家路での邂逅
帰りのバスで寝過ごさなかった。
「授業中、ずっと寝ていたのが良かったかな」
結局、昼ご飯を食べた後、放課後の授業中も幸彦は寝ていた。
弟の裕が聞いたら「だったら家で眠れば良いのに」と呆れるだろうなと思いつつ、家路を歩く。
不意にププーとクラクションが鳴らされ、そちらを向くと真っ赤なスポーツカーが路肩に寄せて止まっていた。
運転席の窓が開き、トンボの目玉みたいな大きなサングラスを付けた女性が体を乗り出して大きく手を振る。
「幸彦! こっちこっち」
母親の妹の志津叔母ちゃんだ。
「志津おばちゃん、どうしたの?」
朝と比べれば格段にマシになった筋肉痛の体で駆け寄る。
「イベントで、ちょっと良いビデオカメラが手に入ったのよ」
そう言いながら志津叔母ちゃんはでっかいサングラスを外す。現れた顔は母親に良く似ているが、明るめのメイクと合わさって若く見える。実際、母とは十近く年が離れていた。
「ほら、裕ってそう言うの好きでしょ? だから、渡しにきたの」
「ビデオカメラ? 良いの、高いんじゃない?」
あっさりビデオカメラを渡しにきたと話す志津叔母ちゃんに、幸彦は目を丸くした。
「いいのいいの。元ではタダだし。あの子こないだ、私がテレビ買うとき、相談に乗ってくれたしね」
「売れば良かったのに」
「そりゃ、お金にはなるでしょうけど。貰った物を売るのもどうかと思うじゃない。質屋の人に誰かに貢がせてるかと思われるのヤダし」
そう言って志津叔母さんはケラケラ笑った。
「仕事中なの?」
「そう、ちょっと挨拶回りの途中でね。もうちょっとのんびりしてあんた達の顔を見ておこうと思ったんだけど。呼び出しが合ってね」
ビシッと決めたスーツ姿の叔母は出来るキャリアウーマンと言った感じだった。フォーマルさよりもおしゃれを優先したその格好はよく似合っている。音楽業界で、やり手で通っているらしい叔母はファッションにも気を使うのだろう。
「なに? じろじろみて。私の仕事着に感心してる感じ?」
ふふんと鼻を鳴らす叔母に、幸彦は割と素直に頷いた。
「志津叔母ちゃんっておしゃれだよね」
「……あっさり言われると、照れるわね」
志津はやや照れくさそうに頬を掻く。
「まあ、この業界。見た目も重要なのよ。特に私はプロデュースする相手の価値を上げるのが仕事だし。そんな仕事をしてる人間が適当な格好してたら、信用問題でしょう? 営業努力って奴よ」
そう得意げに言って、「でもまあ」と前置きを置いて幸彦をしげしげと眺めて志津叔母ちゃんは残念そうにいう。
「あんたはもうちょっと、見た目に気を使うべきかもね。制服にもアイロンかけなさいな。折り目も何も無いじゃない」
「まずいかな」
「制服はフォーマルな服装だし。着崩すのは基本があればこそよ」
「まあ、頑張るよ。ほどほどに」
「研究してれば一生ものに成るのに。それよりあんた、姉さんカンカンだったわよ」
呆れる叔母は突然話を変えた。母親が怒っていると言う話に、幸彦は首を傾げる。
「母さんが? どうして」
「部屋が汚いって。もう、プリプリ怒りながら、私の持ってきたケーキ二つも食べたのよ。ありゃ、太らないと噓よね」
幸彦はその言葉に納得した。昨日と一昨日の件で部屋はこれまでに無く、荒れている。
その片付けが合ったんだったと、ゲンナリしている幸彦の様子に気づいた風でもなく、志津はさらに言葉を続けていた。
「私も、あんな菱形に成るのかしらねぇ。やだやだ」
「母さんは俺たちを産んだ所為だって言ってるけど」
「……まあ、あんた達二人も入ってたからね。思い出しても人体の神秘だし」
昔を思い出すように遠い目をしてそう言われて、大変だったのだろうなと思う。
「まあ、なんにせよ。あんたも思春期で、反抗期なのかもしれないけど。そう言う事をきちんとやってないとモテないわよ」
爆弾を簡単に落とす叔母に幸彦の気分が更に下がる。
「マジで凹んでるじゃないの……。まだ彼女できないの? 共学なのに……驚愕ね!」
途中でだじゃれを思いついたらしい叔母のドヤ顔に、どんよりとした視線を返す。
なぜ共学だと、彼氏彼女が出来るのだろうか? 謎だ。幸彦にはまるで理解できない。
「不思議なもんねぇ……まあ、いいや。とにかく部屋の掃除はしておきなさいよ」
気軽にそう言い残して、叔母さんは車のエンジンをかけ直す。エンジンはやる気のありそうな音を立て、叔母さんはサングラスをかけ直し、人差し指と中指を合わせて立て「チャオ」と別れの挨拶を飛ばしてきた。
それに手を振って別れを告げ、幸彦は「ハア」と溜め息を吐き出した。
空はまだ夕日になるには少し早い。
「帰ったら部屋の片付けか……」
げんなりとしつつ、幸彦は再び家の方角へと歩き出す。
幸彦も怒った母親が待っている事は予想できても、さすがに妖精がその帰りを待っているとは予想出来ては居なかった。




