まずはジャブから
組織の崩落が何から始まるかと言えば、それは不信感だ。
どんな小さな組織であれ、不信感が宿ってはどうしようもない。「あいつより俺がトップの方がいいんじゃねーの!?」 と考える奴が出て来て、後は泥沼である。
妖精達の社会構造が結構なピンチを迎えている事などしらず、幸彦は「妖精って言うのは律儀なんだなぁ」と考えていた。
約束だと言って、生け贄になりに来たリリィもそうだし、わざわざ謝罪に来ることもそうだ。
「と言う事はこれで話はお終いだな」
幸彦はそう言って一つ頷いた。
そこから両者無言の妙な空気が流れる。
空気を破ったのは両者のどちらでもなく、再び開いた扉の音だった。
「おじゃまするよ。……どうしたのさ」
何やら無言で全員の目が向いたので、部屋に入ってきた裕が怪訝な表情を浮かべる。
「いや、妖精の人が謝罪してくれて」
「そうなんだ。まあ、怪我もしてるし……僕もこっちで話を聞いていいかい?」
「おう」
返事を返した後で、そう言えばまだ裕を知らない妖精も居たと言う事に幸彦は気がつく。
「こっちは弟の裕です。裕、こっちの人……じゃなくて妖精さんはアルマさん」
「ミルホーク=アルマと申します。裕様」
「ご丁寧に。吉崎 裕です。兄さん、それで許したの?」
「おう。まあ、元からお礼とか謝ってもらう為にした事じゃないしな」
裕の言葉に幸彦はそう答える。それに反応したのはアルマだった。
「なんと言う寛大なお言葉。王国を代表しまして感謝の意を表します」
アルムはそう言ってもう一度頭を下げる。それに習うようにほかの妖精達も頭を下げた。
「何かお詫びの品を持参すべきだとは思ったのですが、巨人の幸彦様に喜んでいただけるものに心当たりも無く手ぶらで来た次第です」
「詫びの品とかそう言うのは……べつになぁ」
「僕に振られないでよ。兄さんが許すならそれで良いんじゃない?」
そう言われて幸彦は小声で裕に訪ねる。
「いや……でもお前も、眼鏡をさ」
「それは良いよ。元々少し歪んできてたし、予備は買ってたし……事故みたいなもんだよ」
こそこそと小声でそう返し、裕は気にしなくて良いと首を小さく横に振った。
本人がそう言うなら問題ないかと、幸彦は妖精達の方へ向き直る。
「そうか……。アルマさん、気を使ってもらったのはありがたいですが、その、あんまり気を使ってもらわなくても」
「それは今後の友好的な交流は望めないと言う事でしょうか?」
するっと帰って来たアルマの予想外の問いかけに幸彦は目が点になる。
それからいやいやと首を横に振った。
「別にそんな事は言ってませんけど」
「では友好関係を結んでいただけると言う事でしょうか?」
仲良くなりたいのかな? と幸彦は内心で首を傾げる。
そんな風には見えないが、言葉を額面通りに受け取ればそう言う事だ。
「……まあ、いいですけど」
そう返事を貸した幸彦の言葉に、アルマは再度頭を下げる。
「感謝します」
そう言って彼女が頭を上げたとき、表情がさらに引き締まったものとなっていた。
「早速ではございますが……ぜひ、我々のご相談に乗っていただきたいのです」
そのアルマの言葉に幸彦はあごに手を当てて難しい表情を浮かべて口を開く。
「それは……飢餓の話?」
「さようにございます。現在、我らの国は食料が不足しております。ですから、援助を頂きたく願うのです」
その言葉に幸彦は唸った。助けてくださいと言われれば、もちろん助けたい。頭を掻き、なんと言えば良いのかも判らず、幸彦は口をへの字に曲げる。
そんな幸彦の後を引き継いだのは双子の弟である裕だった。
「失礼。よろしいですか?」
「……ええ、なんでしょうか」
口を挟んだ裕の方を見つめ、言葉を出すまでの微妙な間に、裕は目の前のどこか知的な印象を与える妖精が交渉ごとに慣れていると感じ取った。
交渉とは主導権の取り合いだ。
余裕をみせ、なおかつ相手に失礼だと思わせない範囲で威圧する。
交渉は相互理解を行う物でもあるが、言葉を用いた殴り合いと言う一面もある。
(ディベートみたいなものか。少ししかやった事無いけど……まあ、何とかなるか)
裕はそう考え、頭の中で段取りを組み立てる。
「まず望む援助の範囲を教えてもらえませんか?」
「……出来る限りしていただきたいと言うのが本音です。明日の食事に困るものが出ているような状態ですので」
幸彦はその言葉に「そんなに困っているのか」と同情的な表情を浮かべてみせる。
しかし裕は案外、つまらない切り返しだなと思った。
裕とて血も涙も無いと言うわけではない。明日の食事も無いほど飢えた経験は無いけれど、辛い事も理解しているし、同時に気の毒だと同情もしている。
だが曖昧な話ではぐらかして空白の小切手を貰おうと言うのはやや浅はかだ。
それだけ困っていると言う事なのか、はたまた「どうせだからでかい事を言ってみた」のかは判らない。
でもその思惑に乗れるほどの余裕は裕にはない。もちろん、幸彦にもだ。
なにせ、二人は学生の身の上で、金銭的な収入はおろか、ろくな貯金もない。
「僕らは無限に花の蜜を供給することはできません」
「ではどれくらいなら、出していただけるのでしょうか?」
アルマと言う妖精はそう踏み込んできた。でもその踏み込みはさらに悪手だと裕は思う。
だから裕は意図的に笑ってみせた。それが作り笑顔なんてことは見れば判る。
意図的に笑われたのだとアルマは判断した。
考えは同時に様々な方向へ走って行く。
では何故笑ったのか? 笑った場所はどこだったのか? 今の会話に笑う場所が合ったのか?
答えはイエスだ。
アルマは自分が焦っている事を自覚する。
一つに主導権を援助を”与えてもらう側”が取ろうとした事。
二つ目に援助と言う項目を早急に切り出した事。
三つ目にこちらの情報を極力出さないようにした事。
ざっくり言えば、虫の良い話をしようとした事。それこそが笑われた理由ではないか?
アルマはそう判断した。
同時にこの交渉の難易度がさらに上がった……とも結論づけた。
「失礼を致しました。事を急ぎすぎたのも、また故郷を思えばこそ、ご容赦いただきたく」
そう言ってアルマが頭を下げる。
それに対して裕は「良いですよ」と返事を返してみせた。
そんな裕の洋服の端を軽く引っ張って、幸彦は怪訝な表情を浮かべて小さな声で訪ねる。
「あちらさん、なにを謝ってんだ?」
「……交渉をしようとせずにすいませんでしたってこと。ちょっと僕に任せてくれる?」
なんとも男らしい発言だった。任せとけと言われれば、幸彦としても任せない理由は無い。
「おう。任せた」
「うん、とりあえず悪いようにはしないつもりだから……」
裕はそう小声で言って、曖昧に笑ってみせる。
頭の良い弟ならいい塩梅にするだろうと幸彦は黙る事に決めた。
妖精側も、妖精側で、感心しているのは隊長と言う職故に多少なりとも腹芸の経験のあるイグリゴッドだけだった。
「隊長。あの二人何を言ってんですか?」
こそっと訪ねてきたアンディにイグリゴッドは答える。
「アルマ卿が強襲をかけたが、上手い事あしらわれた感じだ」
「……そうなんですか?」
よくわかってないと言う表情を浮かべる部下に、イグリゴッドは小さく溜め息を吐きながら答える。
「まあ、交渉にそもそもならん話だからな。むしろ交渉が出来るようになっただけすごいんだが——」
その言葉が終わる前だった。横にいたもう一人の部下が吠えた。
「貴様ぁ! 何を笑ってるか!!」
ギョッとして、イグリゴッドが反対側に顔を向けると、ミルラが褐色の顔を赤くして怒っていた。
「同郷の仲間を救いたいと願う思いを笑うなど言語道断! どこになお」
部下が槍を構えながら、そこまで怒鳴った。イグリゴッドは反射的にその後頭部をぶん殴った。




