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交渉を話し合いに

ゴンと音を立ててミルラの体が前のめりに倒れ込む。


殴ったイグリゴッドとしても、とっさのことだった。まずいとそう思った瞬間には、もう殴っていたというのが正しい。


前のめりにひっくり返ったミルラはピクピクと動いてはいるが、起き上がる様子は無い。


何とも言えない沈黙が耳に痛い。


しかし何よりも怖いのは味方であるはずのアルマの視線だった。射殺すような視線と言うのだろうか、殺意の篭もった目力にイグリゴットの背筋に震えが走る。


「部下が失礼を致しました。どうか、ご容赦お願い申し上げます」


膝を付き、最大級の礼をする。イグリゴッドとしては巨人に7、アルマに3くらいの割合での謝罪だった。


「それより大丈夫か? その妖精」


王都に現れた方……そう認識されている幸彦が思わずそう訪ねる。


ひっくり返って、ぴくぴくしているミルラを一瞥し、イグリゴッドは問題ないと言い切る。


「我々は鍛錬を積んでおりますので。アンディ、とりあえず、お前が面倒を見ろ」


「は、はい」


「そんなお笑い番組じゃあるまいし……、特殊な訓練にも限度が有るだろ。とりあえず、ええっと」


「兄さん。一昨日のティッシュは?」


寝かせる場所を考えていた幸彦に裕はそう声をかける。


一昨日のティシュと言えば、リリィが寝たときに使ったあれだ。


「ああ、そうだな、そうしよう。ほら、こっちに寝かせておいてやれ」


すっかり目を回しているミルラをアンディは抱え上げ、少し離れた所に幸彦が準備した柔らかそうなテッシュの上に寝かせる。


なんだかんだと介護をしてる幸彦とアンディの方を裕は一瞥してから、話を仕切り直した。


「ではええっと、仕切り直しましょうか」


「お願いします」


アルマは首の皮一枚で繋がっているような状況に怯え半分、安堵半分と言った心境でそう答える。


彼女の胸中は実に胃が痛い事になっていた。いっそ一人でくれば良かったとさえ思う。


目の前の眼鏡をかけた巨人は、城にあらわれた巨人とはまた雰囲気が違う。


少なくとも感情的に動くタイプには見えない。それはアルマ個人としては好ましいが、今回の話し合いに置いては実にやりにくい。


同情を買って、援助を引き出したい。むしろ妖精側には”それしか”手段が無い。


彼女自身知る由もないが、裕は武力と言う選択肢をこの交渉に用いるつもりは無い。逆に言えばアルマは巨人が怒って攻めて来る事もあり得ると考えていた。


仮に同情もされず、妖精側が有益なものを持っていると知られた場合……どうなるのか?


簡単に答えがでる。弱者が宝物を持っていて、強者がそれを知ればどうなるのか?

 そんな問いかけと答えは同じだ。略奪されないと何故言いきれようか。


怒らせれば戦争。そう言う事も無い訳ではないと考えているアルマの肩にかかっている責任の重さはかなりの物がある。だがそれに怯えていては交渉は出来ない。


内心の怯えを静かな表情の下に隠して、再度交渉上に挑むアルマの心は強い。


実際のところ、裕も内心焦ってはいた。


「任せておけ」と兄に言った矢先に相手方の一人を怒らせたのだ。失敗したとすら思っていた。


裕とて政治家でもなければ、外交官でもない。冷静な対応はしてみせてはいたが、裏打ちしてくれる物はほとんどない。


だから『同郷の仲間を救いたいと願う思いを笑うなど言語道断!』と言う言葉は重かった。裕自身にそう言う意図は無かった。だが、あの褐色の妖精はそう受け取った。


(ダメだな……もっと真面目にやらないと)


どこかで少しこの話を合いを楽しんでいた裕は反省する。


交渉ごとの実力で言えば裕はアルマよりはるかに劣って居ると言って良い。


それでも交渉の体を成し始めているのは裕のセンスと彼が圧倒的に有利な立場であるからだ。


援助を引き出したい妖精側と援助を渡さなくても良い巨人側。


さらに言えば許されたとはいえ、妖精には一方的に攻撃したと言う弱みも持っていた。


裕は完璧ではないにしろ、そうしたアドバンテージは理解していた。


交渉をしなくてはならないという事がそもそも裕には無いのだ。


無茶を言うな。話にならない、出て行け。


たとえそう言ったとしても裕自身は何ら困る事は無い。見捨てたと言う多少の罪悪感はのこるかもしれないが。


だがそうした余裕がどこか相手を下に見て、同時に交渉ごとを楽しむ気持ちを生んでいたのも確かだった。それは間違いなく相手に失礼な事だ。


道徳的に言えば……助けるのが正しいのだと裕も思っているし、出来るならそうしたい。


だが出来ない。そんな資金は無いからだ。


けれども裕は無理だと言って話す事自体を止めることはしなかった。


それは彼の優しさであり、またそうする責任がある感じていたからだ。


確かにお金はない。だが、多少の知識ならある。この目の前の妖精が、自分たちの同胞を助けたいと思うならば、その内容を吟味し、また助言を与える事は出来るかもしれない。


故に裕はこの交渉をまずは話し合いにすべく、アルマに対してこう切り出した。


「それではまず……こっちから逆に提案しますけど。僕らの国と交渉するつもりはありますか?」


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