難しいんじゃないかな?」
「ど、どれくらいの数になるの? アルマ卿」
震える声でリリィが尋ねる。アルマはそれに黙っていてほしいと思いながら、それでも答える。答えなければ、巨人が同じ質問をしかねない。
「不明です。口汚い事を許していただけるなら、今日、この瞬間に国の中から1万2千人が突然消えれば、それ以上の被害は無いかもしれません」
それでも”ないかも”である。裕の予想では食料危機から引き起こされる二次被害の方が大きいのではないかと思えた。
単純に食料だけに焦点を当てても、食料の確保の為に買い貯める者が出てくるはずだ。
買いだめと言う点においては現代の日本でも震災後などに起こっている。食料の買いだめが何を引き起こすかと裕が考えたときに思い浮かべるのは歴史で習った「米騒動」だ。
米の取れ高、あるいは価格に端を発する事件は日本においても幾度となく発生して来た。
それを皮切りに暴動が起こった例もある。そして世界的に見れば「食料危機」が結局はクーデターの切っ掛けとなった事もある。
反政府運動にならなくても、食うに困ったものが犯罪を犯す可能性は高い。そうすれば治安は悪化するだろう。その被害も多くなるはずだ。
だが裕もそこまでは考えられても、まさかそうした被害を容認するべくして妖精の王族を始めとする代表達が動いていて、現状もそうとまでは想像もできない。
彼もまた、善人であり、一学生に過ぎないのだ。
だから代わりに考えるのはやはりお金の事である。
数はずいぶんと少なくなった。日数が三ヶ月になったのも大きい。
(それでもハチミツ瓶が3,240本……226万円くらいか。割と現実味のある数字かな?)
頭の中でそろばんを弾きながら、裕はそう考える。
払えるか払えないか言えば、もちろん払えない。だが払える人間も居るだろうと思える規模の金額だ。国との交渉を行えば出してもらえる可能性は高い。
あるいは何かの団体でも良いのかもしれないが、そんな団体や会社にはごくごく普通の学生である双子の兄弟には心あたりなど有ろうはずも無い。
「なあ、裕。どうにかならねえかな?」
「さっきの数字でも226万円だからね……、むしろ売れるものがないかどうかが重要かな」
幸彦の縋るような声に、裕はそう答える。すっかり妖精側に感情移入している兄は多分良い人なのだろうなと他人事のように思う自分がなんだか少し寂しい。
「売れるものですか?」
裕の言葉にアルムが食いついた。
「ええ。正直、僕らの国との交渉はお勧めできません。最終的には仕方が無いのかもしれませんが……どうなるかは予測がつかないんです。手荒な事はしないと信じたいですが、結果としてより大きな騒動になるかもしれません」
「……例えばどのような事が考えられると思いますか?」
「僕は学生の身の上ですから、確かな事は言えませんよ?」
「構いません。ご意見を聞かせていただくだけでも参考になります」
「そうですね……最初は調査がいろいろと入ると思います。特に……妖精と言うのがその……珍しいですから」
言葉を濁しはしたが、実際の所は大きくわけて二つではないかと裕は思っている。一つは地下資源。そしてもう一つは妖精そのものだ。
さすがに人体解剖なんて事はしないと思うが……、秘密裏に外国に———なんて事になればどうなるかはわからない。
「それは私たちの土地を奪いにくると言う事でしょうか?」
結局の所、妖精側の懸念はそれである。
武力にしろ、経済的にしろ、巨人の存在は単純に恐ろしい。
「正直に申し上げてわかりません。僕や兄はそれは良くない事だと思いますが、結果としてそうなるかもしれません」
リリィはこれに対して不安に思い、イグリゴットとアンディは巨人に対する警戒を強めた。だがアルマは目の前の巨人は実直であると感じた。
彼が本当に巨人だけの事を考えるならば、今の発言は絶対にしないからだ。
どれほど巨人と妖精の間に力の違いが有るかはわからない。だが警戒されるのとされないのでは難易度は大きく違うだろう。侵略の意図があれば、逆に警戒をさせる発言はしないはずだ。
城に来た巨人を兄と呼ぶこの巨人もまた、性質は違えど、本質的にはお人好しだ。
「おい、そんな事を言って良いのか?」と心配している城に来た巨人は、友好的である事を示す際に聞こえの良い言葉を選び、相手との敵対を避けるタイプだ。
それとは違い、真実を話す事、実直である事。つまりは誠実である事を旨とするタイプもいる。眼鏡をかけた巨人はそのタイプなのだろう。
(わからないと言うのは事実なのだろう。豊かな生活が出来ている……だが洞窟をくぐれば別の世界だ。それに野心を燃やす者も居るかもしれないということか)
話しているうちに、だんだんと状況が見えてくる。直接話してみなければわからない事も、やはり多い。
「先ほど、売れるものと申しましたが、どういう事でしょうか?」
半ばその答えにはたどり着きつつ、アルマはあえてそう問いかける。その問いかけの答えは巨人側から言ってもらわねば困るからだ。
それに対して裕は答える。
「貴方達の持ち物を巨人の世界のお金に換えて、それで蜜を買うと言う事です」




