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その頃、家での尋問会

ミルラは騎士だ。


彼女には三つの素質が合った。


一つは優れた身体能力を有していた事。


二つ目は努力を苦と思わぬ質であったこと。


そして最後に思い切りが良かった事だ。


戦いにおいて、一瞬の判断が勝負を分ける事は間々有る。


恐怖やためらいが負けを呼び込むのだとすれば、躊躇の無い行動は勝利を呼び込む……こともある。


そんなミルラは歯を向いて、巨人を威嚇していた。


彼女の足下にはヘルメットが転がっている。


「ここからだせ! 蛮族め!!」


怒鳴り声をより大きく出す為にヘルメットを取ったというのに、それで出てくる文句が蛮族扱いとは……。裕はゲンナリしながら虫かごの中の妖精に反論する。


「蛮族って……ひどいな。あれだ、日本は先進国なんだよ?」


「良いから、ここからだせ!」


そう言って金属製の防具を付けた腕を、プラスチックの壁に叩き付ける妖精に裕はどうしたものかと視線を彷徨わせる。


最初は困惑していた様子だった妖精だが、自分がとらわれているとわかったとたんこの有様だ。まるで尻に火がついた猿のような、猛烈な勢いでぎゃーぎゃーうるさい。


「まいったなぁ……、いろいろ聞きたい事もあるんだけど」


「だぁせぇ!! ここからだせ! はやくだせ、すぐにだぁせぇ!!」


終始この調子である。よくもまあ、喉を痛めない物だと感心する。


そんな裕が周囲を見渡すと目についたのは窓辺に置いてある殺虫スプレーだった。

夜の明かりに引かれて網戸にへばりつく虫を撃退する為のものだ。

もう夏も終わりなので使用回数は少なくなる。


プシュっと一発! 撃滅ジェット!! なんとも攻撃力のありそうなあおり文句だ。


……いやいや、ダメだよ。そう言う事は。


思いついた危険な案を裕は首を振って否定する。


ここは裕の部屋である。


兄である幸彦が旅立った不思議な額縁を自分の部屋に移動し、裕は静かに本を読んでいた。机の腕に置かれているプラスチックの虫かごの中で騒ぐ妖精はうるさくなるまでの話では合ったのだが。


まったく厄介だなぁと思いながら、裕は口をへの字に曲げた。


それは考え込む時の裕の癖だった。


しかし、不思議である。


全長二十センチ。頭の大きさは二センチ無いのではないかと思う。


脳みそと呼べるものが入っているのかすら怪しい。いや発想を変えよう。


仮に妖精はほ乳類ではなく、昆虫であるとする。


昆虫は頭部以外にも脳みそのような気管を腹部にも持っている。つまり、頭部以外の場所にも記憶領域が有るとする。だとしてもやはり小さい。


しかしである。人間の脳みそは現在の性能を満たしているからと言って最適化されている訳ではない……かもしれない。


昔のコンピューターは今よりもずっと大きかった。


真空管で動いていて、部屋一つを占領していたらしい。それに比べて、今のコンピューターはそれより遥かに高性能なのに小型化されている。


だとすれば、妖精の頭の中はそれはもう高度な、不思議な事になっているはずだ。


うーむ、ふしぎだ。だというのにこんなにうるさい。


「なに見てるんだ、変態が!」


「……変態って。あれだよ。僕はノーマルだ」


しげしげ眺めていたのは事実である為、裕の口調は弱い。その事に勢いづいたのか、囚われの妖精はハンと鼻を鳴らした。


「いいや、お前はダメだ。目が濁っている。この変態め」


「……」


……考えるに、この妖精はこちらを怒らせてなにがしたいのかと裕は考える。


裕は何事も考えてから行動する性分だった。


察するに脱出したいのだろう。それは間違いない。では怒って手を出すのを待っているのか、その隙を見計らって脱出しようとしているのだろうか?


だとすれば安直だ。しかしそうでもしなければ脱出は望めないだろう。


もしも自分が逆上したらどうする気なんだろうか? それをしないと見抜ける判断材料はあるのだろうか?


「聞いているのか! この、バカ、あほ、まぬけ! どうしたんだ、悔しかったらなんとか言ったらどうだ」


口汚く罵ってくる妖精に顔をしかめながら、裕は思う。


……あるいは兄に良く似たタイプなのかもしれない。


こうと決めたら、とにかく動き出すような。相手を怒らせて、その隙に逃げようと考えついたら、それが名案に思えて仕方が無いようなタイプなのかもしれない。


兄はそれで正解を最短で出す時もあるし、出せない時もある。


「一先ず、僕の話を」


「あほー。ばーか。まぬけ! おたんこなす!」


……どうやら話を聞かずに悪口で責める気らしい。


裕は、重たい溜め息を吐き出して、妖精の入ったプラスチック容器を床に静かに置いた。


そして耳にイヤホンを差し込み、ラジオの電源を入れる。


『どうも! 日曜のリスナーの皆。元気にしてる? ドライブ中の人も多いんじゃないかな!?』


ラジオのDJがそう話す声を聞きながら、裕は粛々と学校の宿題に手を出し始めた。




…………。



よし、終わり。予習もやるか。



…………。





予習が終わり、裕が時計を見ると二時間ほど経過していた。


一度も視線を向けていなかった虫かごに目を向けると、妖精は体育座りで小さくなっていた。


勉強道具を片付けて、裕は虫かごを机の上に再び置く。


「さて、名前は?」


「……」


問いかける裕に対して、妖精は無言だった。


今度は沈黙作戦か。


黙秘権の行使に、裕は内心でふむと頷く。想定していたパターンだった。


「では僕から自己紹介しよう。吉崎 裕だ。妖精さん、君の名前は?」


「……」


「妖精は自己紹介も出来ないのか……小さいからなぁ」


聞こえるように裕がそう漏らすと、妖精は体操座りのままで目つきを鋭くして睨んでくる。


「馬鹿にするな!」


「いや、いいよ。無理しなくて、教育が行き届いてないんでしょう? 僕は蛮族じゃないけど、君はどうにも」


「ミルラだ!」


「ミルラね……それだけ?」


「くっ! ハーベス=ミルラだ!」


怒った顔で怒鳴るミルラに対して裕は内心でミドルネームが無いことに気がついていた。


リリィさんはレイガスター=ダイミョウ=リリララノナって名乗った。


兄さんはリリィと呼んでいた。呼びやすい呼び方だとすると、名前——ファーストネームがリリララノナを短縮して、リリィだろうな。だとするとセカンドネームは……偉い場合しか付かないとか?


目の前の見るからに兵隊の妖精と、ドレスを着て王族と関係があるらしいリリィを比較して、裕はそう予想を立てた。


「さて、とりあえず。ミルラ」


「馴れ馴れしく呼ぶな」


返事を返すようになった妖精に、裕は気にした様子も無く口を開く。


「レイガスターさんとはお知り合いかい?」


「巨人が軽々しくその名を呼ぶな!」


ふむ?


「じゃあ、リリィさんの方が良いかな?」


「ひ、姫の名前か!? きさまぁ!!」


激高して壁に体当たりする妖精に裕は感づくところが合った。


「じゃあ、君はリリィを助けにきたんだ?」


「当たり前だ! こんな礼儀も知らぬ巨人の元へ姫様を置いておけるものか!」


ぴしりと裕の中でピースがはまり込んだ。


おかしいとは思っていたのだ。


昨晩のリリィさんの様子じゃ、兄さんの渡した蜂蜜じゃ全然足りなかったんだろうし……それの代償にお姫様を王様が渡すわけがない。自分の娘だろうし、具体的には思いつかないが利用価値はもっと大きいはずだ。


あるいはこれでリリィが村娘だったりしたら、なるほど納得していたかもしれない。


(こっちにいるリリィさんをわざわざ誘拐しに朝から来たってのも不思議だったしね……。昨日の今日で早すぎるし)


妖精の情報伝達がどのように行われているかはわからないが、それでも第三者が介入するにしては早いように思えてはいた。その予測はどうやら間違っては居なかったようだ。


ということは。兄さんはお城に向かったんだから、事情を話して丸く収まるかな?

そんな風に考えて、裕はこれ以上妖精に聞く事が無い事に気がつく。


逃がす? いやぁ……でも、襲われるのは嫌だしなぁ。


ダメになってしまった自分の眼鏡を思い返し、裕は少し考える。


兄さんの事だから、また何か問題を抱えてくるかもしれない。


……一先ず、ミルラさんにはいろいろ話を聞いておこうか。


裕は使わないかもしれない可能性を秘めつつも、ミルラに対してさらなる質問の言葉を続けた。


それは血だらけの兄、幸彦が帰ってくるまで続いた。


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