巨人の帰り道
のしのしと不機嫌さを粗暴な歩きかたで発散しようとするがごとく、幸彦は帰り道を肩で風を切るように歩いていた。頭部から血を流し、腕からも出血してそうやって歩く様子はなんというか不気味であった。
「まったく、心配して損した」
骨折り損のくたびれ儲けとはこのことだ。
暑さに身を焦がされながら探しに来たのに、いらんお節介だったわけである。
まあ、それはそれで良い。別に無駄足だったことに何ら問題は無い。別に儲けを出そうとする下心が合ったわけではない。
リリィが無事であれば、何の問題も無いのだ。
そう思って安堵したかと思えば、それを気にしたリリィが自殺騒ぎ。
まったく、助けられたからよかったものの、何か一つ違えば大惨事となっていた。
幸彦はやれやれと溜め息を吐き出し、怒っているのも馬鹿らしくなって肩の力を抜く。
まあ、泣くまで怒ったから今後は馬鹿な真似はしないと思うけど……何でも大げさに捉え過ぎだ。
幸彦はリリィの事を考えた。綺麗で美人な妖精だが、早とちりとはまた違う……間違った方向への思い切りの良さを感じる。多分善人ならぬ、善妖精のなのだろうが、よかれと思ってある意味悪意があるよりひどい事を力一杯に実戦してみせられた。
始めは生け贄騒動。その後の自殺騒動。
生け贄に関しては、まあ、笑い話の範疇かもしれないが自殺に関しては洒落になっていない。
謝罪で自殺されてはこっちとしてもトラウマものだ。おまけに怒ってなかったとなればなおさらだ。
下手に助けようなどと思ってこっちに来たのが間違いでした。なんて事になれば、どこを後悔してよいのかすら判らなくなっていた。
そりゃ、幸彦だって飢餓なんてものが眼前に迫れば、慌てるかもしれない。
しかし、だからと言って命をかけて大騒ぎをしてどうなるってものでもないはずだ。わびとか、誠意なんて言う前に片付けなければならない問題が有るだろう。
まあ、なんにしてもこれでおしまいだ。
妖精達は巨人と関わりになる気は無くしただろう。幸彦としては後は飢餓の犠牲者が少なくなる事を祈るだけだ。
そこまで考えた幸彦がこれまでと違って、どこか疲れた足取りで歩き始めたところに、ふっと影が差した。
「お、お、おい! 巨人!!」
震える声で呼び止められて、幸彦が横を向くと鎧姿の妖精が日の光を遮るように浮いていた。
見た事の無い妖精だが、鎧姿である。
「なんだよ」
問い返す幸彦に鎧の妖精はたじろぐ様子も見せずに口を開いた。
「ミルラを返せ!」
……はい?
「誰だよ、リリィなら家に帰ってるだろ」
「ちがう! ミルラはミルラだ! お前が捕まえたんだろう! 帰ってこないんだぞ!」
きゃんきゃん喚く妖精に幸彦は怪訝な顔をする。
「俺の家に来たのはリリィだけだ。いい加減な事言うな」
ぶっきらぼうな口調で言われて、武装した妖精はさらに声を荒立てる。
「姫様を取り返しに行ったときにお前が捕まえたんだろうが!」
「はぁ? そんなやつ……」
そう言いかけて、幸彦の脳裏に今朝捕獲した鎧の妖精の事がよぎった。
そう言えば、妖精を一匹捕まえてたんだっけ。
「ああ、いたな。そう言えば」
ようやく該当する妖精に思い当たり、幸彦は声を上げる。
なんだかんだと慌ただしかったせいですっかり忘れていた。
「ミルラは無事なんだろうな!」
「ああ、はいはい。無事だよ。誘拐犯の一人だと思って、捕まえてたけど」
「そ、そうか。無事か。よかった」
ホッとしている様子の妖精に幸彦は肩をすくめる。
「今から家に帰る。心配なら一緒に来るか」
「そ、そうだな。だが怪我の一つでもしていたら許さんからな」
「許すもなにも先に攻撃してきたのはそっちじゃないか……」
思わず呆れた様子でそう口にする幸彦だったが、目の前の妖精の鎧姿が、捕まえた妖精と同じものである事に気がつく。
「お前もあれか、朝方にこっちに来た奴の一人か」
「うっ……、まあ。そうだ」
「じゃあ、確認するけど俺はリリィを誘拐した訳じゃないんだぞ。わかってんのか?」
「そ、それも知ってる。だ、だが我々も事情は知らなかったんだ」
「はいはい。まあ、良いよ。名前は?」
「ミルラだ」
「……それは捕まってる奴の名前だろ。お前の名前だよ」
「俺か、俺はアンディだ」
なんだか聞いた覚えのある名前に幸彦はしばし考えこんで思い出した。
「……アンディって言うと、一番最後に逃げたやつか」
たしか、今朝方の大騒動のときに、名前が出ていた奴だ。ミルラというのが最後に残ると言ったときにアンディとかなんとか言っていた気がする。
どうやらその通りだったようで、アンディは頷く。
「そうだ、ミルラに何かあったら許さないからな」
「だから仕掛けてきたのはそっちだって」
「それでもだ」
はいはいと適当に手を振りながら、幸彦はまあ。裕なら問題ないだろうと思っていた。




