詰んだ会議の王様の憂鬱
「むうぅ」
会議室の上座で、妖精の国のレイガスター王は唸っていた。
長方形の大きなテーブルの回りには国の重鎮が集められ、それぞれ椅子に腰掛けている。
人数は王を含めて九人。
行き詰まった会議室の空気は重い。
なぜこんな事になったかと言えば、巨人が原因だった。
「いっそ、無かった事として扱うのはいかがですか?」
行き詰まった議論を脱却しようと、一人がそう提案する。
「巨人は来ず、そんなものは知らんと無かった事として扱うのです」
名案のように思われたそれも別のものによって否定された。
「無理でしょう。何人の兵が巨人を見たと思うのですか?」
「そうだ、そうだ。民の口に戸は立てられん」
その反論に対して見なかった事にすると発言したものは反論を口にした。
「ですが、巨人を見たのは巨人が出現する洞窟の近くにある村の者と、王都の者だけです。我が国の人口の一部でしかない。それを口止めすれば」
「難しいでしょう。あんなものを見せられて、誰かに話さずに居られましょうか?」
「事実を王国が明確に否定しては、後々いらぬ禍根を残す事にもなりましょうな」
結論のでない会議の中で、議論はさらに続いて行く。
「ではどうする? お伽噺では巨人は助けてくれたが、見ただろう? あの巨体だ。暴れられては止める事も出来そうにない」
「だが実際に被害は零だ」
「零ではない。ケガ人は出ている」
「避難の時と、待ち構える準備の怪我だろう? そんなもの数には入らん」
「だが零ではない」
「揚げ足取りか? じゃあ、言い換えてやる。巨人が直接手を出して怪我した人数は零だ!」
「なんだ、その物言いは!」
「そっちが先にいちゃもんを!!」
鼻息を荒くして、腕まくりをしながら立ち上がった者が出て、レイガスター王はようやく口を開いた。
「止めよ。争っている場合か……。まったく頭が痛い」
こめかみの当たりに手を添えながら、忌々しそうに口を開いた。
そう……巨人が直接手を下した被害は皆無だった。それ自体は良い。
だが巨人がなにもせずに……犠牲者も出さずに、帰って行った事——むしろ姫を助けさえしたこと——は問題だった。
具体的な被害は先ほどの会議にも上がっていた避難中や迎え撃つ準備中に怪我をした者。あるいは大通りの血の跡くらいなもので、その血自体は巨人のものだ。
会議の意見はおおよそまっぷたつに分かれた。
巨人を危険だと見なす慎重論派。これは軍に関わる人間が多い。
そしてもう一つは巨人を有益と見なす擁護派だ。こちらは税などを取り扱う部門の者が多かった。学術的な分野の一派はそれぞれにばらけている。
どちらかと言えば、今の王は慎重論派だった。自分から娘を奪う憎い敵……だと、そう思っていたのだが。
(その私が娘を殺しかけ、それを巨人に助けられては……)
正直な話、意地を張り続ける気力は根こそぎ持って行かれた。巨人に対して燃え上がっていた熱のような物は消え失せた。
むしろ巨人に対して借りを作ってしまった。矢で撃ってしまったことも申し訳ないとさえ思う。
しかし、それはそれ。これはこれである。
「実際のところ、いかがしますか? 巨人の協力が得られれば、確かに良いでしょう」
「そうだな。川に掛かる大橋は元々巨人が作ったものだと聞くしな。あの巨体だ。力になってくれるのならば心強い」
「それに……今は時勢が悪いですからな」
誰かのその言葉に皆が頷く。
時勢が悪い……まさにこれの一言に尽きた。
平時ならば、問題は少なかった。だが今は食料がない。
この夏の日照りは凄まじく雨が降っていない……。収穫時期を超えて雨が降り、命をつなぐ食料である蜜は例年より遥かに少ない量しか取れていなかった。
このままでは確実に飢餓が起こる……それは間違いなかった。
そこに来ての巨人だ。
厄介な事に巨人は信仰の対象でもある。
妖精も、羽を持たない地上人も、悪い子は頭から巨人に食べられてしまうと脅かされて育ったものだ。
またお伽噺の中の巨人は悪を滅ぼし、困っている者を助ける……おおよそ、そんなものだった。
そして都合の悪い事に、王家は巨人の存在を根元からは否定できない。
というのも王家の成り立ちの中に巨人の存在が描かれているからだ。
「ダイミョウの名が、ここに来て問題になるとはな」
レイガスター王が力なく、自虐のように言葉を漏らす。
妖精と巨人は協力し、巨人は妖精の王の事をダイミョウと呼んだ。それ以来、妖精の王族は名前にダイミョウを名前に組み込んでいる。
いわば「ダイミョウ」の名前こそが巨人との親交の証であり、その巨人に認められたことが妖精の王と名乗れる大義名分でもあった。
だが誰も巨人が本当に居るとは……よもや目の前に現れるとは思っていなかった。
巨人が現れると言う洞窟から巨人が現れた事など無かった。少なくとも百年は出ていないのは間違いない。だから現れなくても生け贄が気に入らないのだろうと結論づけてしまえば、反論も湧いてこない。
故に国に取って凶報となりそうな出来事が予想できれば——例えば飢餓であるとか——巨人に生け贄を捧げるのが王家の伝統だった。それは特に財政という腹も痛まず、民を納得させる事が出来る便利な伝統だったのだ。
だが実際に巨人を前にして、「自分たちをお救い下さる」と安直に考えられる者などそうはいない。いるとすれば、それはよほどのアホか……それに縋らねば本当に死んでしまう未来を抱えた者だけだ。
そしてこの会議室に居る者はそうした本当に死んでしまう未来は抱えていなかった。
飢餓とは言え、食料がすべて無いわけではない。ただ民、全員には行き渡らないだけだ。
だが巨人は現れた。現れてしまった。
民は助けてくれない上流階級と、”助けてくれるかもしれない”巨人を比べるだろう。
そして助けてくれるかもしれない……そんな存在を兵隊が追い払ったとなれば、どうなることか。
実際に巨人が助けてくれるかどうかは問題ではない。巨人が助けてくれたかもしれない可能性すら奪った事が問題にされる。
そうした反発は支配者の力を失わせる。そうなれば圧力を加えるしかない。
しかし圧政は恨みを呼び、恨みは憎しみへと変わり、憎しみは滅びを呼び込む。巨人と言う縋る対象も奪ってしまうのは滅びへの第一歩となりかねない。
(……すでに詰んでいるというわけだ)
レイガスター王はそう思った。
ことさらに最悪なのは娘のリリィを助けられてると言う事だ。
もし、あのとき巨人を王都の前で追い返せていたのなら……なんとか民へ言い繕う事も出来ただろう。
「我々は巨人の力を借りずとも立つ事が出来る。この食料が不足した今だからこそ、一致団結をし、この危機を乗り越えるのだ」とかなんとか言えば良かった。
だがあの巨人は自分が傷つく事も構わず、矢面に立ち、リリィを助けた。
その噂が広まれば、”既に妖精を助けている”巨人の力を借りようとする者達の声は大きくなる。あわせて蜜を実際に持ってきたと言う話が広がれば、それに合わせて非難も大きくなるに違いない。
すなわち、巨人がどのような形であれ援助をしてくれなくては民の敵意は国に向かうのはほぼ決定していると言って良い。
だが巨人への助力を頼むにしても……どうすれば良いと言うのか?
そうした具体的な方法はまるで判らないのだ。
助力を頼んで断られたら?
そこで終わりだ。巨人に差し出せる対価など誰も知らないのだ。
それこそ本当に生け贄を出すのか? だれが? どのように決める? それで本当に有効なのか? なにせ、リリィはこちらに返されている。
そこまで考えれば、「もういっそ、見なかったことにしたい」と言う意見も十二分に頷けるものだった。
重鎮達もそうした事が判っているのだろう。誰も具体的な案を口にはしない。それが採用されれば責任を取るのは口を出した者だからだ。
もう会議は意味の無いものとなりつつある。
誰かが失言をするかどうか……そんな不毛な事も続けてはいられない。
……こうなれば私が泥をかぶるしかあるまいか。
王がそう考えた時だった。
「失礼します!!」
威勢の良い声と共に会議室の扉が力強く開けられた。
会議室の前を守っていた兵士がどうしたものかと戸惑っているのも気にせず、扉を開け放った人物は堂々とした口調で言った。
「私に任せてください!!」
これが重鎮の誰かなら、王は喜んで任せただろう。
だがそう言い放ったのが愛娘と合ってはレイガスター王としても、あるいは父としても顔を手で覆うしかなった。




