動き始める姫と国と
会議室に突如乱入した姿が姫であると認識した重鎮達は、何だどうしたとばかりに狼狽えた。
「あの……どうしました?」
扉に位置に近かった一人が姫にそう尋ねる。
「私に腹案があります。私に任せてください」
自分の胸を叩くリリィは自分の父である王を見据えてそう言った。
覇気のある良い声だった。だが「はい、そうですか。お願いします」と言うわけにはいかない。
「リリィ……なにを言っているんだ。お前は?」
やや疲れたような王の言葉にリリィは怯む事無く答える。
「巨人に、幸彦様に謝罪するのです!」
「……またそれか」
王は頭が痛いとばかりに再び顔を手で覆ったが、リリィは止まらなかった。
「聞いてください。お父様。すべては誤解だったではありませんか。あの方は結局何も悪い事はしておりません」
「……だがお前の謝罪を彼は受け取らなかったではないか」
「そ、そうですね。あれは正直失敗でした」
あっさりと自分の非を認めたリリィはそう言って一瞬顔を伏せるがすぐに顔を上げる。
「ですが、ならばこそ方法を変えるべきです!」
呆れていたレイガスター王であったが、わずかばかりに鱗片に触れる物があり思案する。
「いや、悪くないかもしれませんな」
静まり返った会議室でそう口を開いたのは擁護派の意見を出していた一人だった。
「アルマ卿。どういう事だ?」
レイガスター王がそう訪ねると、アルマは落ち着いた様子で話し始めた。
アルマは髪の長い、鋭い目つきの三十代前半の女性だった。彼女は重鎮の中では唯一の女性で、なおかつ若い方ではあるが、頭がキレると皆から一目置かれている。通常は各地方の税などを取り仕切っており、その計算の正確さと容赦のなさから冷徹の異名を誇っていた。
「そもそも、我々が巨人に関して知らなさすぎると言う事が問題です。少なくとも……姫様を庇った事は間違いないのですし、対話の道はあるはず」
そう言われて、何人かは「なるほど」と頷いた。
「一先ずの名目は……怪我をさせた事の謝罪と言うわけですな」
頷いたうちの一人がそう訪ね、アルマはそうだと頷いた。
「だが謝罪として対価を請求されるのでは?」
その問いかけにアルマは「そうかも知れません」とあっさり頷く、それに対して巨人への警戒を強めている慎重派は「なにを対価にすれば良いか判らん相手と交渉などできるものか」と言い放った。それに対して何名かが同意した。
それに対してリリィが噛み付かんばかりの勢いで口を開く前に、アルマはさらっと口を開く。
「だがそうではないかもしれないではないですか?」
この問いかけに慎重論を口にしていた者達は黙った。
その様子を見ていた王はアルマへと訪ねる。
「どう転ぶにしても情報が足りんと言うわけだな。アルマ卿」
訪ねられたアルマは「そうです」と言って頷き、言葉を重ねる。
「無論、巨人のあの体格です。慎重に慎重は重ねるべきですが、こちらは現在後手に回っています。対話を仕掛けるのは悪い手ではないのではないでしょうか?」
今まで煮詰まっていた会議の流れがその言葉で一気に変わってきた。
「では、その話し合いは誰が?」
そう言って皆が見たのは当然のようにアルマだった。言い出しっぺの法則である。
だが声は別のところから上げられた。
「それは私がやります!!」
元気のよい声だった。やる気に溢れており、なぜか自信あるように見える。
リリィだった。
アルマ以外の重鎮達は揃って、目を軽くそらした。
だがリリィは止まらなかった。
「私はやらなければならない責任があります。幸彦様に、巨人に私は正義を見たのです」
その言葉を危うく感じない者は居なかった。盲目的な信仰ほど危うい物は無い。
だがアルマだけは、なぜそこまで信用できるのだろうと踏み込んで考えていた。
(……まるで子供?)
アルマは頭の中で言葉を探し、それに行き当たる。
そう、子供だ。
盲目的に何かを信じる彼女を、アルマは幼いと感じた。同時に、そんな彼女に正義を感じさせた巨人の全体像を考える。
姫を助けにきた。そして帰った……正義か。
正義と言う言葉ほどあやふやな物も無い。だが正しい行いと言うものは確かにある。
嘘をつかないとか、他人を助けるとか、優しくするなどと言った事だ。
言っては何だが、姫様は大仰な正義を好むだろうか?
主義も主張も稚拙だが、それ故に複雑さや澱みが無い。
正義などと言う大仰な物ではない。どちらかと言えばモラルリストとして巨人を好ましく思っているのではないだろうか?
「……王様。よろしければ、私が交渉役となりましょう」
アルマはしばし迷った後でそう発言した。
その言葉に王の顔がわずかに明るくなる。
「やってくれるか?」
「ええ、ただ。姫様も同行していただきたいのです」
冷徹の異名を持つアルマの言葉に王は目が点になる。
「なに?」
「まず交渉の席を設ける為です。見知らぬ妖精では巨人も警戒するでしょう。姫を大使として扱わせていただきたく願います」
「ううむ……だが、いや。そうだな」
王は唸り、溜め息を吐き出した。
「リリィ。アルマ卿のお手伝いをしなさい。だがよけいな事はするな。何か言いたい事があればアルマ卿に相談するのだ。いいな?」
「はい!」
繰り返しそう言われて、リリィは嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。




