くすぶりは胸の中で
リリィは自室でとにかく落ち込んでいた。
時は夕暮れ前。部屋での謹慎を命じられて、リリィはベッドに突っ伏していた。
「溶けてなくなりたい……」
ベッドにうつぶせになり、沈んでいたリリィはそう呟く。
今日一日の事が頭の中でぐるぐる回る。
『馬鹿!』
思い出すのは幸彦の怒った声だ。
おおよそリリィは王族に連なる流れとは思えないほど、子供の頃は怒られてきた。だが年齢と共に落ち着いてくれば、怒られる回数は減ってきた。
だが今回の怒られかたはそんじょそこらの怒られ方とは訳が違うとリリィは思う。
よもや謝り方で怒られるが来るとは思わなかった。
百歩譲ってそれは良い。謝る相手をさらに怒らせた事は大問題だ。
おまけに怪我までさせてしまった。
「……矢が刺さってたわ」
枕に顔を埋めて、リリィは呟く。口から出た溜め息に熱がこもっていて、ものすごく不快だったが、顔を上げる元気はリリィの胸の内には湧いてこなかった。
(ダメダメのダメダメダメこちゃんだわ)
内心でそう呟くと、リリィは胸の内に湧いてくる何かを我慢できずにベッドの上で足をばたばたさせた。自分のふがいなさが許せなかった。
コンコンとノックがされた。
「姫様、ユフィです」
ノックの後で告げられた声に、リリィはもぞもぞと体を動かした。
まるで操り人形のようなぎくしゃくとした動きで、ベッドの縁に腰掛け、自然と動いた手が髪の毛を簡単に整える。そうした動きが無意識で出来たのは彼女が長年、礼儀作法に関して訓練を積んでいるからこそだった。もっともその教えの中には常に凛としている事も含まれていたが、現在リリィは視線の焦点も合っておらず、魂を引き抜かれたような表情を浮かべていた。
「どうぞ」
「しつれいしまーす。もう聞いてくださいよ、姫様。メイド長達ったら、私が乱心したなんて言って、縄でしばって、引っ越しの大八車みたいにぐるぐる巻きに!」
部屋に入るなり、べらべらと喋るユフィの服装は心無しか草臥れていた。しかし内側に不満がたまっているのか、頭から蒸気が出るような勢いで怒っていた。
「おまけに場所が無いからって倉庫に放り込んだんですよ! 埃っぽいし! 暗いし、じめじめするし! 私が『ひどすぎます!』って言ったら、先輩方なんて言ったと思います!? 『紛らわしい、お前が悪い』ってもう、なっとくできなくないですか!」
会話の中で小芝居まで入れてプンスカ怒っていたユフィだったが、そこまで話したところでようやく自分の主人がまったく元気がない事に気がつく。
「どうしました、姫様?」
「ええ、ユフィ……貴方の元気さが私にはうらやましかったけど、今の私には貴方は眩しすぎるわ」
そう言って日の光でも遮るように顔を伏せるリリィに、ユフィはまあと大げさな声を出して、頬に両手を当てる。
「もう、眩しいなんて。照れちゃうじゃないですか、姫様。でもですね。王国の日だまりとも呼ばれる姫様がなにをおっしゃるんですか」
けらけらとそう笑われて、リリィはますます顔を覆い隠す。
「いいえ、ユフィ。私は王族の、いえ王国の、いやいや妖精の恥部です。産まれてきたのが失敗だったのです。ああ」
「姫様、なにを言ってるんですか。しっかりしてください」
「そうね。私がもっとしっかりしていれば、ああ、そうよね。馬鹿でごめんなさい」
軽くユフィから肩を揺すられても、リリィの目の焦点はどこか合ってない。
目に見えて落ち込んでいる姫の様子にユフィはこれはまずいのではないかと思い始めていた。
こんなに落ち込んだ姫様は初めて……いや、ユフィ! これは不謹慎だけど、チャンス! ここで姫様を立ち直らせれば、姫様の心証もグーンとアップ! 先輩達も私を見直すはず! 巨人が来た時は慌てるばっかりで怒られちゃったし……。
そう! つまり! ここで汚名を挽回よ!
ぐっと両手の拳を握りしめ、気合いを入れたユフィは目に情熱を燃やしてリリィに向き直る。
「姫様! 私の目を見てください!」
そう言って両肩をがしりと掴まれたリリィは言われるがままにユフィへと目線を向ける。
「姫様! 生きる上において大切な事はなんですか!?」
急な問いかけに、リリィはしばらく黙った後で口を開く。
「……私には考えない事が大事なんだわ」
ね、ネガティブ。思ったより、姫様の心は落ち込んでるわ。
ちょっと引いてしまったユフィだったが、そうではないと気合いを入れ直す。
「違います! 東西南北、上下縦横今も昔も明後日も! 大事な事はここにあるのです!」
ユフィは言い切るようにして自分の薄い胸をだんと叩いた。
「心です! 心とは情熱です!」
「情熱……」
「そう、胸を焦がす炎のような情熱こそが明日の力です!」
「……でもその情熱で失敗したわ」
「いいえ! 姫様、それは違います!!」
なにをどう失敗したかも知らないユフィはきっぱりとそう断言した。
「むしろ情熱が足りなかったのです!」
不思議なもので、あんまりにもきっぱり言い切られるとまったく根拠を示されているわけでもないのにそんな気がしてくるものだ。
「……そうかしら」
「そうです!」
再び言い切られてリリィは考えていた。
行動しない方が良かったと考えてばかり居たが、そうでは無かった?
例えば、迎えにきた兵士達にもっとびしりと言えていたら。お父様にもっとちゃんと説明できていたら? あの時は謝る事ばかり考えていたけれど……。
今の結果も変わっていたかもしれない。
私は逃げていたの?
そうした考えが回る中でユフィの燃える瞳を見つめていると、そうした考えが肯定されているように感じる。
「……今でもやり直しは効くかしら?」
ユフィは別段特殊な教育も受けてなければ、特殊な能力を持っているわけでもない。
彼女自身は有能な侍女だが……城に勤めている他の侍女と比べて、特別に優れているわけでもない。それでもリリィ付きとなっているのはリリィ自身が望んだと言う事もあるが、彼女の忠誠心あればこそだった。
「当然です! 姫様に不可能などありません!」
その盲目的な返事を聞いて、ユフィの目に力が宿る。
「そうね……そうだわ! 私にだってまだ出来る事があるはずよね!」
「はい! 姫様!!」
主人の目に宿った情熱の火を見てユフィは嬉しそうに同意した。
かくしてお姫様は情熱……幸彦に生け贄になると宣言した時と同じ情熱の火を燃やしたまま、自分はどうするべきかと考え始めた。




