遠慮知らずのノッキング
家の玄関のところに裕の姿が見えた。
「裕!」
「あっ、兄さん」
かけた声に気がつき、振り向く弟に幸彦は小走りで近づく。筋肉痛で少々体は痛むがやってやれない事は無い。
「おう、今日は早いな」
裕の学校は幸彦と比べて遠い。さらによく放課後も部活やら、勉強やらで残っている弟の方が先に帰ってきていると言うのは珍しかった。
「志津叔母ちゃんさんが来るってメールが合ったから。何か持ってきてくれるって言うし」
「ああ、さっき道であった。もう帰ったあとだ」
「そうなの? 後で電話しておかないと。参ったなぁ」
そう言って頭を掻く裕は電話が苦手だ。出るのも、かけるのも得意ではない。
双子の幸彦でもいまいちその感覚が分からないが、どうにも気が進まないらしい。不便だろうと思うが、家の電話に頑に出ようとしないのはどうかと思う。
「参るのは俺もそうだ」
「何か合ったの?」
「部屋の掃除で母さんがカンカン」
「……少しは手伝ってあげるよ」
「俺は良い弟を持って幸せものだ!」
「はいはい」
軽く流されはしたものの、幸彦は部屋の片付けに当てが着いた事を喜んでいた。
玄関前の門を開いて、玄関の扉を開ける。
そこには仁王立ちの母が居た。しばらく前にもこんな事が合ったなと思い出す。
「幸彦! あんた、あの部屋はどー言う事なの!」
「ただいま」
「ただいまじゃないわよ。あんたの部屋。いま、豚小屋みたいになってるわよ!」
「ぶ、豚小屋って。あれだよ、豚は意外と綺麗好きで」
「ならあんたは豚以下ってことになるでしょうが! もう汚部屋よ、家をゴミ屋敷にするつもり!?」
言葉に勢いがあり、幸彦はウッと言葉に詰まる。その横をすり抜けるように後ろにいた裕が無言で幸彦の肩を叩いた。
それは励ましの意味も合ったのだろう。
「ただいま、母さん」
「あら、一緒だったのね」
「急いで帰ってきたんだ。叔母ちゃんとはすれ違いだったみたいだけど」
「あんたにって、ビデオカメラ置いて行ったわよ」
「ビデオカメラ!? なんでそんなもの」
目を見開いて驚く裕に母親はすんなり告げる。
「なんかタダで手に入ったけど使わないからだって。ほら、あの子がテレビ買うときに相談に乗ったからそのお礼じゃないの?」
そんなこともあったなと思い出したような表情で、裕は困った様子で頭を掻く。
「まいったな……そんな高そうな物」
「晩ご飯を食べた後でも良いから電話しなさいね。絶対よ」
息子の電話嫌いを知っている母親からの指摘に裕はうんざりした様子で頷く。
「わかってるよ。カメラはどこ?」
「机の上に置いてるわよ」
「うん、わかった」
そう言って玄関から家に上がる裕に着いて、幸彦も家に上がろうとする。
「ちょっとまちなさい。話は終わってないわよ」
しかし母親に阻まれ、ぎろりとした視線を向けられる。獲物を狩る狩人の目というか、怒りで目が吊り上がっていた。母は強しと言う言葉が湧いてきたが、出来れば守もる方向で発揮してもらいたいと思うが世の中、ままならない。
「いい? 母さんはあんたを信用してたのよ」
その言葉がなんだか痛い。と言うのも思春期になって部屋には入らない宣言を母はしていた。掃除も何もかも自分でしなさいと言う事である。
幸彦は我が道を行った。部屋が多少汚く無いと落ち着かないとすら思っていた。
裕は片付けた。部屋が片付いてないと落ち着かないからである。
「それがあんな。どうなってるの? 押し入れに物を詰め込みすぎてたのよ!?」
その言葉に幸彦は内心首を傾げた。
押し入れ?
確かに部屋は汚い。押し入れの物が溢れているからだ。ならなぜ押し入れにもの入れすぎてるなんて話になるのだろうか?
「昼間、二階からドカンドカンとすごい音がしたから部屋に行ったら、押し入れの荷物が雪崩を起こしてたの。よくもまあ、あれだけ物を詰め込んで。地震でもあったら大変よ」
「お、おう?」
良く飲み込めず、幸彦は首を傾げた。
なぜなら、部屋の荷物は朝にはもう散らばっていたはずだからだ。
しかしそんな幸彦の不思議そうな様子に、母親はさらに声を荒だてた。
「おうじゃないでしょう!? まったく、ちゃんと部屋を片付けておきなさいよ! 後ゴミは捨てる事! わかった!?」
「わ、わかった。ちゃんと片付けるよ」
「後で裕に確認させるからね。ちゃんとするのよ!」
「うっす」
「……はあ。晩ご飯に志津叔母ちゃんが買ってきてくれたケーキを出すから頑張るのよ」
母親はそう言って疲れた様子でそう言った。
まだ言い足りない部分も合ったが、そこをグッとこらえる。
『思春期だからあんまりガーガー言っても聞かないわよ。ピシッ言ってサッと引く! これが今の若い子には効くんだから』
したり顔で話す妹のアドバイスに従いつつ、母親はのしのしとリビングへと歩いて行く。
「……なんかあっさりだったな。まあ、いいや」
とりあえず、玄関に立ちっぱなしと言うのも辛いので、幸彦は二階の自分の部屋へと向かう。
扉を開けると、そこは雑多とした自分の部屋だった。
朝見たまま。物が散らかっている。
「……やっぱ、朝見たまんまだよな? 変だなぁ」
首を傾げつつ、首を締めていたネクタイを解く。完全に解く事はせず、首が抜けるくらいの余裕を作って、そのままいつもの場所に引っ掛ける。結び直すのが面倒なズボラテクニックだ。
制服を脱いで、私服に着替える。パジャマを着るかどうか悩んだが、作業をするので
良くないだろうと、不器用ながらに丁寧に畳まれていた服の中から動きやすい物を選ぶ。
そうして着替え終わりに、ベルトを締めている時だった。
ドカン! と床が響くような音がして、幸彦はギョッとする。
(なんだ!? 爆発!? いや地震!?)
慌てて、踏ん張るような姿勢を取る。だがどこも揺れてない。気のせいかと思えば次の瞬間再びドカンと音がしたかと思えば、立て続けにドカンドカンと音が響く。
「ゆきひこぉー!!」
一階から母親の金切り声まで聞こえてきた。相当怒ってる気配がする。
音がどこからするのかと、耳を澄ませた先に合ったのはあの……額縁だった。
「やめろ! 止まれ!」
思わず声が出る。すると音が止んだ。
無音。踏ん張った変な姿勢で幸彦も固まっていた。
ポージングで言えば、平泳ぎの一番不細工なところを切り取ったような、逆に踏ん張れなさそうな構えだ。
その後で籠ったような、か細いような、それでいて澄んだ声が聞こえてきた。
「ゆきひこさまー。私です。リリィです」
……。
「お、おう」
幸彦の口から気の抜けた返事が出たのも無理からぬ事だった。




