謝罪をしましょう
「まず、先ほどの醜態、誠に申し訳ありませんでした」
ベッドに腰掛ける幸彦に、そう言って頭を下げたのはちゃぶ台の上で妖精達の前に立つリリィだった。それに合わせるように後ろに控えている四人の妖精も頭を下げる。
現在、幸彦は妖精達の話を聞く姿勢になっていた。弟の裕は母さんに上手い事言ってくるよ」と頼もしい事を言ってこの場には居ない。
リリィの後ろには兵隊が三人、何やら毛色の違う出来るキャリアウーマンみたいなのが一人控えていた。
妖精の体は小さいが、集団に謝られている事には変わりがない。そんな経験が無い幸彦は引きつった様な困り顔を浮かべるよりほかはない。
「ど、どうもご丁寧に」
なんとかそう返事を返す幸彦の右には丸められた布団が置いてる。いざと言うときに防御として使う為のもので、幸彦の警戒心の現れとも言えた。
「このたびは、本当にご迷惑をおかけしました。怪我まで追わせてしまって」
「……怪我は別に良いけど。実際、俺が言いたかったのは気にするなってことな訳で」
頬を掻きながら、困ったような表情を浮かべたまま幸彦はそう言葉を漏らす。
「あれだろ? リリィが黙ってこっちに来たのがまずかったんだろ? そりゃ心配もされるさ」
幸彦がなんとか空気を和まそうとそう言うと、リリィを始め妖精達は何とも言えない表情を浮かべた。
「……その件に関しても謝罪しなければなりません」
どうやら、なにかまた合ったらしい謝罪点を踏んだのだと幸彦は内心で唸る。
幸彦の認識はリリィが家に居て、生け贄としてやってきたが、それを取り返しにおとうさんである妖精の王様が兵士を派遣してきたという流れだった。
そうした結果、妖精の国に出向いたところ、姫を奪いにきた巨人と認識されて、兵士に矢を構えられた。それに責任を感じたリリィが飛び降りて、それを自分が助けた。
おおよそ、こんな風に考えていた。
けれども事実は少し違う。
その事がリリィの表情を曇らせていたが、説明しないわけにも行かなかった。
リリィに取って真実を口にするのは誠意だと言える。嘘偽りの無い言葉と謝罪をしなければならないと彼女は考えていた。
しかし、そう考えないものも、この場にはいた。
後ろで静かに状況を読んでいたキャリアウーマンみたいだと幸彦が思った妖精、アルマだ。
「姫様、私からお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
そう切り出されて、リリィは一瞬躊躇したものの、鋭い目線を送られれば断る事は出来なかった。もともと指示には絶対従うようにと言われてこの場に居る事を許可されているのだ。頭から独断専行で失敗しているのでなおの事、口にも出せない。
「……ええっと、はい」
言葉を考え、ろくに言葉も出てこず、リリィはアルマに場所を譲るように一歩斜め後ろへと下がる。
そうして前に出てきたキャリアウーマンのような妖精は口を開く。
「私、ミルホーク=アルマと申します。アルマとお呼びください」
そう言ってから、丁寧なおじぎをされて、幸彦も釣られて頭を下げる。
「どうも。吉崎 幸彦です」
何となく年上のイメージもあり、丁寧に話しかけられたことで、幸彦も丁寧な返事を返す。
「失礼ながら、私も幸彦様と御呼びしてもよろしいでしょうか?」
「いいですけど……呼び捨てでも良いですよ」
幸彦の言葉にアルマは首を横に振って答える。
「いいえ、私達は謝罪を行いにきたのです。礼を欠くわけにも行きません」
そんなものなのかと幸彦は納得する。幸彦はまだ高校生だ、礼儀を弁える事は必要とされても敬られる事には慣れていない。それでも謝罪したいと言う気持ちは汲むべきだろうと幸彦は口を紡いだ。
「このたびはご迷惑をおかけしました。姫が怪我一つなく済んでいるのは幸彦様のおかげです」
「とっさだったから、上手く行って何よりだけど……あれはホント、たまたま上手く行っただけだから」
「ご謙遜を、幸彦様の行動があればこそです。我々も、初めて巨人を見て警戒をしすぎていたのです。それに対して、幸彦様は危険を冒して飛び込んでくださった。その勇気に我々は認識を改めたのです」
スラスラと賛辞の言葉を並べられて、幸彦は照れた。
アルマの言葉はさらに続く。
「軍に阻まれ、あくまで対話を求められたその誠実さ。そして必要とあらばその軍にも立ち向かう勇猛さは王国の武人にも、そうは居りません」
面と向かって褒められた事のない幸彦はにやけた顔で「いやいや」と顔を赤くする。
「実際夢中だっただけですし。むしろ、飛び降りなんて、俺に謝罪とか言ってたけど」
「飛び降りは妖精の中では最大の誠意と謝罪なのです。文字通り、命を持ってと言う事です」
その言葉を聞いて幸彦は顔をかしめた。よくもまあ、そんな事をすると思いつつ、日本にもそんな文化があるなと思い至る。
「……切腹みたいなもんか」
「切腹ですか?」
「昔の人が責任を取るときにやってた方法で、自分で自分の腹を切るんだ」
その言葉になるほどとアルマは頷く。
「飛び降りることも、せっぷくと言うのも本質的には同じです。姫様はそれほど責任を感じられていたとご理解いただければと思います」
「……」
切腹と言えば、武士が責任を取って腹を切る時代劇などではおなじみのシーンだが、それに等しい事をリリィがしようとした事は幸彦に取ってはやはりショックな事でもあった。それをしたのが自分の為であると言う事もやはりお腹が痛くなるような話だった。
昨日は怒った。今でも良くない事だとは思う。
だがそれとリリィが追いつめられていた事実はまた違う問題だ。答えの出し方は間違っていたにしろ、問題が合った事には変わりない。
「我々は巨人は神話のものと誤解していたのです。救いを求める儀式は致しましたが、本当に巨人である幸彦様が現れるとは思っていなかったのです。姫様は自分の役目を果たそうとし、王は娘である姫の身を案じられたのです」
アルマの言葉に幸彦はうーんと唸る。
そう言われると責任のようなものを思わず感じずにはいられない。
「うーん」
「幸彦様のお姿に我々は実地直に述べて恐怖しました。なにせ、山のような巨体でありますので」
「そりゃ、まあ、そうでしょうけど」
「恐怖に視野の狭まった我々の目を姫様は命を持って覚まそうとしてくださったのです。その覚悟に偽りはございません。どうか、我々と、何より姫様をお許しくださいませんでしょうか? お願い申し上げます」
そんな風に許すか許さないかで問われると幸彦には許す選択しか無い。そもそも、幸彦は怒っているわけではない。
こんなに謝ってくれてるんだし……。
お人好しとも言えるが、始めから変わっていない事だとも言えた。怒っているとしたら、怒ったと誤解されたあげく、謝罪の為に自殺までされそうになった事だけだ。
それに関しても、今後しないと言うのであれば怒り続ける理由も無い。
「わかりました。飛び降りを今後しないと言う事なら」
「感謝します。幸彦様」
恭しくアルマは頭を下げる。
一先ず、これで正式な謝罪はなった。後ろで控えていた兵士三人はアルマの言葉に感心していた。特に実際の事の顛末をほぼ正確に理解している隊長のイグリゴットはアルマの説明には舌を巻く。
アルマの言葉は噓ではない。だが正しくもない。
王は姫に巨人の生け贄になれと命じた。巨人はそれを叶えた。何がどうあれ、約束はなっている。それを反故したのは間違いない。その件と、姫であるリリィが助けられた恩はまた別の話、加えて言えば飛び降りた事に怒っている巨人もまた別の話だ。
巨人に助けられた恩がある。約束を反古にした借りがある。
それを一緒くたに謝罪で纏めて、巨人に同情させて納得させた。
巨人の幸彦と言う彼は妖精も悪くなかったと言う印象を思っただろう。不幸な事故だったのだと、そしてその不幸な事故だったけれど、姫は誠意の為に身を犠牲にしようとしたのだと感じたはずだ。
それはそうでも巨人にとっては、そうしたことは許す理由にはならない。
完全にそんな事はこっちの事情だからだ。巨人に落ち度が無い以上、「そんな事知った事か! お前等、俺に怪我させた事に関してはどう責任取るってんだ!」とでも言われたらおしまいだっただろう。
何せ巨人には非が無いのだ。むしろ、借りと恩しかない。
しかし謝罪を通した。空気も和やかだ。
(大したものだな。私も口が回れば、いろいろ背負い込まずに済んだものかもしれんな)
そんな事を考え、イグリゴッドは静かに溜め息を吐き出す。
アルマ自身も出手応えは感じていた。山場は一つ越えた。
(だが、難しいのはここからだ)
彼女はこの後、巨人に協力を受けてもらわなくてはならない。
そうで無ければ……民の心の中に危険な火種が灯る。
アルマはこの後の交渉の為に冷静な表情の奥で、気合いを入れ直した。




